No.3-3
週末、大量に降った雨の反動なのか爽やかな晴天が広がっていた。
あの後、風邪が治った矢竹は次の日も一日安静にさせられた。正直身体が鈍って仕方がない。なので身体を動かす仕事は無いかと志願したら、買い出し班とは別のちょっとしたお使いへと向かうことになったのだった。
同行者は桃だ。
「オレはどっちかっつーと買い出しに行きたかったんだけどな。じゃんけんに負けたから、仕方なく! こっちに行くことになった。有り難く思えよ!」
バス停に向かう際、桃はぶつくさ文句を言いながら隣を歩いていた。だが矢竹は知っている。紫苑から出かける前に『トウくんから自分からお使い立候補してきたんだけど。いつもは面倒くさがって行ってくれないんだけど一体何があったんだろうなぁ~。……ねえ、知ってる? チーくん』とにやけ顔で聞かれたからだ。
「何だよ」
「別に何でもないよ。ほら、バス来たから乗ろう」
訝しげな視線から逃れるようにスクールバスに乗り込む。部活の生徒のためにと週末でもバスが運行してくれるのはとても助かる。桃はまだ何か言いたげにしていたが、公共交通機関で騒ぎ立てられないため大人しく乗っていたら忘れてしまったようだった。
バス停で降りて駅とは反対に少し歩いた先に、目的の店はあった。折り畳み可能な庇が付いたフードトラック。荷台の後ろの扉にでかでかと『日雀屋』という店のロゴ、あと雀に似た茶色い鳥が描かれていた。脇に立てられたのぼりには『からあげ』と書かれている。
「らっしゃい! って、桃か。そっちのは新人か?」
大柄の男性が車内から顔を覗かせる。タオルを頭に巻いた短い黒髪にあまり良くない目付き、下手をすると堅気の人間ではないと思われてしまいそうな屈強な見た目をしていた。使いに行く前に教えてもらったが、彼の名前は
「そうだよ師匠。こいつは倉敷矢竹」
「師匠?」
事前情報として、この『日雀屋』は教会や神社などで清められた武器を支給するためのカモフラージュ用の拠点だと聞いていた。だとするとこの店主は武器の扱いにも精通しているのだろうか。
「おうよ。っても銃器の話じゃない。コレだ」
そう言って日雀は車の下部分を手のひらで軽く叩く。そこには唐揚げのメニュー表があった。
「師匠の作る唐揚げはめちゃくちゃ美味いんだぜ? オレは元から唐揚げ好きだったけど、師匠の作る唐揚げはまた別格っていうか。改めて良さに気付く唐揚げって感じなんだよ。最初食べた時は衝撃だったなぁ」
自分のことのように桃は誇らしげに語る。流石、師匠と呼ぶだけのことはあるということだろう。
「世を偲ぶ仮の姿かもしれねぇが、俺は唐揚げに惚れ込んでるからな。手を抜く気はこれっぽっちもありゃしねえ。まず片栗粉と小麦粉の配分、これで衣の食感はガラリと変わる。片栗粉が多すぎると竜田揚げになっちまうからな。次に味付け、肉の旨みを際立たせるニンニクとショウガの効かせ方がポイントだな。少なすぎると物足りず、多すぎると肉の味が分からなくなる。鶏肉の固さはあえての少し固め。噛み締めて肉汁が溢れだすのがウチの自慢の唐揚げだ!」
「流石だぜ師匠!」
熱い語り口に、だんだん矢竹もその唐揚げが気になってきた。だが本来ここに来た目的も忘れてはいない。少し悩んでから桃に提案をする。
「なあ、桃。荷物預かったら二人で食べないか?」
「勿論! 師匠の腕前を篤と味わわせてやる!」
「そうと決まればさっさと野暮用は済ませちまうか。預かり物を返させてもらうぜ」
日雀は奥の方から簡易カウンターに大きめのスーツケースを出す。中身は先日水没したため検査に出していた紫苑の銃だ。
「あのお調子者に言っとけ、ちゃんと丁重に扱えってな」
「……すみません、水没したの俺のせいです」
「あん? どういうことだ」
「実は俺がプールに引きずり込まれた時に紫苑先輩が助けてくれたんです。その時に一緒に……」
「馬鹿野郎。そこで咄嗟に後方へ投げ捨てられないのが悪い」
「え、でも今丁重に扱えって」
「多少の落下ダメージは大丈夫だ。それよりもエアガンの中のバッテリーに水が入る方がマズい。ショートして爆発することだってあるんだからな。バッテリーが密封されてりゃ少しくらいの雨なら平気だろうが、プールの中にドボンレベルだと流石にアウトだ」
「はあ……」
「ま、当然だよな!」
そういうものだろうか。何とも言えず矢竹は苦笑するしかなかった。そこでふと、日雀に会ったら聞こうと思っていたことを思い出した。
「そういえば柊が撃った銃が他の武器と違ってたんですけど、あれもここで支給してる武器なんですか?」
「ああ……アレなぁ」
今まで快活に話していた日雀が急に言い淀む。
「何だよそれ、聞いてないぞ。それって何なんだ師匠?」
「アレは本物、金属で出来たマジで実弾が撃てる銃だ」
「はあ!? 何で……危険だからって怪異隠蔽課の武器は、全部人に実害の無いものなんじゃねーのかよ!」
「特例ってヤツだ。中身は岩塩の弾だし、アイツは五年目のベテランだからな。少なくとも一年過ぎたばっかりのお前さんにゃ危なっかしくて持たせらんねぇよ」
「クソッ」
「えっ、まだ一年目なのか?」
「……何か文句あっか。言っとくけど、一年目ったってお前よりは先輩なんだからな!」
「そうじゃなくて。入ったばかりなのに、この前めっちゃ戦えてたから凄いと思ったんだよ」
