第16話 Mission “任務”
予想外の展開に唖然としていると、今度は後方から慌ただしく大勢の足音が轟いて来るような気配がした。それらはドアを勢いよく破り、ドカドカと部屋の中央に駆け込むようにしてやってきた。武装したアンドロイド達は物騒な武器をその白衣に対して向けている。作業中であった他のアンドロイド達もその騒ぎに気付き、仕事そっちのけでその騒動に注目し始めた。これらの武装アンドロイドは恐らくゲイルが襲撃を受けたことにより現場に駆け付けに来たのだろう。そして強い光がゲイルであったモノの傍に立ち尽くす白衣に当てられる。
ケインはまさかと思っていたが、そのまさかであったことに愕然とした。その閃光に照らされていた白衣は記憶と違わないあの博先生その人であった。
「まさか。博先生。どうして?」
届くはずのないその声はその騒ぎの中でかき消されたが、ケインにとってはその声が届く、届かないは全く関係無かった。
「貴様、何者だ!」
アンドロイド達から威嚇するような声が響く。
「私は、私は入嶋博だ!」
その白衣の男はその状況に怯むことなく堂々とした様子で答えた。
「私は、全てを終わらせに来た!お前たちが、信じて疑わなかった、この島の主は、ご覧の通り、ただのアンドロイドだ!」
息を切らせながらこの部屋の外まで届けと言わんばかりの声量で叫ぶ。そしてゲイルだったものの頭部を無造作に掴んで頭上に掲げた。首からは無数のケーブルが垂れ下がり、バチバチと小さな音を鳴らしている。
「ゲイルは既に死んでいた!今日まで動いていたのは、ゲイルの遺した憎悪だ!」
アンドロイド達は何を返せばいいのか迷っているのか、白衣の男が話終わるのを待っているのか、理由はわからないが沈黙を続けたまま博の話に聞き入っているようだった。
「ゲイルの遺した憎悪は、今を持って消滅した!しかし、ゲイルが遺したのは憎悪だけではない!光明をも遺した!」
ケインは博の言っている事が全くわからなかった。ゲイルが遺した光明とは何なのか。そしてその博がこちらを向いているような気がするのも不思議でならなかった。
「さあ、ケイン!君には、まだやるべきことがあるだろう!」
そのひと言にケインは我に返って、稼働中のゲイルを破壊したことをアレクセイに伝えた。もちろん博が突然現れてゲイルを破壊したことは伏せたままにした。しかし博はいったいこの危機的状況をどう乗り越えるつもりなのだろうか。
確かにトーマスの心臓は止まった。延命装置のモニターが真っ黒になり、かすかに聞こえていた機械音が聞こえなくなった。ただ腕時計のアラームだけが部屋で鳴り響く。ピピピと鳴り響くその安い音はやがて聞こえなくなり、今度は静寂が部屋を包む。
もっと他の方法があったんじゃないだろうか。急に入嶋は自分の無力感に打ちひしがれる。何が救世主だ。救えていないじゃないか。湧き上がる感情の落としどころが見つからず、わけもわからず装置を拳骨で殴りつけた。装置には傷ひとつつかず、ただ痛みだけがあとに残った。
ふと見上げた老体は自分の命の灯が潰えたにも関わらず柔らかな表情をしていた。本当にこれでよかったんだよな?確認する手段はとうに失われていることを理解しているのに、答えなど返ってくるはずがないのに、そうひとりで呟いた。
とにかく先を急がなければならない。入嶋は心の中でそっとトーマスに対して別れを告げて地下室を飛び出した。向かう場所はゾンビアが待機する場所。全てが終わるその瞬間を見届けなければならない。トーマスと交わした約束、与えられた任務は全うしなければならないのだ。
暗視ゴーグルで見る限りこの部屋には人感センサーが隙間なく並べられていることが分かる。アレクセイの用心深さは想像以上だ。しかしこちらにはそれ以上の装備がある。ダリアはセンサーに感知されないように特殊な周波数を発生させる装置を身に着けていた。それでもなるべくセンサーの感知範囲から離れたルートでゲイルのメンテナンス場所を目指した。
