雨の日の午後

 4月24日午後3時。天気は雨。

 雨が降ると、農家は基本的に休みになる。もちろん、雨よけ屋根やビニールハウスみたいな、雨が入ってこない圃場を持っている場合は別として。

 ここ農家農園も雨よけもビニールハウスもあるけれど、大体の作業はもう済んでしまっている。今日の午前中の作業も、時間を潰すように草むしりをした。


 とっても、私たち研修生が暇になったというわけではない。学生はなんだかんだで忙しいものだ。


「ハル、ちょい消しゴム貸して」


 今日の午後。私たちが頭を突き合わせて取り組んでいるものは、学校へ提出するレポートだ。

 一般的な高校生の成績は、テストの点7割と、提出物や授業態度3割で決まるようになっている。でも、私たちにはテストはないし、宿題もない。というより、授業自体ない。


「菜津希さん。畝立機の始動手順を確認したいので、動画をもう一回見せてもらっていいですか?」


 代わりにあるのが、月1回のレポート作成だ。今月取り組んだ作業内容に、育てた品目、使った道具や施設に、孝義さんのアドバイス等々、とにかく書けるものは全て書いて提出しなければならない。当然感想や考察も添えて。下限はA4用紙5枚。


「あれ? 先週植えたトマトの品種ってなんだったっけ? 布由ぅメモってない?」


 そして、そうやって提出したレポートのみが、私たちの成績を付ける要素になる。もし出さなかったら、どうあがいても0点がつく。なので、4人で力を合わせてレポートを書いているところだ。


「ヒデ、そろそろ消しゴム返せ」



「……布~由ぅ~、なんかアイデアない~?」


 午後3時56分。ほぼ全員の手が、明らかに止まりかけている。

「無茶言わないでください。私もあと1枚が埋められなくて困ってるんですから」


 流石に書くネタ、もとい内容が無くなってきた。普段行っている農作業というのは、だいたいが繰り返しの作業なので、約20日ぶんの作業というのは、意外と種類は少ないのだ。そのくせ作業量は膨大にあるので、かなりの仕事をこなした気分にはなるが、実際に文字に起こそうとするとそれほど書くことがない。しかもそれをA4五枚ぶん書かないといけないので、かなり大変だ。

 そうして4人は、いろんな案を出し合って誤魔化し、なんとか4枚目を書き上げたのだが、あと1枚が埋まらない。ああでもないこうでもないと、皆が頭を抱えている。


「……あっ!!」


 突然、晴間が声を挙げ、スマホの電源をつける。突然あげられた声に他3人が驚いて肩を浮かせたが、なにか言い案でも思いついたのかと、すぐに期待の視線を向けていた。


 スマホから、キャッチ―な音楽が流れ始める。3人は唖然としながらその曲を聞いていたが、しだいに込み上げてきたのは、聞き覚えのあるような気がする、という感覚だった。

 その正体にいち早く気づいたのは布由だった。


「これ、うちの校歌?」


 その一言で、晴間を含めたその場にいた全員が、その曲の正体に気づいた。そしてちょうどそのタイミングで、その曲のサビ部分に入る。


「我ら~の。穂波、農業高校~。……あ完全に校歌だわこれ」


 サビに合わせて菜津希が歌ってみると、見事に曲に嵌まる。正体はキャッチ―にアレンジされた、穂農の校歌だったのだ。そして、その曲の1番が終わった時、その曲をバックに女性の声が入り始める。



『はい! というわけで、皆さん初めまして。穂波農業高等学校3年3科、放送部部長のレイです』



「…ハル、これって……」


 秀明が素直な疑問を、スマホの持ち主である晴間にぶつける。すると晴間は、半ば興奮した面持ちで答えた。


「今日から穂農の放送部が、学校のウェブサイト上で配信し始めた活動。通称『ほのラジ』だよ! 知らないの?」


 穂波農業高等学校公式ラジオ。略してほのラジ。今年から放送部が主体となって始めた活動で、主にほなみコーポレーションの商品宣伝や、文化祭や校内市場といったイベントの紹介。受験生向けに学校の紹介など、様々な情報を発信することを目的とした活動だ。月末水曜日に1回行うらしい。

「って、なんでそんなに詳しんだよハルは!?」


 晴間が去年まで所属していた部活は、たしか弓道部だったはずだ。それがなぜ放送部の活動を把握しているのか……。


 その理由にいち早く気づいたのも布由だった。


「玲さん。というかガールフレンド経由ですか…」


 その一言に驚愕の声を挙げたのは秀明だった。


「は? 彼女!? お前リア充だったのか!」

「ヒデ五月蝿いラジオが聞こえない!」


 しかし、晴間さっきまでやっていたレポート作成よりも真剣な面持ちで、ラジオに釘付けになってしまっている。秀明も、こんな晴間は見たことがないといった表情で唖然とするしかなかった。


『初回のゲストは、本校の校長、平川校長先生となっています。お楽しみに!』


 そして女子2人も集中力は完全に切れていたので、レポートは一旦諦めて、休憩がてらラジオを聴くことにした。




 結局残り1枚のレポートは、45分ほどのラジオ終了後に相談した結果、その晩食べた山菜天ぷらの食レポで埋めることとなった。

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