第17話「出発」

 小地球004の調査命令を受けた次の日の朝。

 目元を刺激する乾いた風が抜けていく。乾燥させまいと、無意識に目を瞬かせた。

 視界を遮る遮蔽物はなく、地平線の先まで大地が続いている。開けてしまった大地は物寂しい。

 いまの世界では珍しくもない光景なのに、小地球から出るとそう感じてしまう。

 地球という星が荒廃していることに、不思議と違和感のようなものを抱いてしまうのだ。俺なんて記録でしか昔の地球を見た記憶がないのに。

 人間には遺伝子レベルで、地球の姿が奥深く刻まれているのかもしれない。

 俺と同じように大地をぼーっと眺めていた、私服の空は、ふとこちらを見て苦笑いを作る。


「なんだか、やりきれないよね」

「だな。また緑が戻って、人が戻れるように頑張ろう」

「当然だよっ」


 空は頑張るぞーと言いながら右手を天に掲げる。

 見上げた瞳には暗雲とした漆黒の空ではなく、本来の地球が持つ晴天が広がっているように思えた。


「いつまでつまらん空見てんだー。準備できたからいくぞー」


 車を小地球から出し終えた作業着姿のおやっさんが、手を拡声器のようにして告げる。遮るものがなにもないので、よく通った。

 空と頷き合う。


「いくか」

「うん、小地球004の異変を突き止めよー」


 おー、と腕を再度振り上げた空に続き、俺も腕を上げる。

 動きだけでも勢いづけば、気分も高揚するのだった。


……


 樹里さんと乗ったのと同じ、白いワンボックスカーに乗り込み、発進。運転はおやっさんが胸と腹を張って任せろと言っていた。昔から運転するのが得意なのだとか。

 2列目のシートに、俺と空は座っていた。座席の間隔がもうひとり分空いているので、ゆったりとした旅になりそうだ。

 窓から見える、それほど代わり映えしない景色が延々と壊れた映像ように流れていく。

 転がる大岩、干からびて割れた大地。地球からしたら肌にヒビが走るようなものだろうか。そう考えると痛ましい光景で見ていられなくなりそうだった。

 

「目的地に着くまで6時間はある。しばらく休憩でもしときな」


車内ミラーでこちらを一瞥したおやっさんが口を開く。厳つい顔で目つきも鋭いので、睨まれているのかと錯覚してしまいそうになる。実際には目が向いただけなんだろうけど。


「と言っても起きたばっかりだから寝ないですよ、軍蔵さん」


 空は変わらない外の景色から目を背け、空いていたスペースに寝転がる。

 位置を調整するようにもぞもぞしていた。


「それ寝る体勢じゃないか?」

「休憩と言えばこうだよ~」

「しばらくしたら起こしてやるから。文句言わずに寝れるうちに寝とけ寝とけ。寝る子は育つ」

「いつの子供の話ですか……17ですよ、私。まあ寝ますけどね。じゃあ大地くんと軍蔵さんおやすみなさい」

「お、おやすみ」


 シャキシャキと言った途端に、空はすうすうと寝息をたてる。

 驚くべき高速睡眠だ。寝ないとか言ってた気がするんだけどなー?


「大地は寝ねぇのか」

「さすがに起きて1時間もしないうちにまた寝られませんよ」

「寝られるうちに寝ておくのもいいがなぁ。ま、しばらくは暇だ。俺がちゃんと運転しとくから大船に乗ったつもりでいな」

「……運転慣れてますよね」


 しっかりとハンドルを握り、話ながらも車が少しでも跳ねるような石、道を避けていく。座席に乗せた尻が派手に痛めつけられることもない。

 あまり思いたくはないが、樹里さんの運転とは乗り心地が雲泥の差だった。


「昔取った杵柄ってな。昔は自衛隊にいてよ」

「自衛隊って……日本を守る軍隊なんでしたっけ」

「国際上はな。いまとなっては守るべき国もなければ、稼働してるようなものもない」

「自衛隊にいたのに、どうしてスカイナイトの整備を?」


 自衛隊とスカイナイトの整備に関係性が見つけられない。実はスカイナイトは自衛隊と繋がってたりするのか。

 調ともどう知り合ったのだろう……。おやっさんに関しても気になることが多い。

 おやっさんは仕方ないと言うように深い息を吐いた。

 楽な姿勢を維持するよう、座席に背をしっかりと預けながら、片手で車を操縦する。それでも車の走行は乱れない。


「俺の家系は代々自衛隊で整備士をしてた家系でな。親父も祖父も、そのまた前からずっと。日々腕を磨いて整備士として1人前になった頃、親父にこの家の秘密を教えてやると言われてな」


 鼻息をふんっと吐いたおやっさんの声色は穏やかだった。


「そうして連れていかれた場所で出会ったのが、調さんだ。最初はなんだこのちんちくりんはって失礼なことを驚きながら思ったもんだがな」

「いきなり調をお父さんに紹介されたら、そりゃ驚くでしょうよ……」


 調は誰が見ても女の子と言うべき幼げな容姿をしている。女性の括りで見るには行動、仕草、容姿に否定されてしまう。俺もいきなり両親から紹介されたら、おやっさんと同じ感想になるかもしれない。いや、絶対になる。


