素朴な晩餐
午後7時頃。寮の一階にあるリビングルームで、研修生の歓迎会が開かれた。出席者は、晴間と秀明を含む研修生4人と、研修先農家から1人(担当教官の土井先生は、バスケ部顧問の仕事があるので帰った)、合計5人で執り行われた。
「それじゃあ、生徒から自己紹介なんかしちゃおうか」
当然の役目と言わんばかりに、秀明が司会を務める。農家のひとは感心したような表情をしていたが、秀明以外の生徒2人は、いつものことなので特に反応は無し。
「1科の西前 秀明です! 賑やかし要員でーす!」
西前がそのまま自己紹介を始める。テンション高めだがまあいつものことだ。
「1科の晴間 息吹です。野菜全般をやってました」
次いで自己紹介をしたのは晴間だ。秀明ほどのテンションは無理なので、簡素に纏める。
「あ、それ忘れてた! 米とか豆とか、作物やってましたー!」
1科というのは、主に野菜や作物、果物などの“生産”をメインに学ぶ科だ。所謂1次産業から来ている。林業、漁業、畜産業は残念ながら学校の規模が足りていないので、教えられていない。
「えーっと、2科の依田 菜津希です。発酵食品担当してました」
西前のテンションに若干引き気味になりながら、菜津希が自己紹介する。茶髪にポニテの、よくいる活発な女子高生(科が違うので、それ以上のことはよく知らない)。
ちなみに2科は、食品加工をメインに学ぶ科だ。JISや食品衛生法など、法律に関わることが特に多いためか、受験難易度が特に高い科として有名で、学年成績トップは大抵この科の生徒だ。
「生徒の最後は私ですね。3科の小野原 布由です。“ほなみコーポレーション”の営業やってました」
最後に自己紹介をしたのは小野原 布由。特徴は140cm前後の低身長であること。流通や販売をメインで学ぶ3科のマスコット的な立ち位置にいた子だ。ちなみに、ほなみコーポレーションというのは、3科が運営する模擬会社の名前で、穂農で作られた商品のほとんどが、この会社のブランド名で販売されることになっている。
「それじゃあ次は僕だね。『農家農園』の、一応代表をやっている農 孝義だ。といっても、説明会とかで何度も会ってるだろうけどね」
孝義さんは席に座ったまま、フランクにそう言った。短く纏めた髪型に、着崩した蒼い作業着姿。麦わら帽子が似合いそうな、THE農家といういで立ちだ。
『農家農園』。それが、研修先の名前だ。農さん一家が営む農園だから、『農家農園』。分かり易いがややこしい、そんな名前だ。
本当はここに奥さんも来る予定だったらしいが、ちょうど直売所まで出荷に行ってしまっているらしい。
「で、今日出荷したものの残りが、今目の前に並んでるものたちだ」
テーブルの上には、キャベツ、ゴボウ、ブロッコリー、ジャガイモといった野菜が並んでおり、その周りにはそれらの野菜を使った料理がいくつか用意されている。キャベツと豚肉の炒め物に、きんぴら、ブロッコリー入りポテトサラダ……。比較的簡単に作れる料理だ。
明日からは、自炊もしていかなければので、こういった料理を出してくれるのは勉強になる。早速女性陣は、スマホを取り出して写真を撮ったり、レシピを聞いたりしている。
「明日は、まず近くの野菜圃場でやってもらいたいことがある。まあそこまで激務ってわけではないが、1日仕事ではある。今日は一杯食べて、早めに寝るといい」
その日は疲れが溜まっていたからか、明日から始まる研修に不安や緊張を感じる暇などなく、意外とすんなり眠りについた。
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