第4話 過去を振り返るのはカッコ悪い①

これは丁度3年前、つまり俺が中学2年生5月の時の話だ――



 1年に数回しか発生しないイベントが今日起こってしまったのだ。それはなんと「早起き」である。家から中学校までの距離は徒歩で20分弱だ。朝のホームルームが8時35分から始まるので家を8時過ぎに出れば余裕で間に合う距離だが、俺はいつも8時15分から20分の間に家を出てチャイムと共に教室に入るのがいつもの自分の登校スタイルである。移動距離は変わったが高校生になってもその登校スタイルを継続している。その1年に数回しかない早起きイベントが発生してしまい朝というのに時間が有り余っていたのでしょうがなくいつもより30分も早く家を出てしまったのだ。もちろん学校にもいつもより約30分も早く着いてしまった訳だが、教室に親しい人がいるわけでもなく、後ろの席でほとんど喋った事のない女子3人組が喋っているだけだった。



俺はとりあえず席に着きやることもないので1時間目の授業の準備をし、カバンを机の横にかけて机に伏せて寝ることにした。目を閉じているせいかさっきまで全く気にしていなかった後ろの女子達の会話が途切れ途切れではあるが耳に入ってくるのだ。


「絵美…近………………で…ざく…い?」


「この前も………し……マジで……いわ!!!」


「もう…………しちゃう!?」


「いいね!」


「マジそれだわ」


「じゃ、けってーい!」


どんどん声が大きくなる女子3人組だが大事なところは何も聞こえずにいたが絵美の話をしているのだけは分かった。あの3人は確か理恵と仲良かったよな?その割にはさっきの雰囲気的にいい話をしている感じではなかったなぁなんて思ったが気にせず朝のホームルームまで今度こそ寝ることにした。



いつも通り授業を適当に聞いたり、比較的楽な(先生が怖くない)授業は寝たりするなどして気づけば放課後になっていた。金曜日ということで明日明後日は土日で学校が休みという事となんと今日は欲しいゲームの発売日なのでクラス解散の合図を告げる「さようなら」という挨拶と同時に教室を飛び出した。廊下を走り、階段を全力で降り靴を履き替えたところで肩をトントンと2回叩かれた。


「ねえ、なんでそんなに急いで帰るのよ!!!別に秀一のこと気にしてる訳じゃないからね!」


「気にしてないならどうでもいいじゃねーかよ・・・絵美」


俺を呼び止めてツンデレっぽい発言をしたのは幼稚園年少からの付き合いでショートボブが特徴の上野絵美うえのえみだ。人生で一番付き合いの長いキングオブ幼馴染で幼稚園年少から中学1年生までクラスも一緒という奇跡的というか腐れ縁というか切っても切れぬ関係というか・・・まあそんな感じの関係だ。ちなみに中学2年生になって初めてクラスが離れて前よりも少し関わる機会は減ったように感じるが、会ったらこうやって普通に話すし特に関係がどうなったわけでもなく9年間ずっとこんな感じだと思っている。


「なに言ってんのよ・・・小2の時にあんたのお母さんに息子の事よろしくって言われたから聞いてあげてるの!」


「小2の時に言われたことなんで覚えてるんだよ!っていうツッコミもあるが、息子の事よろしくって母親に言われたって別の意味に聞こえるなぁ・・・」


「え、へっ!?!!?な、なに言ってんの!?バッカじゃないの!!!何勘違いしてんの???本当にバカじゃないの!!?」


「2回もバカって言わなくてもバカなのは理解してるから問題ない!!!」


俺は絵美にそう言いながら勢いよくピースをした。


「なんでそんなに誇らしげなのよ・・・」


「勢いで言ってみただけだし気にするな!で、なんか用か?早くゲーム買いに行きたいんだけど」


「9年の付き合いもゲームに以下なのね・・・」


先ほどのやり取りのテンションはどこ行ったのか急に思いつめた表情になる絵美。


「いやいや、冗談だからな???」


9年一緒にいてもこんな表情の絵美を見た記憶がなかった俺は必死にフォローした。


「ちょっと話したいことがあったんだけど、そこまで重要な事じゃないしまた数日後とかでもいいから・・・とりあえず秀一はゲーム買いに行けば?」


「・・・本当に大丈夫か?」


やはりどこかいつもと様子が違う気がしたので聞き返すが、「大丈夫だから…」と言って絵美は歩き始めた。


「ならいいんだけどさ。まあそっか、絵美は強いもんな」


絵美は強いというのは9年間一緒にいて思った俺の素直な感想だ。自分に厳しく、人(俺以外)に優しく、努力家で小6のときに綾乃に誘われて始めたバレーでもメキメキと実力を伸ばし今や綾乃とダブルエースになり、今年は県大会上位も期待されているとかそんな絵美を俺は幼馴染として本当にすごいと思っていたが、絵美の顔を見ると見たこともないくらい悲しい顔をしながら俺にすごい勢いでこう言ったのだ。


「私が強い・・・?なに言ってんの?ふざけないで!!!本物のバカなの???ねえ!!!私の!!!どこが!!!どこが!!!強いのよ!!!!!秀一は私のことなんも分かってないんだね…9年間も一緒にいて何にも分かってない………」


「いきなりどうしたんだよ!?今日の絵美はおかしいぞ?」


様子がおかしすぎて口喧嘩するつもりもなく、絵美が本当に心配になってきた。


「それに絵美、9年間一緒にいたからって全部が全部相手の事が分かる訳ないだろう?絵美だって俺の知らない一面みたいなものだってあるはずだ。確かに俺だって絵美の知らない一面はもちろんあるとは思うけど…」


「そうだね…その通りだね…もういいや、じゃあ私は帰るね。さようなら―」


絵美は涙を浮かべながら諦めたような顔をして走って行った。


追いかけようとしたが、今追いかけて話をしてもさっきみたいに感情的になるだろうと思い追いかけなかった。また明日でも明後日でも冷静になったときに話せばいいと思った瞬間にとあることを思い出した。


「あ~そういやあゲーム買いに行くんだった。ここで今色々考えてもしゃーねえし、ゲーム買いに行って帰ったらやりまくるぞ!」


俺は気持ちを切り替えてゲームを買いに行った。金曜日の夜と土日でラスボスの前までゲームを進めることが出来た。



そして月曜日絵美が学校を休んでいるというのを聞いた。2日後も3日後も1週間後も絵美は学校に来なかった。どうでもいいが、ラスボスも中々倒せず苦戦を強いられていた。そして祐介の口から衝撃の事実を聞かされることになる。


「絵美が学校に来てないのっていじめが原因らしい」


「は???」


様子がおかしかったのはまさかいじめが原因だとは思いもしなかった。自分が知っている絵美は強いからだ。


この前の女子3人組の会話や絵美の様子がおかしかったのも多分いじめが原因なら納得できてしまう。絵美が不登校になるなんて思いもしなかったし、認めたくなかった。





俺は未だにそのゲームをクリアしていない。


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青春は多分カッコ悪い もも氏 @momoshi613

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