No.2-5




 掃討のための噂をする場所は校長室になった。机などの障害物が少なく広すぎないからだそうだ。トロフィーなどが飾ってある棚はガラスがみんな割れ、壁に飾ってある額縁は半数以上が壊れ下に落ちてしまっていた。

 すぐに行動出来るよう机の周りを立ったまま囲む。矢竹はこの段階でもふと気になったことがあり、百合へと軽く挙手した。

「先輩、質問があります」

「何かしら?」

「噂が蓄積されて発生する怪異は、有名ならより多くの噂が蓄積されて強くなると思うんです。けど、何でこっくりさんは初陣でも大丈夫だろうって扱いなんですか?」

「……えーと、ね」

 百合はそう言いながらコートの胸ポケットから一枚の紙を取り出した。レポート用紙を畳んだだけのそれはよく見ると『説明に詰まったら読んで下さい』と書いてあり、おそらく蘇芳が書いたものだと矢竹は推測した。初っぱなからカンペに頼る百合を、呆れたように桃がジト目で見る。そんな目線に気付かず百合は平然と説明に入った。

「えーと、何で力が強くないかっていうとね。それはこっくりさんがモノだからよ。矢竹は、こっくりさんは何だって聞いたことあるかしら?」

「何、ですか。俺が聞いたのは確か狐の霊だったと思いますけど」

「狐ね。こっくりさんは他にも動物霊だとか守護霊だとか、単に浮遊霊とだけ言われる場合もあるわ」

「弱っちそー」

 退屈そうに聞いていた桃が感想を漏らす。

「そう、。ルールを破った結果も『呪い殺される』とか『不幸な目に遭う』とか地域によってあやふやだし、そもそもそのルールすら厳密じゃないわ。名前が先走りすぎて中身が錯綜してる。だから現象として発生することも強固ではない」

 流れでカンペの内容を読み進めていた百合がふと驚嘆に声をあげる。

「へえ、怪異としては歴史が古いのね!」

 知らなかった話に目を煌めかせるその様は子どもみたいに無邪気だ。百合は興味の向くままカンペの内容を読んでいく。

「えー、15世紀のヨーロッパで流行してた『テーブル・ターニング』っていう降霊術が元になってるみたい。日本にはまだテーブルが無かったから当時は代わりにおひつを使ってて……おひつ、分かるかしら? 焚いたご飯をいれてた容器。そのおひつが『こっくりと傾く』様子からこっくりさんと呼ばれるようになったそうよ」

「えっ、狐は?」

「当て字ね。『こっくり』に狐、いぬ、狸の文字を当てて『狐狗狸』と書くようになったんだって。だから狐というのも動物霊というのも、後からくっ付けてきた辻褄合わせみたいなものじゃないかしら。派生した降霊術もいっぱいあるわよ」

 読み疲れたから続き読んで、と百合からカンペを押し付けられる。『語り手』として噂をしなければならない矢竹の義務もあるのだろうが、百合が疲れたというのもおそらく本当だろう。そこには几帳面な字でびっしりと情報が書き連ねてあった。暗闇にカンテラの灯りだけではどうにも見にくいが、矢竹は声に出して読み進める。

「えーと、確かに多いですね。愛の女神様、エンジェル様、キューピットさん、守護霊様、分身様、霊魂さんなど何を降ろすか分かりやすい例もある。その一方でキラキラガール様、グリーン様、権現様、たかこさん、ホワイト様、レモンちゃんなど由来が分からないものも多い、と」


 矢竹は読み進める中で、ぽつりと最後の文章を口にする。

「『こっくりさんとは噂の多様性が顕著に現れた怪異である』か……」



 目線を上げると、三人全員がこちらを見ていた。



「……………………!?」

 最初、一瞬だけ矢竹の朗読を真剣に聞いているのだと思った。だが表情が固すぎる。カンテラも腰に下げて両手が使えるようにしている。そして、彼女らと目が合わない。

 目線を追うと、矢竹は彼女らが見ている箇所が高い位置にあることに気がついた。

 自分の上。

 緊張した面持ちで、矢竹のを見ている。


 そこに、何かがいる。


 自分の見えない位置に何かがいる。

 そこにいる何かを確認しなければならないのだが、身体が固まって上手く動かない。敵がいるというのに身体が言うことを聞かない。少しでも妙な態度を見せれば、すぐに襲いかかってきそうで。身体中が動かそうとするだけでギシギシと軋む。