「だよな。誰だってそうなるよな。まあただ、最初は舐めてかかってたもんだが、スカイナイトの開発理由、人類に対する想いを聞いてたら……いつの間にかあの人が大きな存在に思えてなぁ。いまじゃあ調さんなんて呼んじまってる」


 おやっさんは染み入るように呟く。

 調はみんなに慕われているのだろう。俺だってたった数日で、調を見た目の印象とはまったく異なるように思っているのだから。


「調と会ってからは、ずっとスカイナイトの開発を?」

「ああ、自衛隊を退役してスカイナイトの開発協力で腕を鳴らしたってわけだ。その頃には女房と娘もいたんだがな……」


 複雑な、説明もしようのないものが入り混じった感覚が言葉についてくる。

 いきなり退役して、スカイナイトの開発をするなんて言われてたら、普通の人は受け入れないのかもしれない。


「それは……聞いても?」

「構わねぇよ……しばらくは女房とも一緒にいたんだが、娘は──」


 おやっさんは言い淀む。自分の中で踏ん切りをつける時間を置いて、続きを口にした。


「──10年前の空食と人類が初めて遭遇した戦いで行方不明だ」

「行方不明……ですか」


 10年も前に行方不明になっていたら、生存しているのかどうか。1人で生きていくには、この世界は過酷だ。

 おやっさんの言い淀み方からして、半分ぐらいは諦めているのかもしれない。


「娘が行方不明になって、その時女房と喧嘩別れしちまってな。俺がこんなロボットを作るのに協力したからだとかなんとか。2人とも大切な宝物を失っちまったショックで冷静じゃなかったんだ……」

「そのあと連絡とったりは……」

「しなかった、つうかできんかった。当時はもう大変でな。いまよりも強固な地球の壁があったんだが、生半可に破れない壁だった分、強力な空食が現れるもんで苦労したんだ」

「……2人とも無事だといいですね」

「女房のほうは気骨のある女だったし、まだどっかで生きてると思うがな」


 恰幅のいい体型と性格をしたおやっさんが気骨があると言うくらいだ。おやっさんの妻だった人はいまでも気丈に生きているのかもしれない。

 ただ……。


「娘さん、お名前なんて言うんですか」

「ん? どうして聞きたがる」

「無事を、この大地に祈ろうかと思って」


 気休め程度にしかならないだろうけど、祈りたいと思った。

 いまの人間はこの広い大地に繋がれている。誰も空の向こう側にはいないから、もしどこかで生きていることを願うのなら、伝わることを思って大地に祈るしかない。


しま 百合ゆりって名前だ。……ありがとうな」

「祈るぐらいしか、できませんけどね」

「それでも十分だ。きっとな」

「……はい」


 静かに目を閉じて、百合さんの無事を祈る。

 顔はわからない。姿も。それでも伝わるように、無事であることを大地に浸透させるように願った。

 

 ……

 …


 それからは会話もなく、景色をずっと眺めながら小地球004に到着した。

 車から降りて、長時間の乗車で固定されていた背と腕を伸ばす。

 思わず息がふあっと漏れ出てしまうぐらいに、気持ちがいい。


「んっー、よっく寝たぁ」


 俺と同じように伸びをしている空は、乗車中に起きなかった。

 寝ようと思えばどこでも、何時間でも寝られる類の人なのかもしれない。


「よく寝てたみたいだな」

「私は寝ようと思えばすぐ寝られるからねっ!」


 空はにこやかに腕を振り上げて、ガッツポーズ。

 俺たちはパイロットなのだ。どこでも寝て休憩をとれるのは、素晴らしいことなんだろうぁ。

 空のように長い期間パイロットを務めるようになれば、俺も時を選ばず寝られるようになるだろうか。

 俺たちが車外で話している間に、おやっさんは小地球004の入口に止めた車の中から、3シート目に置いていたスーツケースを取り出す。それから車の鍵を閉めてからこちらを促した。


