第8話

あの後、俺は愛咲の縄を解き、話の整理をしていた。

 二人は熱心に話しかけたそうにしていたが、愛咲がとてつもなく怯えていたので控えるように言って大人しくさせた。


「……どうして、俺が半神半人だって知ってるんだ?」

「あなたは天界から要注意人物として認定されているからよ」

「要注意人物?」


「……一年間、あなたのそばに神様がいないといけないのよ」

「じゃあつまり愛咲は、人間にするか神様にするかの件で、監視役として派遣されたってことか?」

「ええ」


 俺の言葉に頷く愛咲。

 二年生に進級する頃になれば、神様か人間かどちらかになる、ということか。


「けれど私、人間が嫌いなのよね」


 そうして愛咲はそんなことを言って……。

 ………………。

 今、この神様なんて言った?


「えっと、もう一回言ってもらっても?」

「人間が嫌いなのよね」

「なんで下界に来たんだ?」


 天界から降りてきたのに人間が嫌いとはこれ如何に。


「でもまぁ、協力しなきゃ私も天界に帰れないから、利害の一致って事で仕方なく付き合わせてもらうわ。よろしく」


「いやいや、ちょっと待ってくれ!」


 思わずといった感じで正野が間に割り込む。


「じゃあつまり愛咲は、人間が嫌いなのに下界に降りてきたってことなのか? ……えっと、ドM?」

「違うわよ! 勝手に任されて強制的に降ろされたのよ! だから仕事をサボって、天界へ帰ろうと策を練っていたところであなた達にバレちゃったの!」

「すごく堂々と言ってるけど、やってることはダメだからな?」

「だって仕方ないじゃない! 今朝、気がついたら学校の目の前に移動していたのよ!? 名前も顔も特徴も教えられないまま、気がついたら下界よ!?」

「あーはいはい、やった人は皆そう言うんだよねー」

「じゃ、詳しいことは署で話し合おっか愛咲さん」


 正野と遥のマイペースさに巻き込まれて頭を悩ませる愛咲。

 ……どうして人間が嫌いなのか分かる気がしてきた。


「なあ、愛咲。一つ聞きたいんだが」

「なによ?」


 彼女の方に近づき、気になることを聞いてみる。


「確か神様の血って継いでいくに連れて、だんだんと薄くなっていくんじゃなかったか? 俺の代だと、ほとんど意味がないって聞いたんだよ」


 ついこの間に聞いたのだから間違いない。

 子や孫になるにつれて神様の血は薄くなり、神様としての能力もなくなっていくと聞いたのだ。


 だから、今の俺や千尋だと何もできないと聞いていたはずだが……。

 その俺の言葉に、愛咲は少し顔をしかめると、


「ええ、そうだったのだけれど……今のあなただけなのよね」

「不安定?」


 愛咲はこくりと頷く。


「確かに血は継承されていくに連れてだんだんと薄くなっていくわ。けれど家系の中であなただけ、いつでも人間になり得ていつでも神様になり得る不安定な体になっているのよ」

「そうなのか? ……でも、どうしてそんなことに?」

「まだ分からないわ」

「そっか……」


 愛咲の言葉を聞いて俯く。

 ……そんな。

 ……俺の体が、不安定だったなんて。


 こんな……こんな嬉しいことってあるのか!?


「そっか。そっか……!」

「なあハルさんハルさん。コートの奴、心なしか嬉しくなってないかい?」

「そうかな? 多分気のせいだと思うよ正く──ごめん嘘。多分あれすごく喜んでるね」


 普通が嫌な自分にとっては、この事実は特別以外の何物でもない訳で……!


「じゃあ、さっき愛咲の能力をかき消したのって……!」

「それが理由よ。少しずつ能力が暴走している証拠ね」

「やったー!」

「「「やったー!?」」」


 嬉々として声を上げる俺を見て、三人はきょとんとしていた。


「なるほど! さっきの様なことがいつ起こるか分からないし、確かに危ないな、うん!」

「全然危機感を感じないのだけれど……」

「ねえねえハルさんハルさん、あの人ちょっとおかしくなったんじゃないかしら? ヤバヤバのヤバよ?」

「おいおい正くん、そんなこと言ったらダメじゃないか。仮にも私たちの友達なんだぜ?」


 ひそひそと話し合う二人を他所に、俺は愛咲に手を伸ばす。


「それじゃあ、愛咲とは……人間か神様に戻すために色々と話し合うわけだよな。これから仲良く──」

「いえ、それは無いわ」


 手を伸ばした俺をキッパリと断る愛咲。


「えっ!?」

「言ったでしょ? 私、人間が嫌いだもの。必要最低限、関わらないわよ?」

「……え?」

「『仕方なく付き合う』だけよ。別にあなた達と馴れ合うつもりは無いの」


 そう言って一歩、二歩と俺たちから離れると、


「それじゃ、さようなら」


 杖を一振りした。

 すると、彼女の体の下にピンク色の小さな魔法陣が浮き出る。


「えっ、ちょっと待って──」


 しかしその言葉をかき消すように、地面の魔法陣が光り始めた。


「そんな! 帰っちゃうの、愛咲さん!?」

「待ってくれ! せめてサインを! いや、ここにサインするだけで結婚は申し込めるから!」


 どさくさに紛れて何しようとしてんだお前は。

 婚姻届を片手に叫ぶ正野を殴り、後ろに引き下げる。


「待ってくれ!」


 叫んだ俺を一瞥した愛咲は、そのまま何も言わずに消えてしまった。

 同時に、魔法陣も消えていく。


「愛咲……」


 俺の言葉は届かず、魔法陣も全て消えてしまい。

 ……中学校生活一日目は幕を下ろした。




「……なあ」


 正野が、ぽつりと呟く。


「……どうした?」

「愛咲と結婚できなかったんだが……一緒に結婚するか?」


 たんこぶを作って地面に突っ伏した正野を尻目に。

 ……中学校生活一日目は幕を下ろした。

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ハーモニー えびチーズ @EbiCheese

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