第26話「歌を力に」
飛翔したレーヴァテインが、地表のアイギスを捕捉する。
周辺の地面が荒れていないところを見ると、アイギスは戦場の区域を固定して戦闘している。レーヴァテインや小地球を守るための行動だろう。
アイギスの周囲は、いままさに四面楚歌と言った様子で、カマキリの姿をした小型の空食に囲まれていた。敵を引きつけていたアイギスは、肩の表面装甲が削られたように損傷しているようだ。
小型の敵とはいえ、多数の空食に陣取られているというのに軽微の損傷で済んでいるのは、空の操縦技術があってこそだろう。
アイギスから数百メートル離れた地点では、巨大なカマキリ型の空食が存在していた。
カマキリ型の空食の尾からは管が伸びている。管と繋がれた先には、幾つもの泡がとぐろを巻くようにして、卵を形作っていた。
卵を形作る泡からは、一定間隔でカマキリ型の小型空食が生まれては、戦列に加わっていく。つまり、卵は空食を自動生成する工場のようなものだ。あれでは、アイギスが敵を何度倒しても減りようがない。
アイギスを取り囲んでいる小型の空食を制御しているのは、大型の空食のようにも思える。が、大地は包囲されているアイギスの救出を最優先にした。
アイギスを背後から襲おうとしている、小型の空食が2体いたからだ。
まず潰すなら、あそこだ。アイギスを救って、合流する。
「このまま突っ込む。陽姫はもう少し、待っててくれ」
「うん。呼吸を整えておくから、お任せするよ!」
自ら覚悟を決めたとはいえ初戦闘の空気に怯えない陽姫は、大地から見ても頼もしい存在だった。安心して戦闘に集中することができる。
「頼もしい限りだっ──!」
レーヴァテインが、飛び散る火花のような紅い粒子を背面から噴射。直角に、頭から飛び込むような鋭利な侵入角で、急加速する。加速に際してのGは、コックピット周辺のスカイギャラクシーエネルギーがクッション材となって吸収するので、コックピットに乗る彼らが必要以上のGを感じることはない。
アイギスの包囲を狭めるようにジリジリと接近していた小型の空食たちが、前方と後方から同時に飛びかかった。前方が4体、後方2体だ。
アイギスは背面がお留守になることを理解しつつも、数の多い前方の処理を優先する他ない。両腕の大型の盾から、展開済みのシザーブレードを振り上げようとしていた。
レーヴァテインが急制動。頭部から地面に激突する姿勢から、胴体を地面に向けて着地体勢に入る。
「空! 前面の敵を狙え!」
「大地くん!? わかったよっ!」
レーヴァテインは、アイギスの背面と小型の空食の間に滑り込むように着地した。地面から砂埃が舞い上がり、視界を塞ぐ。しかし落下前に敵の位置は確認済みだ。
右手で背面に装備された剣の柄を掴み、引き抜きながら、全身を百八十度回転させる。勢いのまま剣を横一閃。
剣に流れる、破壊の力を持ったスカイギャラクシーエネルギーが、横断する際に触れた位置から侵入して暴れまわり、ついには2体の空食を爆発させた。
アイギスも空食をシザーブレードで瞬く間に処理する。空は歴戦のパイロットだ。前方だけに集中できるのなら、束になった小型の空食だろうと物の数ではない。
レーヴァテインの登場に、小型の空食たちは浮足立ち、じりっと下がった。状況確認のために話す時間ぐらいは稼げるだろう。
「少し遅かったんじゃない?」
空は冗談めかしたように言った。まだまだ余裕があると含みを持たせるような明るさ。
「すまない。待たせた」
「……陽姫ちゃんは?」
「いっるよー。私の役目、果たしてみせるから!」
「来てくれてよかった……私たちが絶対に守るから安心して」
「うん、お願いね。騎士様」
「騎士様って……私たちのこと?」
「らしいぞ。姫を守るのは騎士の役目ってこと……らしい」
「私は本気で言ってるよ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな」