既に手には拳銃が握られ、いつでもアレクセイを狙う準備は整っている。彼がメンテナンスの書き換えを実行しようとしていた痕跡さえ見つかれば、彼の生死は問わなくて良い。それは事前に組織から受けた連絡であった。対象の生死を問わない作戦は生死を問う作戦よりも困難を極める。過去の経験からダリアはそう導き出していた。
人感センサーの領域を乗り越えた先の通路の奥でかすかに光が漏れ出していることが伺えた。暗視ゴーグルを外し、今度は目視でその光の射す方へ向かう。恐らくあそこでアレクセイが準備を進めているのだろう。その道中で右足に何かを踏みつけるような感覚がする。下に目をやるとそこにはケーブルが通路と垂直に張り付けられていることが分かった。そして思わずダリアは銃を構えた。それはそのケーブルがあまりも不自然で、新品同様の光沢を放っていたからだ。
しまったと感じた時、二つの音が光の漏れる部屋から鳴り響いた。ひとつはピピピという安っぽいもので、もうひとつはブーブーと警戒を示す音だ。どちらにせよこの侵入がバレたに違いない。それでも作戦は失敗した訳ではなかった。相手にはこちらが何者か分からない、そしてこちらは相手が何者か理解している。まだこちらに分があるはずだ。ダリアは引き締まる思いで全身に力をしれてからゆっくりと弛緩させた。
「そこに居るのはわかっている!」
アレクセイがそう叫ぶのが聞こえた。
「そして誰がそこに居るのかも、だ!」
全くのブラフだ。ダリアはこれが単なる挑発行為であると理解していた。こうやって疑心暗鬼にさせたところを狙う。心理戦を心得た犯罪者の常套手段だ。しかしこの状況をどう切り抜けるかどうか定まり決まらず、焦りを感じていることは確かであった。またこの状況を後何分維持できるのかどうかも分からないままではあった。
「そこで待っているといいさ」アレクセイは構わずに話し続ける。そして間髪入れずに叫ぶ「サラ・テイラー!」
サラ・テイラー。それはまさしく自分の名前だった。ダリアは愕然とする。どうしてこの島で一度も明らかにしなかった本名をアレクセイが手にしているのか。この瞬間、自身が圧倒的窮地に立たされていることを悟った。
「もう隠れている必要は無いだろう。姿を現すといい」
ダリアは諦めてアレクセイに従うことにした。拳銃を構えながらゆっくりとした足取りで声の方へ向かう。死角から顔を覗かせると同じく拳銃をこちらに構えて彼が立っていることが目視で確認できた。その一瞬で彼が全身に防弾加工を施したような防具を身に纏っており、不意打ちしても致命傷を与えられないことを判断した。
「さすがだ。飛び込んできたりしないんだな。そのまま両手を上げたまま姿を現せ。少し話をしようじゃないか」
優位性を示すようなその話し方に気分を害したが、そこに隙が生まれる可能性を信じて投降するふりをして姿を現した。
「サラー。いやここではダリアと呼ぶべきか」
嘲るような表情でアレクセイは軽口を叩く。
「ええ、そうしてもらいたいわね。ところでサラーとは誰のことかしら?」
「まだとぼける気か。まあいいだろう、簡単なことだ。トーマスの部屋に一本の毛髪が落ちているのを見つけた。あの部屋を出入りした私と入嶋とケインの三人のものではない、明らかに女性のものと思われる毛髪だ」
「で、それが私だっていうの?」
「ああ、DNA検査をすると君の本名が出て来た。その名前はこの島のデータベースには存在しない名前だった。興味本位で世界中に点在する私の友人に声をかけるとサラー・テイラーという女性は名前を偽って、作戦のためにダリアと言う難民を演じてこの島にやって来ていることを教えてくれた。親切な友人で大変助かったよ」
迂闊だった。まさかそこまで周囲に気を配っていたとは。ダリアが何も言い返せずに押し黙っているとアレクセイの持つ腕時計が振動と共に音を鳴らした。
「いいタイミングだ」
アレクセイは腕時計を耳に近づけてただ「そうか」とだけ返事をし、腕時計を耳から離した。
「最後のゲイルが定まったようだ」
「最後のゲイルとは何かしら」
「あくまでも何も知らない態度を貫くつもりのようだな」
