第24話「戦闘開始」
空の搭乗するスカイナイト3号機-アイギス-が、巨体ながら軽やかな動作で前進していた。
アイギスの後方には防衛対象の小地球004がそびえ立ち、片膝をついたスカイナイト2号機-レーヴァテイン-の姿もある。
守るべき対象を振り返ったあと、空はアイギスの頭部を機体正面に向けた。
「落下予測地点出ました! 空さん!」
「向かいます!」
大波から、予測地点のデータが即時送られてくる。
地球の壁を突破した空食の落下予測地点は、やはり小地球004付近のようだ。昨日まで小地球004で溢れ出していたスカイギャラクシーエネルギーが、空食を引き寄せたのだろう。
空は気合いを入れるように、両手を合わせる。
「さーて、アイギス。私たちの第2陣だよ、いこうっ!」
空は掛け声を出しながら操縦桿を握り、アイギスに命じる。
背面から青い粒子が放出されて、アイギスが重力を無視するかのように地表から数十センチ浮いた。
スカイギャラクシーエネルギーによってホバー状態に移行したアイギスが、地表を滑っていく。
目標地点は、すぐそこだ。
……
…
まもなくして、落下予測地点付近に到着したアイギスが空を見上げる。
落下している空食を視認できる頃合いだ。
「んー……見えた!」
空は、捉えた映像を拡大する。
暗黒の空に、絵具を一滴だけ垂らしたかのような緑の点が見えた。
点は過加速度的に大きくなりつつあり、姿形も判別できるようになってくる。空食は重力に引かれることで、加速しながら落下しているのだ。
「すー……はー……」
頭をクリーンに。
空は呼吸を整えて、意識を戦闘用に切り替える。
「空食の落下まで、あと1分」
空は、大波の声を意識にとどめながら、点を凝視する。
「空食が減速! 空さん、気をつけて!」
大波が矢継ぎ早に告げた内容を、空は即座に整理する。
空食は地表に激突する形で現れるのが、通常だ。重力加速を制御する力が、通常の空食にない故の現象に他ならない。
もし減速をするような空食が相手なら、それは間違いなく強敵の知らせとなる。
アイギスの頭部メインカメラが、減速する空食の姿を完璧に捉えた。
それは一瞬で大波や調にも共有されて、相手がどの地球生物を真似た空食であるかを判断してくれる。
「データ照合。該当外見パターンは、カマキリ。対象をカマキリ型と断定します」
今回の空食は、カマキリ型の空食だ。
空が下から見ていても、形状でよくわかる。
体長は横長で、前方にはアンバランスなほど巨大で鋭い鎌。
胸部から展開されている翅は蝶のように広がって、大きく羽ばたいている。どうやら減速できたのは、翅のおかげらしい。
「前足の鎌には注意してください。あれに捉えられたら、スカイナイトと言えど無事では済みません」
「はいっ」
空が、調に言葉を返した直後だった。
カマキリの頭部が迷いなく動き、複眼がアイギスを捉える。
「もう見つかったのっ!?」
「キュロロロロッロォ!」
アイギスを敵性存在だと認識した空食は、吠えるように鳴く。
距離があるにも関わらず、空食が両前足を伸ばして鋭利な鎌を振り上げると、アイギス目掛けて振り下ろした。
「っ!」
長年の戦闘経験から悪寒を感じた空は、咄嗟に両腕に装備された大型の盾──アイギスシールドを展開。機体前面を庇う。
ガツンと、まるで殴られたかのような衝撃が、アイギスを後退させる。
「あの距離から攻撃できるの!?」
咄嗟にアイギスシールドで庇って正解だった。アイギスシールドの損傷は軽微で、戦闘行動に問題ない。
「鎌から圧縮したスカイギャラクシーエネルギーを斬撃として飛ばす、鋭い衝撃波のようです」
アイギスの受けた損傷や、映像から解析した情報を、調が伝えてくれる。
「鎌っていうから斬りつけてくるものだと思ってましたけっど!」
アイギスは、再び牽制のように振るわれた鎌から発生した衝撃波を回避する。
攻撃の正体がわかったとはいえ、スカイナイトでも軽く受けられる攻撃ではない。真正面から衝撃波とぶつかれば、スパッと両断されてしまうかもしれなかった。
「キュロロロ!」
空食はアイギスが攻撃を避けている隙に、地表へ近づく。
鷹揚に広げていた翅を閉じて、瞬時に落下。圧倒的な質量で大地に小穴を穿ちながらも、次の動作に移る。
カマキリ型の空食は腹部とそれに続く尾を振り上げて、複数の泡が繋がって形成されている物体を先端からひねり出した。
「なにをするつもりか知らないけど、やらせない!」
危険を察知した空が、操縦桿からアイギスに急加速を命じて、空食に接近する。
両腕のアイギスシールドに内蔵された、クワガタの片顎に似た形状になっているシザーブレードを展開して、振りぬくように構える。
あと数秒で肉薄する距離だ。
「はああっ!」
力を込めて叫ぶ空に合わせて、右腕のシザーブレードが振り上げられる。
「キュウウゥロロロロ!」
空食は左鎌を振り下げて、振り上げられたシザーブレードを、アイギスの飛行速度と共に受け止めた。
カマキリ型の空食は、4本の脚で大地に根を張るようにして、微動だにしない。
「止められたっ!? ならっ!」
