第18話 Battle “戦闘”
「妙だな」
アレクセイは保管庫の頑丈な扉を前にしてそのように感じた。
「お客が既に居るようだ」
それが誰だか分からずすっきりとしないような気分になったが、誰が先に入っていようと計画に狂いが生じないことは明らかだった。アレクセイは鼻歌交じりに扉を開錠して、どうしようもなく沸き立つ興奮をどうにか抑え込みながら中へ進んだ。
等間隔で直立する四体のゾンビアの輪郭がはっきりとした時、思わず笑みがこぼれた。世界中の生物の最も特徴的で脅威である部分を合成させた生物兵器。その堂々たる立ち姿はまさしく芸術的であり、官能的な喜びさえ感じさせるほど完璧だ。
「美しい」
無意識にそう呟いた。そしてその内の一体に近づいていく。周囲への警戒は怠らなかったが、ダリアと名を偽装したサラ・テイラー以外に銃の扱いに心得がある者がこの研究所内に存在しないので、真っ直ぐゾンビアの足元にある装置へ向かった。
そして装置のパネルを操作し、指静脈認証を行う。ゾンビアに繋がれた管がゆっくりと音を立てながら外れていき、ゾンビアは背筋を伸ばした状態から胸を軽く反らした状態に変わり、新しい指揮官を値踏みするように上から見つめた。
「私が君たちの新しい主人だ。跪け」
迷いなくそう命じるとゾンビアはゆっくりと膝を曲げて服従を示すポーズを取った。アレクセイは完全にゾンビアのコントロール権を得られたことに満足する。
その時、閉まっていたはずの扉が開くような気配がした。誰が侵入したのか訝しげに振り向くとそこにはケインがいた。しかし何故か大勢のアンドロイドを携えている。
カメラが最後の舞台をしっかりと記録出来ているのか何度も小さなモニターを眺めては確認する。入嶋はとうとう幕が開いてしまったことを感じながら、これから何が起こるのか不安と期待の混在した気分で待っていた。
やって来たアレクセイがこちらに気付いていないことが入嶋をまず安心させたが、その直後にゾンビアを簡単に操る様子を見てすぐにその安心はどこかへ逃げてしまった。
自立してアレクセイに従うゾンビアの全体像を隅から隅までカメラに収めていると、入口の扉が再び開くのが画面の外から伺えた。次は誰がやって来たのか。カメラをその方へ向けるとそこにはケインと大量の武装アンドロイドの姿が確認できた。
「アレクセイ、今すぐゾンビアを手放すんだ」
ケインは威厳のある声でそう言う。武装アンドロイド達も手にしている武器をアレクセイとゾンビアに向けて、拒否権が無いことを暗に示した。
何故ケインの言う通りにアンドロイド達が行動しているのか見当もつかなかったが、この状況が油断ならないものであることは理解出来た。ここでの勝者がこの先の未来を勝ち取る。そのように直感的に判断した。
「これまた派手なお迎えじゃないか、ケイン君」
「お前は私たちを騙したな!ゾンビアを渡すわけにはいかない!」
「ゾンビアは私のモノだ!」
アレクセイが激高する。その迫力に驚いてしまいカメラの画面がブレてしまう。
「私が創り上げたものだ!正当な所有権は私にある!認めなかったヤツが悪いんだ!」
「しかし、ゾンビアは。ゾンビアはここに居る研究者たちの努力の結晶じゃないか」
「お前もヤツみたいなことを言うんだな」
ズームしてアレクセイの横顔を捉える。そこには全てを破壊しても何も感じないような酷薄な表情があった。
「ヤツはこの研究所のモノはこの研究所全員のモノだと抜かした。果たしてそれで全員が納得するとでも?ゾンビアは私のモノだ。認められないなら奪うまでだ」
そう言い放った瞬間にアレクセイは右腕でケインの方を指さした。するとそれに呼応するようにアレクセイの背後のゾンビアが軽やかな跳躍を見せて、アレクセイの盾となるように姿勢を取った。
この状況から話し合いではどうにもならないと判断したケインは武装アンドロイドたちに攻撃の命令下した。銃の雨がゾンビアに向けて降りかかる。その激しさに思わず目をつむってしまう。何がどうなっているのか。一分も経たない内に再び静けさを取り戻した時、ゆっくりと目を開いてカメラが映している光景を注視した。
そこにはぐちゃぐちゃになった肉塊が転がっていた。またあの光景を見なければならないのか。ゲイルに連れられて見たあの光景を。その肉塊はゆっくり膨らみそして縮むのを繰り返しながら元の形に戻っていく。そして時間を巻き戻したかのように完全に元の形に戻る。
「これがゾンビアだ!」
絶望に満ちた空気に響き渡る声。入嶋はその声のする方にカメラを移す。もう世界を救えないのでは。カメラから目を離して、肉眼で眺める。そこにはアレクセイと腕を組んで立ち尽くす三体のゾンビアの姿があった。
いきなり絶体絶命だ。目前に傷跡ひとつ残さずに構えるゾンビア、そしてその後方にこちらを伺うアレクセイと三体のゾンビア。目前の一体を盾代わりに他の三体を起動させたのか。味方にすればその機転の良さとカリスマ性で頼れる存在であったが、いざ敵として対峙すると厄介だ。
周りを見渡してもこの殺風景な部屋にはこの状況をひっくり返せるような物はない。そうして無言の時間が過ぎれば過ぎるほど、武装アンドロイドたちから恐怖が滲み出しているのが分かる。怖いのはこっちだって一緒だ。しかし逃げる訳にはいかない。
「どうした?何もしてこないのか?」
アレクセイが挑発する。圧倒的な優位性は向こうにある。それ故の強気な物言いだ。
