従来通りの超長期②

「佳代さん。ワラビとゼンマイはこれくらいでいいですか?」


 孝義さんと秀明が畑で収穫作業をしているころ、山中では、菜津希と佳代さんが山菜採りをしていた。今日の獲物は前回採ったものと同じだが、今回は販売にも回すので、採り尽すような勢いで作業をしている。


「ええ、そのくらいで大丈夫よ~」


 2人は手に持った袋から、山菜をそれぞれコンテナに移し、軽トラの荷台へ積み込んだ。


「これで終わりですか?」


 菜津希が首にかけたタオルで顔の汗を拭きとりながら、佳代さんに聞く。すると、佳代さんは最後のコンテナを荷台に積みながら上機嫌に言った。


「あと1種類採るわよ~。それも、とっておきのものが♪」


 それを聞いて、菜津希は少しテンションを下げた。なんだかんだで、不整地の山を2時間は歩き続けている。農家の仕事は、働いただけ収入が増える仕事ではあるけれど、さすがに2時間山は精神的にも肉体的にもキツイものがある。(いくら若いとはいえ)都会暮らしの現役女子高生である菜津希によっては特に。


「とっておきって、なんです?」


 菜津希は疲れた顔をしながら聞いてみる。すると、佳代さんは笑みを浮かべたまま、内緒とだけ言って、軽トラのエンジンをかけた。



「着いたわよ~」


 軽トラは、山頂付近の道端で止まった。上から車が来たら、よけることが出来ないくらいに道幅は狭く、一方は崖、もう一方は壁といった場所だ。


「わ、綺麗……」


 その崖の側面からは、がけ崩れ防止のために植えられているクヌギが生えている。


「この花が、”とっておき”よ~」


 そのクヌギの樹を支柱にして、広く伸びているのはフジの樹だ。その合間からは淡い紫色の花が、房となって垂れ下がっている。


「えっ!? 藤の花って食べられるんですか!?」


 藤の花といえば、おしゃれな公園の休憩スペースなんかに植えられている樹。そんな、観葉植物としてのイメージしかない菜津希にとっては、この花が食べられるというのはかなりの衝撃だったようだ。しばらく目をぱちくりさせながら、目の前に広がる藤の花を見つめている。


「ええそうよ~。あんまり味はしないんだけど、こう、上品な香りが口の中で広がるのよ~」


 佳代さんはそう説明しながら、藤の花に鋏を入れ、菜津希の目の前で収穫していく。ハッと我に返った菜津希は、慌てて藤の花をおそるおそる収穫していった。




「結構採りましたね」

 

 軽トラに積まれた藤の花の山に、菜津希は手に持った藤の花を追加しながらそう言った。淡い紫の花束が、青色のコンテナによく映える。採ったばかりのためか、上品な香りが軽トラの周囲に漂っている。


「もうちょっと採ってもいいんだけどね~」


 佳代さんは、樹の上の方を見ながら、残念そうに言う。一歩進めばそこは崖。なので、脚立の類は危険だから使えないし、高枝切鋏も長さに限界がある。なので、本当に手の届く範囲しか収穫出来てはいない。それでも、かなりの量は収穫できたし、手の届く範囲には淡紫色のものは一切無くなってしまっていた。


「それじゃあ帰りましょうか~。午後からは出荷の準備よ~」

「う、まだそれがあったか……」


 収穫したものは、それだけではお金にならない。洗ったり選別したり、重さを測って袋に詰めて、直売所までもっていかなくてはならない。収穫するときは後先考えずにどんどん収穫しちゃうけど、収穫した分その後の作業も増えていく。春先にやったツクシの収穫で散々学んだはずなのに、またやってしまった。菜津希は、佳代さんに聞こえないくらいの大きさでため息をついた。


「おーいお袋ー」


 と、山の上の方から突然声がした。びっくりして声のしたほうを見ると、黒いタイツを着た男の人が樹の合間から顔を覗かせていた。


「佳代さん、あの人は?」

「うちの長男よ~。名前はりょうっていうの~」


 佳代さんによると、涼さんは山の上の方で果樹栽培をしているらしい。メインはブドウらしいが、梅や柿、栗といった山に自生する樹の管理もやっているらしい。農さんと同じ家に住んでいるはずなのに、一日の多くを山の上での作業に費やしているために、菜津希は今日まで会ったことがない。


「どうしたの~?」

「車が出せないからそこ早めにどいてくれ! 道狭いんだからさ!」


 割と口調が乱暴なので、普段は研修生に気を使って姿を見せないようにしているらしい。佳代さんはごめんね~、といつもの調子で謝ると、軽トラのエンジンをかける。


「なんであんなに乱暴な子になっちゃったのかしら~?」


 意外とおしゃべりな佳代さんの横で、助手席に座った菜津希は、多分、佳代さんのせいだろうなーとぼんやり思った。

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