ダリアは身元が明らかになった原因が組織内にいる内通者の存在だと理解して信じられない気持ちになったが、ここで憤ってもどうしようも無いことは理解していた。そしてアレクセイをどうにか動揺させられないか、隙を生み出せないかと頭で打開策を考え続けていた。
「さて」アレクセイは何一つ気に留めずに話を続けた。「君たちが必要としているであろうデータは私の後ろにある」
確かに小型のコンピューターがメンテナンス機器と繋がれているのが目視で確認できた。
「君たちは私の生死関係なくこのデータを必要にしているに違いない。そこで私がすべきことは何だろうか」
ダリアはアレクセイが時間稼ぎを始めたと直感的に察した。恐らくゲイルの正規のプログラムに掛けられた防壁を突破出来ず、ハッキングに手間取っているのだろう。
「そうね。邪魔が入らないように人感センサーを設置することかしら」
敢えてこの時間稼ぎに乗るふりをして打開策を見つけよう。ダリアは慎重に言葉を選びながらアレクセイとの会話に乗った。
「しかしどうやら電池が切れていたみたいだ。それでも君は大変アナログなものに引っ掛かってくれたじゃないか」
「まさか天才的な科学者がブービートラップなんてものを仕掛けるとは思いませんもの」
「まあ爆発しなかっただけ良かったじゃないか」
アレクセイは変わらずこちらに銃口を向けている。そして私は両手を顔の高さまで挙げて投降するふりを続けている。もしかすると今この瞬間がチャンスかもしれない。横に飛びのいて小銃で武装の弱い部分を攻撃、その後素早く接近して致命傷を与えることが出来れば。ダリアは一か八かの賭けに出ることに決めた。
「もし爆発でもしたら、武装アンドロイドが駆け付けにくるんでしょ?」
「驚いたな。君は他の研究員よりもこの島のシステムについて知見があるらしい」
「ええ、そういう任務ですから」
そう告げた瞬間、ダリアは大きく横跳びをしてそのまま体を曲げて一回転。そして腰の辺りに仕込んでおいた小銃をアレクセイに向けて撃とうとした。しかし何故か強い衝撃が全身に走り、目の前が一瞬の内に真っ白になった。
この動きに反応出来るのか。数々の武闘派組織の幹部クラスを戸惑わせたこの動きに反応されてしまったことに対してダリアは驚愕した。そして感覚的に銃による攻撃を受けてはいないと理解した。何が起こったのか。少しずつ視野がはっきりとしていく中でダリアは困惑する。
「実は」アレクセイは満足そうに言う。「そういった動きが得意だってことも教えてもらっていたのさ。しかし本当に視界から消えたから驚いた」
アレクセイが何を言おうとこちらが致命傷を受けない限り、私は私の作戦を続行するまでだ。ダリアは彼の言葉に耳を傾けず、意識がはっきりとし、手足の感覚が戻ったと判断した瞬間もう一度小銃で狙いを定めようとした。
しかし、手足が全く動かない。それどころか全身までも。
「体が動かないって苦しいだろう?」
「アレクセイ!何をした!」
「口だけは良く動くもんだな。まあ質問には答えるとしよう。この部屋の両側にとんでもなく強い磁気を発生させておいた。君はそれに近づきすぎることによってそれらに吸い込まれたんだ。」
「そんな。そんなことが」
「私は計画達成の為ならどんな手段も厭わない。敵がどんな存在で、どんな能力を持っていて、どんな弱点を有するか。全ての不安要素を取り払った上で実行に移す。私は君が来るのを待っていたんだ。優秀な人間が無力で無様な姿を晒して敗れる姿を見ておきたかったんだ」
これがアレクセイの本性か。完璧主義と歪んだ嗜虐性。この男が祖国に追い出されたことが良くわかる。
「そこで世界が生まれ変わる歴史的な瞬間を見ておくがいい」
そう言ってアレクセイは背を向けた。完全な敗北。そして屈辱的な生。悔しさをぶつけようにも全身が動かない。防弾に優れた金属を施した装備が今になっては憎らしくて仕方ない。どうしようもなく情けなく、溢れてくる涙を拭うことすら出来なかった。
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