「よしいくぞ。稼働効率低下の原因、大量のスカイギャラクシーエネルギー発生源を探すことがミッションだ」


 ……

 …


 小地球004の中に入ると、ふわっと鼻を通っていく新鮮な風が流れ込んできた。

 風を身に受けている間に、小地球を眺めていたら第1の目的が達成された。調査するまでもなく、一瞬である。


「ありゃあ……効率低下の原因はあれだなぁ」


 おやっさんが頭を掻きながら困ったように呟く先には、一軒家が道路に面して左右に立ち並んでいた。しばらくそれが続いたあと、1番奥に問題と思しき建物はあった。

 遠方からでもひときわ目立つ巨大な建物だ。外壁は白く、横にも縦にも長い。

 4階までありそうな高さを持った外観は、この小地球のどこに居ても見えるシンボルと言ってものいいかもしれない。


「あれは病院……なのかな?」


 空が顔をあげて、巨大な建物を頂点まで確認しながら言った。病院といえば、医療施設のことだったか。

 調は小地球の稼働効率が下がる原因に、病院の存在をあげていた。それが当たってしまった形だろう。

 おやっさんは病院から視線を外すと、小地球全体を見回す。それに俺も続く。

 通行人は20人程度だ。小地球の中で2桁の人が出歩いていることを確認できる段階で、この小地球には多くの人が暮らしていることがわかった。

 よく聞けば、話し声も風に乗ってくる。


「住居者の一覧から計算した数より家が多い。人口も登録されている頃のものより多いのかもしれねぇな」


 中央の大きな建物に気をとられていたけど、おやっさんの言う通り、住宅が林でも形成するかのように多い。

 川の字を描くようになっている3本の道路に面した左右はもちろん、道路から外れた場所にも住宅が確認できた。村、というよりは町とでも形容できるぐらいだ。


「小地球にしては珍しいぐらいに家が多いなぁ」

「大地くんはこんなに家があるところ、初めて?」

「見たことない。初めてだ」


 どの小地球でも昼夜を問わず静寂が支配していたのだが、活気というものだろうか。この小地球にはそれが満ちているように感じられた。

 おやっさんが小地球を見渡すのを止めて、再び病院に視線を向けた。


「しばらく見てたが、稼働効率の低下はおそらく病院が原因だろう。病院ってのは医療機器も多いし電力を馬鹿食いするからな」


 空が病院を指さしながら聞いた。


「んー……病院に送られる電力の供給が原因で小地球の稼働効率が下がってたってことですか?」

「小地球の電力ってのは地球や俺たちから取り込んだスカイギャラクシーエネルギーを変換することによって成立しているんだ。変換装置にも当然のことだが変換できる限界がある。病院と多数の住宅が電力を最大限に使う合体技で、長年、最大稼働になった変換装置が消耗した結果、稼働効率の低下を招いたんだろうな」


 おやっさんが断言する。これでひとつ目のミッション、稼働効率低下の原因の調査は達成か。

 しかし病院が原因と言ってもどうするのだろう。おやっさんに聞いてみると、スーツケースをコンコンとノックするように叩きつつ。


「こいつで小地球の消耗した部分を直す。消耗した部分はそれで解決だ」


 言いながらもおやっさんは眉をひそめる。声には渋さが混じる。


「ただし、完璧に直すのは無理だ。もともとこの小地球は初期のほうに作られていて、全体的な耐久年数は限界ギリギリ。延命措置ってところが精々だな。また短期間でぶっ壊れても困るから、小地球の長と相談して病院で使う電力に制限をかけてもらうしかない」

「……完璧に直るわけじゃあないんですね」

「長年かけて消耗した小地球が出向くだけで完璧に直るなら、俺はそこら中巡ってる。先延ばしにしかならんが、今日明日壊れるってことにはならんだけマシと思ってもらうしかねぇ」

「なかなか上手くいかないもんなんだなぁ……」

「そこら辺は俺たちが頑張ろうじゃねぇか。限りある時間を延ばしつつ、精一杯やり続けるこった」


 おやっさんがごわごわとした大きな手で、俺の肩をパンパンと叩く。俺を励ましてくれていた。

 とりあえず前を見て。出来る限りいまやれることを、だ。


「……ですね。よっし、あとはスカイギャラクシーエネルギーが異常発生してる原因の特定ですかね?」

「だね! でもどうやって探すべきかな。軍蔵さん、測定器は持ってきてるんですよね」


 俺の言葉を受けて、空がおやっさんの持つスーツケースに指を差し、元気に声を張り上げた。

 彼女はこういう時に間を読んで場を保ってくれる。


「おう、そこら辺は抜かりねぇぜ。ただこの小地球は人が多いからな。個別に調査してたら時間がかかるし、まあ……怪しまれる。わかりやすい目印でもありゃあ楽でいいんだがなぁ……」


 ぼやくおやっさんの先に、人の流れができ始めた。家屋からでてきたもの、道端で駄弁っていた人たちが続々と病院のある方角へ歩き出す。

 人だかりで川を作るとまではいかないけど、全員が揃って動き出しているものだから、異様な光景に見える。

 なにか始まるのだろうか。

 空が不思議そうに首を傾げた。


「なんだろ、あれ。参拝かな?」

「参拝するような神様はいねぇと思うんだがなぁ……。行ってみりゃわかる。いくぞ」


 おやっさんが重たいスーツケースを苦も無く引っ張りながら、しゃかしゃかと物怖じせずに歩き出す。

 空はどうする? と言いたげに片眉をあげながらこちらを見る。

 すでに歩き出している人がいるのに、立ち止まっているわけにもいかないだろう。

 人波を追いかけながら、目的地もわからないまま俺たちは進んだ。

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