前傾姿勢で突撃したアイギスは、攻撃受け止められて、速度を殺されたことで足を接地させながら、左腕のシザーブレードもすぐさま振り上げるものの、空食は右鎌を振り上げて、両腕がまったく同じ構図になる。
「ぐぐうぅぅっ、力で、押せない!」
シザーブレードで鎌を押し返そうと踏ん張りながら力を込めるが、反対に押し返されそうになる。
落下してくる空食が力を持った個体なのは理解していたが、こうも押しきれないものか。
鎌とシザーブレードが鍔迫り合う間に、空食の尾から溢れる複数の泡はまるで生きているかのようにとぐろを巻いて、卵のような形状に変化すると、地表に産み付けられた。
「……卵の中からスカイギャラクシーエネルギーの反応が増大してます!」
「空さん、あれをいますぐ──」
調が空に忠告した直後、それらは生まれた。
卵はひとつひとつの泡の集合体だった。カマキリ型の空食の尾と繋がっていることでスカイギャラクシーエネルギーを大量に注がれて、泡が羽化する。
「なっ、小さいカマキリが、たくさん!?」
まるで生物が生まれているかのような光景だったが、大量の固体が生まれる様は、空の心に言いしれない不安と気持ち悪さを落とす。
卵を形成する泡が割れるたびに、小型のカマキリが続々と地上に降り立っていく。
小型のカマキリは体長は3メートルほどだろうか。それぞれが親──カマキリ型の空食をスケールダウンしたような姿形をしており、それが何十と沸くように泡が割れるたびに現れるのだから、不気味だ。
どの頭部もこちらを向いて、アイギスを敵性存在だと認識している。
このままだと、空食の鎌に押し切られるどころか、囲まれてしまう。
アイギスは肉薄している空食の胸部を右足で蹴りつけて、空食の力が若干弱まった隙に、急速後退する。
じっとりとした汗が、空のおでこから頬を伝う。
「こいつは……危ないかも……大地くん、早くしてよ……!」
「キュロロロロオッ!」
カマキリ型の空食が鎌を大仰に振り上げながら吠えると、今なお生まれ続ける小型のカマキリたちは、アイギスに殺到した──。
……
…
「ふっ! ふっ……!」
俺は、陽姫を迎えにいくために、小地球の中を全力で走っていた。
酸素欲しさに、喉が喘ぐ。それでも止まれない。止まることは許されない。
小地球の外壁と内部を繋ぐ通路を抜けたあと、住宅街を突っ切る。
おやっさんが住民に空食襲来の可能性を説明していたのか、住宅街はすでにもぬけの殻で、人っ子一人いない。
手遅れになる前に、急げ、急げ!
焦燥が力を余計に消費して、体が苦しい。心臓が爆発しそうなほど高鳴っていた。
木々が立ち並ぶ道路に入り、目標の病院が段々と大きくなっていく。
住宅街と病院の中間地点に差し掛かったところで、病院から走ってくる人影が見えた。
こんな時に、いったい誰だ……?
目を細めて、訝しみながら走り続ける。
と、その人物は手を振りながら、遠方からでも耳にすっと通り抜けていく声量で叫んだ。
「おおーい! 大地くーん!」
「陽姫か!?」
互いに走る勢いを殺しきれず、通り過ぎてから振り返る。
息を整えるより先に、口が動く。
「私になにかできることがあるって!」
「お願いしたいことがあるんだ!」
「お願いしたいことって!?」
「ある!」
「……」
「……」
焦るあまり、言葉を重ね合わせるものだから、話が噛み合わない。
陽姫はしゅんと表情を曇らせるが、決意の籠った眼差しを次の瞬間には見せた。
「ごめん、大地くんから言って。軍蔵さんに、私にしかできないことがあるって……そう言われて」
「……とても危険なお願いだ。最悪の場合、死ぬかもしれないことを頼もうとしてる。怖いなら断ってくれても、かまわない」
「うん。なに?」
次に続く言葉を口にしようとして、刹那の間だけ躊躇う。
……決めるのは陽姫自身だ。それでも、みんなのためという大義名分があることに罪悪感を覚える。
卑怯な物言いになろうとも、俺は口にすることをやめるわけにはいかない。みんなを守るために、鈴音ちゃんと陽姫の約束を果たしてもらうためにも。
「陽姫に歌ってもらわないと、この小地球のみんなと鈴音ちゃんが死ぬかもしれないんだ。俺と一緒にスカイナイト──ロボットに乗って、歌ってくれないか。敵がいるし、危険も伴うけど──」
「わかった。もういいよ」
陽姫は人差し指を俺の唇に押し当てて、話を止めた。
急なことに、少し驚く。
押しあてた人差し指を戻しつつ、俺を真正面から見つめる陽姫の瞳には、迷いのない覚悟が輝いていた。
「みんなのためになるなら、どんなことでも私はやるよ」
陽姫は豪胆にも、臆さずに言い切った。
「それに、大地くんも空も守ってくれるんでしょ?」
陽姫は、自信気な笑顔を湛える。
俺たちの不安もなにもかも飲み込んで、受け入れてくれる姿がそこにあった。
防衛対象にそこまで言われちゃ、断言するしかない。俺も迷いを捨てられるってものだ。
「絶対に守ってやるっ! さあ、いこうっ!」
手を差し伸べると、間髪入れずに俺の手を握り、陽姫は駆けだした。
「うんっ!」
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