第23話「大地の決断」
「スカイナイトで待機、か」
「いつ敵が来るかわからないからね」
返事をした空の声が、スカイナイト-レーヴァテイン-のコックピット内部に、出力される。
小地球004の朝宮邸で、一夜を明かした次の朝だ。
俺と空は、早朝からそれぞれのスカイナイトに搭乗して、待機していた。理由は、夜中に地球の壁で力を蓄えている空食が現れて、いつ降下してくるか不明だからなのだとか。
どこが狙われるかも不明だが、昨日まで陽姫が歌っていたこともあり、ここが標的にされている可能性もあるので、小地球004に止まって待機している。
しかし俺と空は空食よりも、別のことに意識が向いていた。
もちろん。目下の問題でもある、陽姫と鈴音ちゃんの約束についてだ。
「結局、陽姫に任せるしかなかったね……」
「心配だな。陽姫も、鈴音ちゃんのことも」
時間の許す限り思考を回していたものの、陽姫は歌うことで空食を引き寄せてしまうのだから、あらゆる意味で危険だと結論付けるしかなかった。
陽姫が小地球の外で歌うか、中で歌うか。
端的に選択肢を用意するなら、この2つになるのだが……。
どの選択肢も歌によって発生するスカイギャラクシーエネルギーを遮断できないのだから、空食が察知してしまう。
陽姫だけを危険に晒すわけにも、小地球の人たちを危険な目に合わせるわけにもいかない。
俺たちが確実に守ることができるのなら、あらゆる選択肢を選べるだろう。でも戦いに絶対はないのだから、誰かが傷つく可能性を孕んだ作戦は遂行できないのだ。
「……鈴音ちゃんの手術の時間、もうすぐだね」
鈴音ちゃんは予定通り、今日に手術する。
病院には、空食が来るかもしれないことを伝えたけど、鈴音ちゃんの体力面を考慮した結果、延ばすわけにはいかないらしい。
そう見えなかったけれど、鈴音ちゃんは一刻も早く手術をしないと命に関わる状態なのだと。
「手術は、鈴音ちゃんの体力と気持ち次第だって言ってたじゃないか、大丈夫だよ。自分が悲しいのに、他の人を気遣える強い心を持った子なんだから」
自分にとっても、気休めに近い言葉を口にする。
どうしたって、不安はよぎる。
鈴音ちゃんが陽姫に歌ってほしいのは、手術で不安な気持ちを抑えて、上向きな気持ちで挑みたいからだろうし……。
それがなくなって気持ちが折れてしまったら、なんて考えるだけで、恐ろしさが内から膨れ上がる。
「うん、そう。そうだよね……。せめて守ろう。私たちのできることをしよう」
空の言葉には、俺と同じように自分に言い聞かせて、鼓舞するような声色が滲んでいた。
俺たちには時間がなくて、危険を犯す以外に陽姫が歌う方法を思いつかなくて。
鈴音ちゃんの無事を祈ることしかできないのが、歯がゆかった。
……
…
それから、しばらく無言の間があって。
コックピット右上の小型モニターには、大波さんの姿が映されていた。
俺たちに空食の状態を、逐一報告してくれているのだ。
大波さんは昨日から一睡もしていないらしい。けれど、それをまったく感じさせない仕草で、きびきびと目を動かしているようだった。画面上に表示されているであろう情報を精査して、俺たちの戦闘が少しでも有利に進むために、ということらしい。
普段は包容力ある優しさを持った人だが、いまは冷静沈着な、歴戦のオペレーターのような雰囲気があって頼もしい。
「地球の壁で力を蓄えている空食は、緩やかながら、なおも成長中です」
「これまで大地さんが戦ってきた、どの空食よりも手強いかもしれません。お気をつけて」
調の姿は見えないけれど、音声だけは繋がっているようで、俺たちを案じていることが感じられる。
調は、俺たちが鈴音ちゃんと陽姫のことで悩んでいるのを知っている。そこを気遣っての忠告でもあるのだろう。
悩みに足下を掬われないように、と。
気持ちを切り替えるように息をふっと吐いて、正面を見据える。
「俺と空の2人がいるんだ。守ってみせるよ」
「そうですよ。調さんはどっしんと構えていてください」
空も同意してくれる。
悩みがあろうとも、俺たちの心はちゃんと前を向いている。
敵が強大だと言われても、気持ちでは負けないつもりだ。
「わたし、どっしんというほど重くないんですけどね?」
「言葉の綾ってやつですからね!?」
真剣な様子で返す調に対して、空は突っ込むようにしていた。
