第4話 Reason ”理由”
入嶋は混乱していた。
突然現れたゲイルと名乗る安谷さんに瓜二つの白衣の男が目の前に居て、その男が言うにはあの安谷さんはモデルだという事だ。つまりはどういうことだ。
様々な疑問が浮かんでは未解決のまま積り始め、頭の中に疑問の山が出来上がる。
「随分と混乱しているようだね、入嶋くん。さて簡単に説明するとしよう」
腕を組み、教授のような態度でゲイルは話し始めた。
「結論から言うと入嶋くんの思う安谷さんはアンドロイドだ。ちょうど私の周りに居るこの不愛想な六人組と同じ人造人間だ」
安谷さんをモノ扱いするようなその発言に入嶋は愕然とした。そして後から来る憤怒、体温が熱くなるのを感じた。
「言い方が悪かったかもしれないな」とゲイルは目の前の入嶋の態度を見て少し改める。「私共の環境、すなわちこの島ではアンドロイドとの共存が日常なのだ。気を悪くしないでくれ、むしろ私たち人間とアンドロイドを同等に扱う方が気に障るがね」
反対にゲイルの方が不敵な笑いを入嶋に向けた。それはまるで郷に入っては郷に従えと言わんばかりの態度であった。その威厳と不気味さに入嶋は少したじろぐ。
「ヤスタニは私をモデルにした高性能のアンドロイドだ。ヤスタニを日本に送り込んだのは二つの目的がある。一つは君のデータを手にいれるため、もう一つは君をここに送るためだ」
「そこまでして俺を攫う必要はなんなんだ」
ゲイルは至極当然のように語っていたが、入嶋にはその一つ一つが理解できなかった。
特に目立つような実績は無く、出版社のお荷物社員になりかけていた自分を計画的に攫う理由が見えなかった。それは単純になぜ自分なのかという疑問から来ている。
「入嶋くん、君の叔父が行方不明なのはご存知かな?」
明らかにからかうような態度でゲイルは入嶋にそう語りかけた。入嶋はこの発言が真相に関わっているということを直感で感じ取る。
「叔父はもうこの世にはいないはずだ」
入嶋の叔父である入嶋博は微生物学の研究者であった。極めて内向的な性格の為、親しい友人はおらず、兄弟であるはずの入嶋の父とも疎遠であった。そして博は入嶋が小学校の頃に海難事後で消息を絶っており、遺体は今現在も見つかっていない。
「彼は亡くなってはいない。我々が引きぬいたのだ」
思わず「えっ」と声を漏らす。叔父が亡くなっていないという事実への驚きとその事実が自分にどう関与するのかとまた頭の中が様々な考えでごちゃごちゃになる。しかしそれでも入嶋はゲイルの言葉を聞き逃さまいと努力する。取材を通じて手に入れた入嶋なりのテクニックの一つである。
「我々は彼の研究に非常に興味があってね。実は秘密裏に彼と連絡を取っており、彼の承諾を得た上で、海難事故に見せかけて彼を招待したのだ」
叔父の存命に少しばかり喜びを感じたが、確証がない分嘘をついている可能性がある。入嶋はゲイルの言葉が真であるかどうか揺さぶりをかけることにした。
「しかし、どうやって連絡を取り合ったんだ?電子記録は人が消えても残るはずだ」
「その通り。その答えは電子記録を用いない手段を実行しただけだ。伝書鳩のような古典的な方法を用いれば済む話だ。人間そっくりなアンドロイドを作り上げられる私たちにとって、動物を模したアンドロイドを作ることなど造作もない」
「そうか、だったら私の失踪はどうだ?正真正銘の誘拐だ。あんたが送った手紙だって日本に残っている」
「その答えはわかっているんじゃないか、入嶋くん」
またゲイルは不敵ににやりと笑う。こうやって会話をしている間中ずっと両脇に居るアンドロイド達は微動だにせず、それがゲイルの笑みをさらに不気味なものにする。
「その為のヤスタニだ。君の周辺を調べ上げた挙句の手段だ。少々手荒かったかもしれないがロストワールドの事を少しも知らない上にひとつも信じない君には誘拐以外の手段が無かったのだ」
「確かにロストワールドのことはまだ納得していない。でも俺が居なくなったことを海難事故にするのは不可能だ。どうするつもりなんだ」
「だからその為のヤスタニだ」
「どういうことだ?」
「何の為に君の周辺を調べ上げたのか。ヒントをあげるとしよう、その君の周辺には君自身のデータも含まれている」
「まさか」
「そのまさかだ」
「俺そっくりのアンドロイドがあるのか…」
「ご名答。私が観込んだ通りそこらのカメラマンにするには勿体ない分析力と判断力だ」
言葉にしなかったがこの白衣の男は正気じゃないと強く感じた。まさに狂気だ。ひとつの目的を達成するために用意周到な上に手段を選ばない。
「入嶋くん、君そっくりのアンドロイドは君と入れ替わりで活動を始めている。もちろん私そっくりのアンドロイドであるヤスタニもね。オリジナルの入嶋くんが居なくなったことは誰も気づかない。たとえ家族や君の友人であってもだ」
「完全犯罪が成立したってわけか。もう逃げられないみたいだな」
「引き際の見極めの良さに満足だ。改めて歓迎するよ、入嶋くん、ようこそロストワールドへ!」
「こちらとしてはあまりうれしくないんだけどね。とにかく手段は理解したが肝心の目的がまだわからない。叔父さんの何がどうして俺をここに送ったんだ」
「会話を楽しもうとしない姿勢には少し残念だが良しとしよう。君をここに招待したのは君がZOMBIERの重要なキーを担っているからだ」
「この俺が…?」
重要なキーを担っている?そんな突拍子もない事を言われて誰が信じるというのか。しかしこの目の前で起きている事実を考えるに、きっと叔父を含めて自分が何らかの形で必要なのであろう。いや、ちょっと待てよ。ZOMBIERってなんだ?