 それでも首を無理矢理に向けると、そこに獣がいた。



 初見は狐だと思った。

 だが明らかに狩りをするのに向いていない、生え揃った丸みを帯びた歯は人間のだ。

 つぎはぎだらけの毛皮、その中に過重に詰め込まれて隆起した中身。

 枝分かれにどんどん違うものが生えている尾。

 ただくっ付けただけの、不自然な方向に折れ曲がった白い翼。

 左右で大きさも色も異なる目玉が、と動いてこちらを見た。



「ヒッ……!」

 矢竹が短く悲鳴を上げた瞬間、戦いの火蓋は切られた。


 最初に動いたのは百合だった。

「だ、あ!?」

 矢竹は百合に首根っこを掴まれ前に投げ出され、でんぐり返しの要領で床を転がった。その先にいた桃に背中を踏まれ回転を止められて口から蛙のような呻き声が出る。

「ゴーゴーゴー!」

 百合の号令で集中砲火が獣を襲う。柊の時とは違う、風船のような破裂音が断続的に響く。高い水音が幾重にも古い壁を叩く。

「角に追い詰めて! 畳み掛けるわよ!」

 度重なる攻撃に獣が鳴く。その鳴き声はやはり狐ではなく、矢竹には小さな男の子が泣いている声に聞こえた。

 獣は耐えきれなくなって天井付近を翻り包囲網を抜けた。そして引き戸を吹き飛ばして廊下へと逃げてしまった。三人はそれを無言で追う。

 慌てて矢竹も廊下に出ようと踏み出した瞬間、無事だった方の戸が内側に吹き飛んだ。戸板と何かが棚に叩きつけられ、派手な音をたて粉塵が舞う。

「痛……ってーな!」

 ガラ、と瓦礫になった棚から桃が這い出す。矢竹が見たところ大きな怪我は無いが、棚が壊れるほどのダメージはそれなりにキツい筈だ。

「だ、大丈夫か!?」

「大丈夫だよこんなもん。いいからお前は黙ってその辺に隠れてろ!」

 そう言って桃は再び前線へ駆けていく。

 矢竹がかつて戸板があった出入口から覗き見ると、彼女らはまた廊下の角へと獣を追い詰めることに成功しているようだった。

「手榴弾いくッス!」

 山吹の短い声かけの後に破裂音がして水煙が立つ。そこからは圧倒的だった。掃討を開始した時と同じように発射音が途切れず続く。それは獣が消えることで終末を迎えるのだった。



 矢竹は身体を引き摺るようにして寮に戻った。緊張で強ばっていたのか、全身が重い。怪異から人を守るために何でもする気ではいたが、初回からこれでは少し暗鬱とした気持ちになりそうだった。

「みんなお疲れ様~!」

 百合は疲れた様子も見せずみんなに声をかけ、矢竹の肩にポンと手を置いた。

「矢竹、頑張ったわね。初陣はどうだった?」

「何もしてないのにめちゃくちゃ疲れました。みんな戦ってて、俺は見ているだけだったのに」

「何もしてなくはないわ。怪異は噂した人の近くに出るから、実は『語り手』が一番危険よ。だから本当にお疲れ様! 朝に約束した通り良いものあげるわね」

 百合は矢竹をキッチンへと招き、何かをレンジで温め始めた。すぐに軽やかな電子音がしてその何かは取り出される。

「ちょっと熱いところもあるから気をつけてね」

 矢竹の手元に差し出されたのは、ラップに包まれたタケノコご飯だった。目でこれは、と問いかけると百合は悪戯っ子のように笑った。

「学校から寮までの道で竹林があるじゃない? もったいないから時期外れになる前にちょっと貰ってきちゃった。あんまり量は取れなかったからみんなの分は無いの。これ、みんなには内緒よ?」

「え……いいんですかね、これ。勝手に学校の敷地のもの取っ、」

 矢竹が余計なことを言う前に口の中におにぎりを押し込まれた。家庭的で、初めて食べた筈なのに懐かしい味がする。美味しい。しかし感想を伝えようにも口に結構な量を詰め込まれてしまったので話すことが出来ない。

「美味しい?」

 笑顔で聞いてきた百合に矢竹は全力で頷いた。

「そう、良かった。もう共犯だわ」

 しまった、と思っても腹に入ったものは戻らない。

「みんなにも内緒、学校にも内緒。これくらいの罪はスパイス。少しの罪の味は美味しいものよ」

 罪悪感はあったが、一仕事終えて身体はエネルギーを欲していたらしい。躊躇う意思に反して食欲が満たされていく。百合が言うところの『罪の味』を、矢竹は存分に味わって食べたのだった。





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