4月

始業式の午後

 ここは、校舎から車で30分ほど離れた場所にある特別寮。FIS参加者が、今日から1年間住むことになる寮だ。

 

 寮といっても、舎監の先生がいるわけでも、門限や点呼があるわけでもない。本来あるはずの様々なルールは無く、殆どの事柄が自己責任となる。ただし、寮のガス、水道、電気料金は全額共同負担で、個人部屋の電気代は個人で負担。Wi-Fi等の環境も個人負担となっていて、寮というよりアパートに近い。

 そして、建物の間取りからすると、もはや民宿やシェアハウスといったほうが正しい気さえする。

 

 

 そんな寮に自分の荷物を放り込んだのが、4月8日の夕方ごろのこと。

 午前中に始業式を終えた後、一足先に教室を後にした僕達4人は、FIS担当教官の土井先生が運転する車に乗り込んだ。車の中で軽く研修の説明を受けながら、車は研修先である農家のある山間部へ向かう。


「直売所が近くにあるから、食品の買い物はそこでするといい。その近くにはバス停もあるから、ちょっとしたものはバスに乗って市内まで来れば買える。多少不便かもしれんが、まあ慣れるさ」


 研修先の農家がある場所は、四方を山に囲まれた盆地の端。日当たりと風通しが良く、過ごす文にも農業をするぶんにも適している。田舎なので土地が安く、それ故に広い面積を所有できる利点があるが、そのほとんどが山。というより斜面なので作業性は悪い。


 おおよそ現代人が適応出来る場所ではないように思えるが、電波塔が山の頂上に3本立っているので、通信速度はめっぽう早いらしい。

 スマホに依存する現代人でも、そういった面では適応できる。と、卒業生の誰かが言ってたっけ……。


 そんなことを考えているうちに、目的の場所に到着。今に至る、というわけだ。




「ちょっと休憩しよ……」

 荷解きをあらかた済ませた後、晴間は備え付けのベッドに腰を掛け、同じく備え付けの机を睨む。机の上にはまだ解いていない荷物が積まれており、そのほとんどが着替えやバスタオルといったものの類だ。

 そういった荷物が一纏めにして入れられたプラスチックのかごは、そのまま洗濯物入れになる予定で、今晩お風呂に入ったらすぐに役が回ってくる物だ。

 つまりは、今のうちに荷解きをしなければならないもの。


「めんどくさいなー…」


 晴間はため息をつき、ベッドに横たわる。始業式で座りっぱなしの午前中に、車に揺られっぱなしの午後。荷解きの夕方ごろと、既にそこそこの疲れが溜まっている。うっかりすると、普段の授業中のようにひと眠りしてしまいそうだ。


「息吹~。いるか~?」


 晴間が横たわっていると、突然ドアが開き、男子生徒が部屋に上がり込んできた。


「ノックくらいしろよな、秀」


 西前 秀明。同じクラスの生徒で、過ぎるくらいに明るく人懐っこいやつだ。農業関係の成績はほぼ満点だが、普通科目は壊滅的な、文字通りの“農業バカ”だ。


「ああ? したけど?」


「ノックと同時に部屋に入ってんじゃねえか! ノックの意味ねえよ!」


 こんな奴だが、空気は読めるしリーダーシップもある。仕事も出来るし、自分の意見も(若干うっとおしくなるくらいに)持っている。だれとも一定の距離まで近づける、コミュ力の高さを持った奴。


「で? なんの用?」


 早速部屋の中を物色し始めた秀明に、晴間はそう問うた。すると秀明は、机の上にある荷物を指差してこう答えた。


「ああ、荷解き手伝ってやろうかなーと思ってな」

「……助かる」


 地元のホームセンターで、バイトリーダーであるにも関わらず、店長の次に高い権限を持つに至ったという伝説を持つ男。それが、西前 秀明という男だ。

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