5月

従来通りの超長期①

 ゴールデンウィーク。それは、5月の1週目に訪れる連休。


 今年のゴールデンウィークは、4月の27日土曜日から始まる最大10連休という、とんでもなく長い連休となっている。理由としては、新天皇が即位する5月1日と、その前後の日合計3日間が纏めて祝日となったからだ。そして、5月1日から元号が令和になるということもあり、日本全国が年明けのようなテンションで盛り上がっている。


 テレビを見ていると、早速始まった帰省ラッシュのようすが放送されており、浮かれた様子の家族連れや、去年までとは勝手が違うゴールデンウィークに対応できずに起きた問題が発生したことなどを放送している。テレビのなかの人々は、それぞれ喜怒哀楽の表情を浮かべ、インタビューを受けている。


  そして、平成最後の日には、年末と同じようにカウントダウンが開始された。リビングにあるテレビの前で、研修生の4人は一緒になって年越しの瞬間を楽しんだ。



 さて、ここ農家農園にもゴールデンウィークの波が訪れた。といっても、野菜たちはゴールデンウィークなどお構いなしに、1日ごとに成長を続けている。それに対応するのは、当然農家のお仕事なわけで、結局のところ、農家にゴールデンウィーク休暇というのはあまり馴染みのない習慣となってしまっている。


 しかし、私たち研修生は農家ではなく、学生。普通の学校がそうであるように、私たち研修生にも、週末と祝日が休みの日であるという概念がある。忙しそうにしている農さんたちをよそに、私たちはそれぞれ、10日間という長い長いゴールデンウィークを謳歌していた。



「いいのかい? せっかくのゴールデンウィークなのに」


 5月1日午前10時。農家農園の雨よけハウスの中で、孝義さんと秀明は黙々と作業をしていた。昨日遅くまでテレビを見ていた秀明は眠そうに、欠伸をひとつ。


「大丈夫っすよ。ゴールデンウィークの予定は後半に纏まってるんで」


 通常であれば、ゴールデンウィーク中に研修生が作業をするのはよくないことだ。それは学校で例えるなら、休みの日に先生が独断で生徒を呼び出し、補習授業を受けさせるようなものだからだ。完全に学校規則で規制されている行為。


 しかし、”アルバイト”という形で作業するのであれば、何の問題もない。必要なのは生活指導員の許可くらいだ。生徒としても、農業で重要視される技術をより多く学べるうえに、時給800円ほどではあるが給料が出るのでかなり良い話だ。


 ちなみに今日の作業内容は、ベビーリーフの収穫。


 ベビーリーフというのは、その名の通りで様々な野菜の幼葉のこと。そのほとんどが、アブラナ科やキク科の野菜を使用しているが、オークやロメイン、ロロといった耳馴染みのない野菜を主に利用している。緑や黄緑、紫といったカラフルな色で、丸かったり、ギザギザしていたり、海藻のような形をしていたりと、多種多様な葉っぱで構成されている。


 ベビーリーフの最大の特徴は、1袋買ったらそのままお皿に乗せて、ドレッシングをかけるだけでちょっとおしゃれなサラダが完成することと、様々な野菜が手軽に食べられるといった点だろう。


「これもとっていいんすか?」

「ああ、ちょっとでもひらいているやつは全部とっていいよ」


 収穫方法は簡単で、ただ葉っぱを鋏で切り取るだけ。

 文章で説明すると簡単になるけど、実際に作業してみると結構大変だ。まず、幼葉なので小さいこと。しっかり根元から切り取らないと、半端な形の葉が大きく成長して収穫の邪魔になること。うっかり生長点を切ってしまいそうになること。生長点というのは、植物の先端、あるいは中心部にある細胞のことで、葉、茎、花といった植物体を作る重要な細胞だ。この部分のみを綺麗に切り取って培養すれば、その植物が再び形成されるため、バイオテクノロジーの分野で最も重要なものだ。これがなくなれば、その植物は二度と植物体を形成できなくなり、無駄に栄養分を吸収する能無しになってしまう。


「……ちょっとのびていいっすか?」

「ハハ、疲れたかい?」


 あと、しゃがみながらの作業になるので純粋に足と腰が痛い。秀明は立ち上がると、両腕を大き上に伸ばし、唸るような声をあげた。


「そういえば、ほかの3人は何をしているんだい? 今日は全員、寮に泊まっていたみたいだけど」


 研修生は基本的に、長期休暇を除いてほとんど寮に泊まることになっている。それでも、たまには家に帰ったり、誰かの家に泊まったりすることも許可されてはいるので、ゴールデンウィークなどは、実家に帰ることもある。だが、今のところは全員寮生活を続けている様子だ。


「ええっと、布由は部活に顔出してて、菜っちゃんは佳代さんと山菜採りに」

「晴間くんは?」

「……どーせデートっすよ」


 秀明は不機嫌そうに言い放つと、小さな声で「リア充めが」と呟いた。孝義はその様子を見て、何かフォローを入れようと頭を巡らせたが、妻子持ちの自分がなにを言っても煽りにしかならなそうだったので、とりあえず苦笑いをした。




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