余暇の山菜採り

 研修2週間目。午後3時42分。今日のお仕事は、トマトやキュウリといった、夏野菜の苗植え。


 今はまだ4月の半ばだけど、夏野菜が流通されるのは7月以降。つまり、植えてから収穫が出来るまでにかかる時間は3ヶ月。それまで、収入は得られることはなく、生育のための水や肥料、各種資材費が重くのしかかり、更には普段の生活費まで加算されていく。


 そんな生活を、3ヶ月間給料なしで働く。そして収穫が終わったら、来年まで給料なし。それが、特定品目に特化した農家のデメリット。安定度は最低ランク。


 それに対して、ここの農家は多品目少量生産。春、夏、秋、冬。どの時期にも何らかの収入を得ることが出来、自然災害によるリスクも分散される。安定度は最高ランク。


 その代わりに作業は複雑化。必要な知識も道具も増加。出荷に使う梱包材や、品種シールやバーコードも増加。お仕事の量も増えるし、農閑期も存在しなくなる。

規模を間違えれば、1日15時間労働のブラック企業と化す。それが、多品目生産のデメリット。そして、それを避けるための多品種“少量”生産。


 今の季節の主な収入源は、キャベツや白菜、ホウレンソウやベビーリーフといった葉物野菜や、ニンジンや大根、ラディッシュなどの根菜。ジャガイモやサツマイモといった保存性の高いものも、順次出荷されている。

 

 そして、それらに属さないあるものが、農家には存在する。一般的な会社員にとって、今まで上げたものが給料だとすると、こちらは臨時収入にあたるもの。それは――。




「それじゃあ、一袋ずつ持ってね~」


 ここは畑のある山を、300mほど登った地点にある開けた場所。元々は畑があったけれど、今は草木が生い茂る荒地。そんな荒地に、菜津希と布由は、佳代さん(孝義さんの奥さん)と一緒にやってきた。


「わっ、凄い。こんなにたくさん」


 菜津希は、目の前に広がる荒地の中に、所狭しと生え並ぶツクシを見つけてはしゃいでいる。


「これ、どこから手折ればいいんですか?」


 布由はしゃがんで、足元に生えるツクシをまじまじと見つめる。


「出来るだけ根元から手折るのよ~。節があるから、簡単に採れるのよ~」


 おっとりした口調で、佳代さんが説明し、実際にツクシの根元を摘んで、軽く引っ張る。するとツクシは、プチッと軽い音を立てながら、簡単に採れる。


「一人一袋までよ~。じゃないと、後々大変な目に遭うからね~」


 ツクシ。もといスギナは、地下に茎を伸ばして繁殖することでその生息域を広げ、冬を越す雑草。そして小柄な上に、茎に節がついているため、地上部だけが着脱し、地下茎はその場にとどまりやすいという性質がある。おかげで取り除くことがとても難しい、厄介な雑草。


 それを敢えて取り除かず、繁殖株のツクシを収穫するようにすれば、辺り一面に大量に生えてくる。それを調子に乗って収穫しすぎれば、とんでもない数になってしまう。ただでさえ下処理が大変なのに、その調理方法がおひたしや佃煮くらいしかない、それでいて特別美味しいわけでもないこの山菜。佳代さんがそう忠告してしまうのも仕方のないこと。


 因みに、今回採ったのは売るためではなく、食べるため。山菜とはいえ、植物であることに変わりはなく、生育環境によって味に差が出てしまう。いくらアクが強い山菜でも、流石にまずいものを売るのは商売としてよろしくない。だから、最初の収穫分は味を見ておかなければならない。

 ――という名目で、初物をいただくという贅沢にありつくのが、山菜採りの醍醐味だと、孝義さんは笑って言っていた。



「あ、結構楽しいかも」

「まだまだ沢山ありますね」


 でも、収穫作業はとても簡単だし、数も多い上にそこまで大きくもないツクシの収穫は、ついつい楽しくなってしまうもの。結局菜津希たちは調子に乗って、袋の容量を超えるほどのツクシを収穫してしまうのだった。




 一方、晴間と秀明は、孝義さんに連れられて山の奥へ。日当たりの悪い、少しジメリとした湿度のある場所。


「晴間君にはワラビを、西前君には、タラの芽を採ってもらうよ」


 晴間は、孝義さんから渡された袋を持って、ワラビを採るためにより一層ジメジメしたほうへ歩いていく。一方秀明は、高枝切り鋏と鎌を持ち、ごつめの手袋をしながら多少日当たりのいい場所へ向かっていく。