「何も出来ないのだろう。いくら武装アンドロイドが沢山居ようとも、ゾンビアには敵わない」
そんなことは無いと言い返したかったが、その通りだった。今の発言の真偽を確かめるように武装アンドロイドたちがこちらを見る。こういう時にどうするのがいいのだろう。考えろ。考えろ。まずは少しでも考える時間を稼がなくては。
「こっちにだって策はある。無策でこんなところに飛び込むはずがない」
「ほお、だったらそれを見せてみろ。攻撃だ」
最前のゾンビアが構えの姿勢を解いて、堂々とした足取りでこちらに向かい始めた。時間を稼ぐ作戦は失敗だ。策なんて何ひとつない。しかし何もしない訳にはいかない。
「距離を詰められる前に集中攻撃だ」
武装アンドロイドは躊躇いも無く、銃弾をゾンビアに打ち込む。そしてその形を崩していく。しかしそれでも前へ前へと歩みを止めることはない。やがてその足さえも崩れてまたただの肉塊と化す。
「攻撃止め!」
合図と共に銃撃が治まる。ここに何か勝機は見当たらないのか。ゾンビアは足を崩せば身動きを止められるのか。いや、自己再生出来るゾンビアに対しては単なる時間稼ぎにしかならない。待てよ、今動いていたのは一体のゾンビア。アレクセイが自由に動かせるのは限りがあるのかもしれない。となれば目の前のザンビアが動けないこの瞬間に賭けるべきか。
とにかく今はその閃きに頼るしかなかった。
「二十体は待機。他は背後のゾンビアとアレクセイを近接攻撃せよ!」
指揮官の策に従順なアンドロイドたちは勢いよく飛び出して行き、後方の目標目掛けて銃を放ちながら接近する。その迫力に可能性を感じる。これで全てが治まってくれれば。
しかしその願いも儚く、予想外の俊敏さで二体のゾンビアは近接してくる武装アンドロイドをなぎ倒し再起不能にしていた。ゾンビアは武装アンドロイドをおもちゃの様に投げ飛ばし、叩き壊す。そして残りの一体は主人を防御するように構えている。一瞬の閃きが間違っていたことを察した。
そうこうする内に目前のゾンビアは再び元の形を取り戻した。しかしこちらの様子を窺うように構えている。そうか、アレクセイは四体のゾンビアを想うままに動かすことが出来るのか。
近接戦を完全勝利で収めたゾンビアたちは喜びを表現することなく元の位置へ戻る。相変わらずの再生能力で傷ひとつ見当たらない。こっちは沢山の武装アンドロイドを再起不能にされた。完敗だ。
「これがケイン君の策か。残念だったな。本当に残念だ」
嘲るようでもなく、面白がるようでもなく、ただ淡々とそう言った。
ケインが窮地に陥る数分前、地下のメンテナンス室の電力が落とされ暗闇に包まれていた。
「やってくれたようだな。動けそうか」
「ええ。でもとても痛むわ」
「もうダリアではないみたいだね」
変わってしまった口調に理解を示しながら博は腰の後ろに組んでいた両手を大きく上に突き上げて伸びをした。
「ストレッチをしよう」
何も見えないのにストレッチだなんて。ダリアであることを止めてしまったサラは微かに微笑んで痺れる両腕両足をゆっくりと伸ばす。博さんはマイペースなようで無駄がない人だ。今度は腰と背中を捻じって息を吐く。ぽきぽきと子気味良い音が体から鳴る。
「さて向かうとしよう。アンドロイドくん、予備の電力を使って照らしてくれないか」
突然辺りが光り出して思わず目を瞑る。
「そんな機能があったなんて。しかし必要な機能なのかしら」
「今まさに必要としているんじゃないかね」
弛緩した空気が辺りを包む。二人はアンドロイドの背中に乗り、超特急でゾンビアの保管庫へ向かう。
「状況は?」とサラが博に尋ねる。
「芳しくないと思うね。君があそこで倒れているということはアレクセイのとりあえずの目標は達成されたということだ。だが諦めるのはまだ早い、あそこにはケインと入嶋が居るはずだ」
「ケインと忠が?裏切り者を二人で討つ気なのかしら」
「いやそれは出来っこない。ゾンビアは完璧な生物兵器だ。アンドロイドでも太刀打ちできない代物だ」
「コントロール権を持つアレクセイを倒さないとダメなようね」
「いや、ヤツはゾンビアが居る限り無敵だ。だからこそ我々はケインたちに助力する」
「具体的な策はあるの?」
「もちろんだ」
アンドロイドの背中に揺られながら博は白衣の裏にあるポケットから小型の注射器を取り出した。
「こいつをゾンビアに打つ。これはゾンビアの再生細胞を死滅させるウイルスを内包したものだ」
「さすが微生物学の権威ね」
「その名がここで終えないことを願っているがね」
ビデオカメラに映るのはまさしく絶望だった。もはやこの映像が島外に公開されることは無いのかもしれない。それでも入嶋は撮り続けることを決心した。緊張から心臓が激しく動き、手の震えが止まらないが、両手で必死にブレないように映像を撮り続ける。
元は人間でないにしろ、こんな風に人間を模したアンドロイドがぐちゃぐちゃになる姿を見るのは耐え難い。そして今度はケインがその憂き目に遭うかもしれない。そうなればいつか自分にもその順番が回ってくる。カメラが捉えた下半身を失ったアンドロイドが他人事に思えず吐き気が込み上げる。
アレクセイは余裕だ。ケインはどうするんだ。誰か、誰でもいいからこの状況を変えてくれないか。そう願った時、入口の方から大きな音がした。
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