「ふふっ。じゃあ名折れにならないよう、騎士様らしく戦って守ろうか!」
空が自身を奮い立たせるように、大仰な声を張る。
空の意思を大胆にも反映するアイギスが、鷲が羽を広げるようにシザーブレードを振りかぶり、構えた。
アイギスに反応した小型の空食たちが、各々吠えるように鎌を振り回し、威嚇する。
「おう! 大型の空食は俺が相手する。それでいいか?」
「任せたよ。あの空食を倒さなきゃ群れは止まらないし、レーヴァテインの機動力が必要になる。相手が鎌を振り回したら、遠距離攻撃の合図だから気をつけて」
「了解!」
正面に密集する小型の空食を抜けた先。休まず手下を生み出し続けているカマキリ型の大型の空食を、レーヴァテインの頭部メインカメラが捉える。
敵が通常より段違いのエネルギーを持つ空食であることは、各種センサーと大波から送られてくる情報が、大地に伝えてくれる。
それでも、覚悟を決めてくれた陽姫を守るために。小地球004を守るために大地はレーヴァテインに心の底から湧き上がる闘志を伝える。
レーヴァテインが前傾姿勢となり、両手に持った剣を構えた。
こちらの準備は完了だ。
「陽姫、歌う準備できてるか?」
「オッケーだよっ! 軍蔵さん、入りの合図任せます」
「任せろ!」
始まる。陽姫の歌で小地球004の電力危機を救い、約束も果たすための作戦が。
「3!」
陽姫が息を整えるために深呼吸を繰り返す。
「2!」
レーヴァテインとアイギスが右の踵をあげて、合図に備える。
「1!」
陽姫が身体をリラックスさせて、正面を見据えた。
1秒の空白ののち、スローペースの前奏が入り始める。
それを合図に、レーヴァテインとアイギスが地面を蹴って前傾姿勢を保ったまま水平に飛行する。
背面から放出されるスカイギャラクシーエネルギーの粒子を推進力にしているスカイナイトは、静止状態から最高速へ達するのに数秒もかからない。
真正面に密集していた、小型の空食が反応できない速度でレーヴァテインとアイギスが通りざまに一閃。
後方の爆発を確認しないままに、レーヴァテインはカマキリ型の大型空食に直進する。
アイギスはレーヴァテインがさらに加速したのを見届けたあと、急減速しながら左方向に一回転。その場で止まるように停止した。
視認できる限りでも、小型の空食は数えるのが億劫になるほど多数で押し寄せている。
1体1体の戦闘力は脅威ではないものの、強敵との戦闘中に邪魔をされても面倒だ。レーヴァテインと大型空食の戦闘介入させないための支えが必要だろう。
群れを成して、スカイナイトの後を追随しようとする小型の空食たちを、空は見据える。
どんなものが来ようとも、守るべきものがある自分に敵はない。そう笑顔が告げているようでもあった。
「散々我慢しながら戦ってきたからね、いままでの借りを返す。一気にやらせてもらうよっ!」
1体たりとも、レーヴァテインには接近させない。
アイギスは両腕のシザーブレードを構えながら、小型空食の群れに射られたかの如く突撃した。
……
…
スローテンポだった前奏が終わり、階段を駆け上がるように、始まりを告げるアップテンポに変化していく。
陽姫がレーヴァテインの後部座席から把握できる視界も加速して、自分が戦場の只中にいるのだと思い知らされる。
(……でも怖くない。心が澄んでるようにすら思う……)
陽姫は深く息を吸い込み。一瞬、息を止めた。
もはや魂に刻まれていると言っても差し支えはない、陽姫の持ち歌である、スカイブルー。
自分がお遊びで作詞をし、人類文明圏崩壊以前のネット上でフリー音源にされていた曲を、偶然持っていた人がいて、それに言葉を当てはめただけのもの。1から作ったわけでもないし、決して自慢できるようなものではないかもしれないけれど。
それでも誰かが自分が歌うことを望み、みんなのために為せることがあるのなら。
