報告書ログNo.4 テケテケ
No.4-1
『テケテケ』────女子高生が列車に撥ねられ、上半身と下半身とに切断された。しかし彼女はしばらくの間生きていたらしい。
この話を聞いた人の所には下半身の無い女性の霊が現れる。高速で追いかけてくるので、追い払う呪文を言えないと恐ろしい目に遭うという。
【報告書ログNo.4 テケテケ】
寮を囲む木々の緑が濃くなってきた。ふと耳に蝉の鳴き声が入ってくるようになった。白い雲とのコントラストで青い空がより鮮やかに見えるようになった。矢竹の頬を伝う汗が顎へと至り、ポタリと足元のコンクリートを濡らしたがすぐに乾いてしまった。
体育祭の後、矢竹は特に代わり映えのしない日々を送っていた。
相変わらず林檎とは交流していないし、衛とも他愛ない授業の話くらいしかしていない。蘇芳もあの日の素振りを全く見せずに日々普段通り寮の当番や討伐をこなしている。
幾日経とうが、矢竹は誰とも対立する気は起きなかった。
林檎ともディセントラとも、衛とも蘇芳ともだ。
このままどっち付かずで良いのかという気持ちはある。だが矢竹は自分も納得出来る解決策を見いだせず、ただ入道雲を見上げ洗濯物干しを再開した。
その日、旧校舎管理委員会の面々は寮のリビングに集められた。
「……時季が来た」
浮かない表情で皆を招集した本人である蘇芳が話を切り出す。もう内容の予測がついているのか紫苑と百合はうんざりした顔色をしている。何処と無く柊も嫌そうだ。ただ桃と山吹、矢竹が察することが出来ずに顔を見合わせる。
「夏休み特別シフトに入る」
「やだぁー!」
蘇芳が宣言した途端に紫苑が声を上げてテーブルへと突っ伏す。普段は咎める二人がなすがままにさせている。蘇芳は難しい顔で目を瞑って黙りこくり、百合は困ったように頬に手を当ててうつ向いた。
「そ、そんなにキツくなるのか?」
「……まあ、簡潔に言えば連続夜勤だな」
なんでも、夏休みになると肝試しの為に侵入する輩が続出してくるらしい。年齢層は遠征してきた中学生から車で来た大人まで様々。何れにしろ安易に怪異を呼ぶかもしれない厄介な連中に変わりはないし、何人で何時現れるかも分からない。なので夏休み期間中は毎日、二人ずつ見回りをする行程になるのだそうだ。なお、怪異が現れればすぐさま他の人員を呼び出して討伐に移る。
テーブルに伏したままの紫苑が辟易した声を出す。
「はぁ……いつ怪異が出てくるかもしれない旧校舎見回りとか、マジ救急当番医とかみたいで嫌なんだよ~。呼び出しあるから迂闊にガチ寝出来ないし。本っ当に肝試しとかするようなリア充共は滅べばいいと思う。マジで」
「旧校舎は涼しいし蚊も出ないでしょう」
「そういう問題じゃないんだよなぁ~。ねえ、ケイくんだって嫌だよね?」
「俺は、仕事をこなすだけだ」
自分には関係ないという口振りだが柊の面持ちは無に等しかった。諦めの境地である。深い溜め息をつき、重々しいトーンで蘇芳が口を開く。
「一番肝試しの連中が来る可能性が高いのは祭りの日、特に花火大会の日だ」
「そうなのか?」
「遅い時間まで外出を許されている特別な日だし、気持ちが浮かれている奴らが多く出る。悪ふざけや普段やらないような乱痴気騒ぎをするにはもってこいという訳だ。良い迷惑だな」
ハッと蘇芳が鼻で笑う。自棄気味にも聞こえるその嘲笑には溜まった鬱憤や怒気が存分に含まれていた。思わず矢竹が苦笑すると蘇芳は誤魔化すように咳払いをし、新聞の夏祭りを宣伝する頁をテーブルの上に広げた。紙の端が紫苑の頭に乗っかる。一面フルカラーで載っているそこには、ちゃんと花火大会の日付も記載されていた。
「日本での祭りとは豊穣祈願や宗教的観念、政治的観念や『ハレの日』としての行事など様々な起源がある。だが夏の祭りとなると断然に多くなるのが慰霊だ。盆に集まった先祖の霊を供養してやろうということだな」
蘇芳の長い指先が印刷された花火をツ、となぞる。伏した瞳から感情を読み取ることが出来ない。
「そもそもなぜ夏祭りの時に花火が打ち上げられるかと言うと、疫病による死者の慰霊と悪霊退散の為だったそうだ。長崎の精霊流しの爆竹のことを考えると魔除けの意味合いもあるのではないかと俺は思っている」
そこまで話し終わったところで、蘇芳は笑顔で頭を上げた。
「まあ、怪異は霊と関係が無いから意味の無い話だったな。そういった知識が肝試しに来るような連中の脳裏にあるとも思えない」
そう言ってさっさと新聞を畳み新聞整理袋に入れた。
矢竹は蘇芳のその言葉に違和感を覚えた。いつもなら、僅かでも使える可能性があるならば簡単に切り捨てることはないと思ったのだ。
だが何と突っ込んで良いか分からず、矢竹がもたもたしているうちに告知だけの集会はそこで解散となった。
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