 ワラビとタラの芽。どちらも山菜の中ではかなりポピュラーなもので、味もほどほどによい。ただし、ワラビは生息域が限られているし、タラの芽は樹自体が2m以上成長している場合もあるし、なにより枝に棘を持つ。


 そういった意味で、希少性から来る付加価値が高く、かなりいい値段で市場に並ぶ品目だ。



 なにより、



 農業というのは、かなりお金がかかるものだ。規模や種類にもよるが、その金額は1ヘクタールあたりおよそ200万。そのどれもが、水や肥料、ハウスのビニールや鉄パイプに、防鳥用のネット。防草用の黒色マルチに各種農薬と、欠かすことの出来ないものばかりだ。それも、台風が直撃すれば無駄に終わってしまう。


 そんな中で、お金が一切かからず、そこそこの値段がつき、毎年一定量収穫できることが、山菜の最大のメリットともいえるだろう。その為だけに、山を所有する農家も少なくない。山自体はかなり安いし。


「あったあった。これだな」


 少し歩いたところの斜面に、晴間はさっそくワラビを見つけた。特徴的な形をしたワラビの根元を、晴間は軽くつまむ。そのまま親指に力を入れると、水分の多いワラビは簡単にぽろりと採れた。


「どれくらい採ればいいんです?」


 道の反対側を歩く孝義さんにそう質問すると、孝義さんは目の前のコシアブラの枝を引っ張りながら、「採れるだけ採ってくれればいいよ」と言った。そして、枝の先から生える、開ききっていない若葉をあらかた取り終えた後、孝義さんは続けて言った。


「山菜っていうのは、要は食べられる“雑草”だからね。繁殖能力は凄まじいから、取りすぎるくらいがちょうどいいんだ」


 実際、雑草というのは、雑草魂という言葉があるように、生命力が高いものばかりだ。


 自然のものは、誰かに肥料を与えられるわけでも、水を与えられるわけでも、虫や病気に対する薬をもらうわけでもないのに、勝手に育ち、勝手に実ることが出来るものだ。現在日本に存在する雑草の多くは、その生命力の強さ故に、非常食目的として海外から輸入したものが多いとされている。品種改良の分野でも、野生種と掛け合わせることで、生産性や耐病性を付加しているものがある。


 だから、いくら採ってもいい。むしろ採らないと、異常繁殖してしまう恐れすらある。それが山菜というものだ。


「ああ、それで思い出した。帰り際に、竹やぶに入るから覚えておいて」


 そのもっともたるのが、竹である。高い繁殖力を持ち、しなやかで頑丈な竹は、古くから様々な用途に使われてきた。特に竹の幼芽であるタケノコは、その独特の食感からかなり人気が高く、旬に竹と書いてたけのこと読むように、芽が出て10日で食べられなくなるほどに成長速度が速い。そのぶん値段も高騰しやすい。この間テレビで竹を掘り出していたのを見たが、かなり広範囲に地下茎が広がっているようだった。


 まだタケノコの時期ではないが、その兆しは確認しておかないと、成長しすぎてしまったり、イノシシなどの害獣に横取りされてしまうおそれがある。そういった理由で、今日は竹やぶに入るらしい。


 しかし、その竹には困った性質がある。それは、その繁殖力が異常であることだ。どれくらい凄いかというと、人間が定期的にたけのこを採っても、イノシシなどの動物が定期的に食べても、問題なく生息域を広げられるくらいだ。


 そのうえ、竹は油を含んでおり、中が空洞なので空気がある。それでいて、枯れても暫くは形を保ち続けるほどに頑丈だ。


 つまり、火がつきやすく燃え広がりやすい。それが広範囲に群生しているということだ。それは、山火事の危険性を底上げすることになる。それほどまでに、実は危険な植物なのだ。


 などと考えているうちに、2人はいつのまにか坂道の終点へとたどり着いていた。


「よし、そろそろ戻るか」


 孝義さんの呼びかけに応じて、晴間は来た道を振り向く。すると目の前に広がったのは、起伏の激しい上り坂だった。その上り坂はどこまでも続いていて、先が見通せないほどに長い。


「こんなに歩いたっけ?」


 そんなに夢中になって作業していたのだろうか。と晴間は思いながら、手に持った袋を見る。ワラビは袋の半分ほどしか集まっていない。

 少し気になって孝義さんの手に持つ袋を見ると、そこには袋一杯に詰まったコシアブラが。

 流石はベテランだなと感心した半面、ちょっと悔しいので、晴間は帰りもワラビを探しながら上り坂を登って行くことにした。

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