この流れで褒めるというのはどうやら想定外だったらしい。桃は目を丸くして呆気に取られていたかと思うと、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。日雀は頬杖をついてニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべる。
「良かったなぁ、褒められて」
「からかうなよ師匠! 矢竹のバカ野郎、お前のせいだからな!」
「ご、ごめん?」
「いやー、仲が良くて何よりだな。百合とか紫苑とかに言ったら、喜んで情報代に唐揚げ買ってってくれるだろうなぁ?」
「あーもう、Lサイズ二つだ! 唐揚げLサイズ二つ買ってくからこの話は他の奴らに言わないでくれ!」
「しょうがねぇなあ。ほらよ、毎度ありぃ!」
仮にも唐揚げの道の弟子を名乗る学生相手に商魂逞しいものだ。矢竹は唐揚げを受け取ったあと、桃に引きずるようにしてバス停へと連れていかれるのだった。
二人は歩いてバス停まで戻ってきた。そこの屋根付きのベンチで、唐揚げを食べながら帰りのスクールバスを待つことにしたのだ。眩しい太陽が遮られた日陰の下、早速揚げたての唐揚げを口に放り込めば熱い肉汁が口一杯に広がる。
「美味い!」
「だろ? 師匠の唐揚げは世界一だからな」
自慢げにしながらも食べるスピードは止まらない。
「唐揚げも美味しいけどさ。俺、買い食いとか初めてだから余計に美味しい気がする」
不意にハイペースで食べていた桃の手が止まる。
「……なあ、矢竹ってここに来る前どんな生活送ってたんだ?」
「え?」
「だって風邪引いたことも買い食いも初めての箱入り、話を聞いた限りじゃ人の頼みも断りゃしないお人好し。そんな奴が世間で普通に生きていけっかよ」
「……と言われても、普通の家なんだけどなぁ」
「いいから。その普通の家とやらを話してみろよ、オレも色々お前に話したんだから」
特に心当たりの無い矢竹が首を捻りつつも、言われるまま自分の家について口を開こうとしたその時だった。
「貴方が倉敷矢竹くんかしら?」
バス停の脇に人が立っていた。
強い日射しの逆光で詳しい容姿は分からない。だが二人とも相手から話しかけられるまで、すぐそこまで人が来ていることに気が付かなかった。
「……誰だ。何で矢竹の名前を知ってんだ?」
桃が目を細めて相手を睨む。
「アラ、いきなり驚かせちゃってごめんなさいね。とりあえず話をする前に、本当に彼なのか確かめたかったの。アタシも自己紹介するから許してちょうだい」
そう言ってその人物はこちらの日陰へと一歩近付く。おかげでよく容姿が見えるようになった。
見覚えが無いが、ブレザーなのでおそらく他校の制服。だが中に来ているブラウスのフリルが印象を大きく変えていた。首元にそっと巻かれたストールもレース生地で、全体的にとても少女趣味をしている。肩口まで伸びた艶のある黒髪、目を引く鮮やかなピンクのグロス。
しかし身長と肩幅と低い声、ストールで隠しきれない喉仏が男性だと物語っていた。
「アタシはディセントラ。ヨロシクねン」
桃が彼に指差しながら驚愕の声を漏らす。
「お、オカマだ……!?」
「ンマァ、失礼ねェ。オネエと言いなさいオネエと」
「何が違うんだよ!」
「貴方には分からないかもしれないけど雲泥の差があるのよ、坊や」
「ぼ、ぼう……この野郎、オレをガキ扱いしやがって!」
「口が悪いこと。素敵な大人になるためには改めた方が良いわよ?」
「ええと……ディセントラ、さん?」
「ウフフ、ちゃんと呼んでくれるなんて矢竹クンは良い子ね。何かしら?」
「あ、はい。ディセントラさんは俺に何の用なんですか?」
そうだったわね、とディセントラは今までの雰囲気よりぐっと真摯な顔付きになって話を切り出した。
「アタシは、貴方に忠告しに来たの」
「……忠告」
「そう。あのね、もう嘉木森林檎に近付くのは止しなさい。危険だから」
予想もしない名が出て矢竹は本当に、心の底から驚いた。パッと反射的に彼女の無邪気な笑顔が脳裏に浮かぶ。そして、ディセントラは今何と言っただろうか。
「危険……? 何で、彼女の何が危険だって言うんですか」
ディセントラはそっと目を伏せる。たった数秒の沈黙だったが、やけに木々のざわめきが騒がしく感じた。
「嘉木森林檎は、人殺しよ」
「人、殺し……?」
桃がポツリと呟く。
「そんなこと、いきなり現れた奴に突然言われても信じられっかよ!」
「確かに信じがたいかもしれないけど本当なのよ。……ちゃんと説明したかったんだけどお迎えが来ちゃったわ。時間切れ」
ディセントラの傍らに黒いセダンがブレーキ音を立てて停まる。
「認識にヒビは入れられた。アタシの仕事はしたってところかしら。じゃあね、また会いましょ」
「あ、おい待て! どういうことだよ!」
彼が軽く手を振ってその車に乗り込むと、大きくエンジン音を響かせてあっという間に走り去ってしまった。静かなバス停に二人が取り残される。まるで、先程までの喧騒が無かったかのように。
「……矢竹。今の話、本当だと思うか……?」
桃に話しかけられても矢竹は呆然として何も言えなかった。ただ、震える両手でひしゃげてしまった唐揚げのカップを握りしめていた。
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