が、そこに。
「すまん。緊急事態だ」
続く言葉を遮って、おやっさんが通信に割り込んだ。
おやっさんの声に、意識を傾ける。
調がすぐさま反応した。
「なにかありましたか。軍坊」
「厄介なことになっちまった。このままじゃ、鈴音ちゃんの手術ができない」
「ど、どういうことですか!?」
空が、コックピット内部で身を乗り出していそうな勢いで、声を張った。
空が先に言わなかったら、俺もそうしていたかもしれない。
「小地球004内部のスカイギャラクシーエネルギーが急低下。電力維持ができそうにない」
「病院に電力がいかないから、鈴音ちゃんの手術もできないってことですか?」
「そういうことだ」
軍蔵さんは冷静に事態を把握して、俺たちに伝えようとしているけど、それどころじゃない。
だって、もう。
背がぞっと冷え上がるのを耐えながら、俺は呟いた。
「鈴音ちゃんの手術は──」
スカイナイトに念じて、正面モニターの隅に表示させたデジタル時計は、9時20分を告げていた。
「始まってるな……」
「こちらからも連絡したが、一度始まった手術を中断することは難しく、電力が途切れるのも時間の問題だ」
「どうしよう、どうしたらいいの……」
わななくような空の声が、むなしく耳を通り過ぎる。
俺たちが戦うことで守れるのなら、絶望する理由はない。俺たちの頑張り次第で、どうにかなる。
でも、これは戦いなんて関係ない。俺たちの外側にある問題だ。
いくら足掻こうとも、もう少しで手術中に電源が落ちる──そんな最悪の未来が実現してしまう。
「病院の電力も問題だが、スカイギャラクシーエネルギー抑制に回す電力も時期に尽きる」
「小地球004は暮らしている人数が多いですし、抑制装置が機能しなくなるのは死にも等しいですね……原因は?」
「小地球のスカイギャラクシーエネルギー変換装置が、想定より劣化していた──陽姫ちゃんの歌によって、スカイギャラクシーエネルギーが過剰供給されることで、数値上での劣化が誤魔化されてたんだ」
「過剰なスカイギャラクシーエネルギーの発生が、いままでの稼働を手助けしていたのですね。陽姫さんの歌によって発生するスカイギャラクシーエネルギーは、変換装置をフル稼働させ続けることによって、変換効率上は、一定の水準を保てていたと」
「だが変換装置はフル稼働することで、さらに劣化が進み、過剰なスカイギャラクシーエネルギーがなければ、稼働に必要なエネルギーすら賄うことすらできなくなっていた」
「悪循環ですね。陽姫さんの歌にそこまで依存している状況とは気づきませんでした。不覚です」
「俺がもっと早く気づいていれば、対策のしようもあったかもしれねぇってのに……っ!」
暗闇の中に放り込まれた俺たちを置いて、おやっさんと調は追い討ちをかけるような会話を続けている。
「空食、動き出しました!」
大波さんが、塞ぎ込もうとしている思考にも届くような声を張り上げる。
不幸というものは、どうしても続いてしまうものらしい。
「空食は地球の壁を突破中──5分で地球に突入して、落下してきます!」
時間がない。
決断しなければならない。
「空ちゃん、大地さんも鈴音ちゃんのことが気にかかるでしょうけど、戦闘準備、お願いします」
毅然とした調の声が、耳を過ぎていく。
鈴音ちゃんの涙を堪えた笑顔。
陽姫の空元気な笑顔。
浮かんでは、幻のように消えていく。
陽姫を歌わせられない。
ひとつから発したことが因果となり、避けようのない結果に繋がろうとしていた。
でも、それでもだ。
裏を返せば、この絶望的な状況はたった一手でひっくり返せるとも言えた。
陽姫の歌には、他者のスカイギャラクシーエネルギーを一時的に増幅させられる力がある。
スカイギャラクシーエネルギーの不足が原因なら、小地球に暮らす人々のスカイギャラクシーエネルギーを増幅させれば、電力問題は解決できる。
歌うことさえできれば、陽姫の歌を鈴音ちゃんに届けるのなんて、調たちなら簡単にやってのけてくれるはず。
鈴音ちゃんのために歌うことができて、歌がみんなを救うのなら、陽姫はきっと──。
これだけは避けようと考え続けていたことだ。でも、みんなが死ぬかもしれない。
突きつけられた現実を変える答えは、ひとつしかない。
考えが纏まったなら、あとは動くのみ!