「ふむ。ZONBIERについて君に詳しく話すにはまだ時期早々だな」
入嶋の思考を読むようにゲイルはそう言ってニッと笑う。安谷さんのそれと比べるとはるかに醜く、嫌悪すべきものに見える。それは単にゲイルというこの白衣の男への印象が最悪であることが起因しているかもしれないが。
「それは構わないが、俺が重要なキーを担っているという事については何か教えてくれるんだろうな」
入嶋はついつい語気を荒くしてしまう。満足いかない応答の連続に苛立ちを感じていた。
「もちろん。そう慌てなくとも順を追って説明すると言ったではないか」
そう言っていたかどうか思い出せないが、ゲイルがそうと言うのならそうだろうと納得する。
「さて、その君の叔父である入嶋博だが数年前に突如失踪したのだ」
「その話はさっき聞いたぞ。叔父は海難事故で亡くなったと見せかけてこの島に来たんだろ」
「早とちりは止めたまえ。失踪したのはこの島からだ」
叔父が二度も失踪した、この驚くべき事実に入嶋はただ目を大きく開いてそれをゲイルに伝えることしか出来なかった。日本から、私たちから失踪した叔父がまたこの島から失踪した。それはまるで叔父がこの島に元々来ていなかったというトリックを暗に示しているようでもあった。
「彼の研究分野である微生物学はZOMBIERをより強靭かつ無敵にするには必要なピースだったのだ。しかし彼は最後のデータにロックを掛けたまま失踪した。計画を遂行する上で彼のデータは必要不可欠なのだ、わかるかい」
分かるはずもない質問を急に投げかけられて辟易する。もしかすると叔父はそのZOMBIERとやらが関する計画を止めたかったのかもしれない。それはそれで勇敢な話ではないかと空想した。二度の失踪を遂げたある男のストーリー、主演は誰にすべきだろうか。
「大変困った我々はどうにかロックを解除できないかと動いたのだ。すると驚いたことに彼の生体認証によるロックを解析すると何故か君のそれでも解除できるように登録してあったのだ。これは彼なりの遊びだったのかもしれないが、そのおかげで君はここに来る羽目になったわけだ。恨むなら叔父を恨むがいい、入嶋君」
「つまり叔父のそのデータのロックを解除するために俺はここに呼ばれたのか?」
「そうとも。君は理解が早くて助かる。多くの研究員は頭が変に堅くて私は君に研究員になって欲しいと思うばかりだ」
そう言ってゲイルはまたニッと笑った。それはジョークを交えて返せたことに満足しているような笑顔であったが、入嶋にとっては世界一醜い笑顔の一つに見えた。
「そんな理由で?俺が?」
納得がいかなかった。いや、いくはずがないだろう。
日本での活動を急に、そして極めて個人的な理由で打ち切られ、望んでもいない環境に無理矢理連れてこられ、しかもその理由と来たら叔父が残したデータを手に入れるためだと。
「全く笑わせてくれるじゃないか、叔父さん…」
それは届くはずの無いどこに消えたのか不明になった叔父に向けての無い小さな恨言だった。入嶋を包み込んだのは燃え上がるような怒りではなく、あっさりとして冷たい諦めだった。このロストワールドという島に漂う悲哀に似たものであった。
「煮え切らない所があるだろうが、こちらはこちらの理由があって君をここに連れて来たのだ。その責任や影響が最小限であるように工夫をこれでもしているつもりだ。私たちの最大の計画の為だ。その名誉を少しでも君に自覚してもらえると有難いものだがな」
「そうか」
入嶋はそう短く返したがゲイルの言っていることは一つも理解していなかった。もうどうすることも出来ないこの状況に陥ってしまった自分の不運とその惨めさに苛まれて頭が爆発する寸前だった。目の奥が、頭が、チカチカするような感じがする。身体的に、精神的に、我慢が効かなくなっているように感じる。
虚ろな目をしたまま入嶋は床にへたり込んだ。そして緩やかに意識を失っていく。最後に見たのは目の前のゲイルと言う男がそれほど驚いた顔をしていなかったという現実だった。
「薬が効いたようだな。彼の角膜をコピーしろ。くれぐれも丁重に扱うように」
ゲイルは右手を短く上げて周りのアンドロイド達にそう命じた。寸前までただの静物と化していたアンドロイド達が生を授けられたように急に動き出した。
それはぎくしゃくしているようで無駄のない動きであった。
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