第25話「陽姫の覚悟」

 俺は陽姫の手を引きながら小地球を駆け抜けて、荒野の広がる外に出た。

 レーヴァテインに向かいつつ、視線を周辺に向ける。

 もうアイギスの姿がないということは、既に戦闘は始まってるのか。

 遠方に視線を向けると、スカイナイト3号機-アイギス-が多数の小型空食を前に奮戦している姿があった。

 空食は複数で降りてきたってのか!?

 あと少しで合流する。待っていてくれ、空。


「はっ、はっ……全力疾走なんてっ、久しぶりだからっつっかれるっね!」

「もう着く!」


 片膝をついたスカイナイト2号機-レーヴァテイン-の影──股下を抜けて、レーヴァテインの正面に到着する。


「そこで待っていてくれ」

「うっ、うん」


 胸を抑えながら呼吸を整えている陽姫を置いて、レーヴァテインの脚から胴体までを駆けのぼる。 

 開きっぱなしのコックピットに、滑り込む。

 すぐさま球状の操縦桿を握って、レーヴァテインに命令を伝えた。

 レーヴァテインの右手が稼働して、陽姫の間近まで移動する。


「手に乗ってくれ」


 外部音声を飛ばすと、陽姫は恐る恐るレーヴァテインの手に収まってくれる。

 少し怖いだろうけど、我慢してくれよ……。

 右手を、慎重にコックピットへ動かし始めた。


「おかえりなさい。陽姫さんは?」

「ただいま。大丈夫、歌ってくれるよ」

「準備が無駄にならなくて、よかったです。コックピット後方にサブコックピットシートが展開されてるの、わかりますか?」


 コックピット右上に設置された小型モニターには、調の姿があった。


「すぐ確認する」


 調に促された通り、後方を振り返る。

 これまではコックピットの背面でしかなかった壁が開放されて、新たにコックピットシートが現れていた。


「こんなものがあったのか」

「スカイナイトは戦闘中の救助もできるようにしてあるのですよ。スペース的に1人分しか作れませんでしたが」

「十分すぎるよ。陽姫には俺の上に座ってもらうしかないって思ってたからさ」

「その状態で戦うのも、歌ってもらうのも、無茶だと思いますけど……」

「なにせ緊急だったから。その無茶をしなくていいのは助かるよ」

 

 陽姫に前を塞がれた状態でいかにして戦うか、内心では悩んでいたところだったんだ。

 調の用意周到さには、毎回感謝しかない。


「よっと、いやー、大きな手に乗るのは、ちょっと怖かったよ~」


 レーヴァテインの右手に乗っていた陽姫が、コックピットに入ってくる。

 陽姫は、しげしげと珍し気にコックピットの中を見回す。俺が最初に乗った時もこんな目してたのかな。微笑ましさすらある。


「うわぁ、本当に機械で出来てるんだね」

「奥に入ってくれたら、コックピットシートがあるからそこに」

「うん、お邪魔します!」


 陽姫は俺を通り過ぎて、背後のコックピットシートに搭乗した。

 レーヴァテインのコックピット下部の装甲が立ち上がり、続いて上部装甲が降りることでコックピットが完全閉鎖される。

 灰色だった前面モニターに、頭部メインカメラからの映像が表示。

 これで戦闘準備は完了だが……。


「陽姫ちゃんは、そこにいるか?」


 おやっさんの声が、コックピット内部に出力される。通信が接続されたみたいだ。

 いまは亡き親友の娘を戦場に連れていくなんて、複雑な心境だろうし、おやっさんも陽姫とは話しておきたいよな……。

 

「おやっさん、陽姫ならいるよ」

「軍蔵さん……? なんですか?」

「俺の言えた義理じゃないが、陽姫ちゃんを戦闘に連れ出してしまうこと、すまない。剣十郎になんて報告すりゃいいのか……」


 おやっさんの声色からは苦悩に顔を抑えているのが、ありありと想像できた。


「私の意思で覚悟して、このロボットに乗りましたから。軍蔵さんが謝ることじゃありませんよ。それに……」


 陽姫は、こんな状況でも真っすぐな心持ちなのだろう。俺の真後ろから、迷いなく突き抜けるような言葉が響く。


「お父さんは喜んでくれますよ。私が自分で決めて、誰かのためにやろうとしてることなんですから。しかも守ってくれる騎士様たちまでいますしね」

「騎士様って、俺と空のことか?」


 冗談めかした物言いをする陽姫に、思わず乗ってしまう。

 騎士様なんて、言われたことなかったな。


「なんだ、守ってくれないの?」

「いや、空も俺も全力で守るよ」

「だ、そうですよ、軍蔵さん」


 陽姫が自信気に告げる。

 そんなに心配しないで。自分を責めないで。そう言外に言っているようでもあった。


「はっ……ははっははは──陽姫ちゃんがそう言ってくれるなら、わかったよ。大地、頼んだぞ、守ってやってくれ」


 おやっさんは呆れたように笑いながら、朗らかに晴れたような感情を覗かせた。

 陽姫はすごいな、すぐに誰もが前を向けるようにしてくれる。俺も陽姫から託された期待を裏切らないようにしないと。


「言われなくても、絶対にやり遂げますよ。歌の準備、できてますか?」

「おう。合図さえあれば、いつでもいけるぜ」

「じゃあ、行っちゃってっ! 大地くん」

「ああっ! レーヴァテイン、発進!」


 レーヴァテインが俺の命令を操縦桿から受け取り、地表から浮き上がる。

 一定の高度まで上昇したあと、飛翔開始。

 景色が映像を早送りしているかのように流れて、瞬時に、目と鼻の先まで戦場が迫る。

 さあ、レーヴァテインが会場となるライブの始まりだ。

 

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