大地も空も、軍蔵も、鈴音も──みんなが戦っている。それを少しでも自分の歌で支えてあげられるのなら。
ありったけの想いを乗せて、陽姫は清らかに歌う
──こーの-黒い空をわたしは青い空に塗り替えてゆーくー
紡がれる歌の想いはレーヴァテインのコックピットを超えて、陽姫の心を天と地に響かせる歌声となっていく。
……
…
──日の昇らない朝 いつも空を見上げていた
パイロットシート後方から流れてくる陽姫の歌を意識の片隅に置きながら、大地とレーヴァテインはカマキリ型の大型空食と戦闘状態に移行しつつあった。
背面から放出される紅の粒子を推進力に空中を駆けるレーヴァテインは、大胆にも真正面から空食に接近する進路をとっている。
「キュウロロロロロロ!」
空食が、接近するレーヴァテインに威嚇のような奇声をあげた。
小型空食を生成している卵と管で繋がれている影響か、カマキリ型の大型空食は身動きせず、攻撃体勢に移る。
空食は鎌状の手を振り上げて、縦一閃。スカイギャラクシーエネルギーを圧縮した衝撃波を発射。
地表を鋭い刃物で傷つけるように抉りとりながら、衝撃波がレーヴァテインに迫る。
「……っ」
空の言葉から想像していたよりも数段速い衝撃波を、レーヴァテインは前進しながら水平移動で回避。
続けて間髪入れずに横一閃で発射された衝撃波を、上空に浮き上がりながら避ける。
──暗闇は迷いも戸惑いも映す鏡のようで 晴れることを願っていた
陽姫の歌を感じながら、普段よりも思いのまま──自身がレーヴァテインのような感覚になりながら、連続する衝撃波を最低限の動きで捌きつつ、大地は思う。
(衝撃波が直観的に避けられる。心の底から力が湧いて、陽姫の歌が原動力になってるみたいだ……!)
レーヴァテインは、これまでの戦闘と比べて段違いの反応速度で動いていた。
行動思考、レーヴァテインに送信、反映されるといった時間にすれば極わずかのプロセスを経ていた動きが、思考をする前から意図したようにレーヴァテインに反映される。
(これなら、どんな敵だって倒せる!)
思考と行動の差を縮ませながら、レーヴァテインの無機質な機械音声が満を持して告げた。
《スカイギャラクシーエネルギーの臨界点突破を確認。フェイズ2へ移行します》
レーヴァテインの各種装甲が隣接する装甲の真上に展開。線状の火を噴きだしながら、内部フレームを露出する。
フェイズ2発動と同時に、背面から放出されていた紅の粒子が、まるで噴火でもしたかのように空中にマグマの軌跡を描く。
出力が大幅に上昇したレーヴァテインは、地形を置き去りにするように前傾姿勢を維持して、急加速。
次々と発射される衝撃波を潜り抜けるようにしながら、空食に接近する。
鎌の物理的な有効射程に入った瞬間、空食は鎌を上段から振り下ろした。
レーヴァテインは加速した勢いを殺すことなく、身を屈めて右手の剣の振り上げることで鎌と瞬間的に鍔迫り合う。
(抜けたっ! 取った!)
レーヴァテインを切り裂くことなく後方に抜けていった鎌を確認することなく、空食の背後に位置取りしたレーヴァテインが急停止。
すぐさま左手の剣を振り上げて、今なお小型空食を生成しようと鼓動している卵と空食を繋ぐ管を斬り落とす。
「キュロロロロロロッ!」
甲高い叫び声をあげながら、空食は振り向きざまに鎌を振る。レーヴァテインは空食から再び距離を取りながら、卵を通り抜けざまに切り裂いた。
剣に込められた爆発的な力に変換されたスカイギャラクシーエネルギーが、卵の中を循環し終えた途端、卵が内部からはじけ飛ぶように爆発。
第一に片付けるべき、空食の手勢を増やす卵は跡形もなく消えた。
ここからはレーヴァテインと空食の真っ向勝負だ。
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