俺はスカイナイトに片膝をつかせて、即座にコックピットハッチを開放。
駆け下りるようにスカイナイトの装甲を落ちていき、地面に着地する。
小地球に向けて走り出すと同時に、レシーバーをポケットから取り出して、回線を繋げる。
「大地くん! いきなりどうしたの!?」
「空、すまないがしばらく空食の相手をひとりで頼む」
「何しようって言うの」
「みんなを助ける。陽姫に歌ってもらって!」
「でも陽姫だけを危険に晒すわけにはいかないって、昨日言っていたのに……」
この選択は陽姫を危険に晒してしまう。俺が想像している通りに事が運ぶとも限らない。
だめだ。不安は心を鈍らせ、戦う力を削ぐ。
すべてを救うのなら、やるしかないと、自分の心に言い聞かせる。
「状況が変わったんだ。俺たちで守ろう。でないと、なにもかも手遅れになる!」
空にとって、誰かを危険に晒してまで何かを守ることは、身を砕くような痛みを伴うことなのだと思う。
しかし、空もわかってるはずだ。いま、すべてを解決しようとするのなら、為さなければならないことを。
空が息を深く吸い込んで、心の中にある複雑な感情を吐き出すように、息を吐いた。
「わかった……でも陽姫が無理だって言ったら、諦めること」
「無理やり連れてくることはしないさ。調!」
「そろそろ呼ばれるかと思っていました」
俺たちの話を聞いていた調が、間髪入れずに返事をくれる。
さすがだ。俺たちがなにをしようとしているのかも、検討が付いているのだろう。
作戦とも言いづらい行動で、いけるとは思っているけれど、ひとつ確かめておく必要はあった。
「陽姫が歌えば、いまの状況は解決するよな?」
「すべて解決します。軍坊、小地球004全体のスピーカー、起動できますか?」
「それはすぐにでもできる。鈴音ちゃんの手術室にもすぐ繋げられるが……まさか」
おやっさんの声が険しい。俺がやろうとしていることに、調と俺の言葉から感づいているのだろう。
「おやっさんの想像通りですよ。陽姫には小地球の外で──レーヴァテインの中で歌ってもらいます」
レシーバーを片手に持ちながら、小地球の外壁のコンソールに手を滑らせていく。
小地球004の型番を入力。認証中の文字が浮かび上がる。普段はなんてことないのに、急いでいるせいで、焦れったく感じた。
おやっさんも、時間がないこと、有効的で即時効果のある手段がほとんどないことは、わかっている。
苦悩の息を吐きながら静かに唸って、おやっさんは自分の心を整理するように、時間を数秒だけ置いた。
おやっさんが、心を決めた言葉を発するのと、認証完了の文字が出てくるのは、同時だった。
「……わかった。陽姫を必ず守ってやってくれ。陽姫への連絡、諸々の準備はこっちのほうですぐに終わらせておく」
「はいっ……! お願いします!」
俺は病院で鈴音ちゃんの手術の無事を祈っている陽姫を迎えにいくために、走り出した。
陽姫に頼むことは、ひとつ。
レーヴァテインの中で、歌ってもらうことだ。
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