No.2-4




 夜が来た。

 鳥の鳴き声が微かに聞こえるだけの静かな夜。新校舎付近の外灯が木々の隙間から見えるが到底明かりとしては足りず、辺りには光を吸い込むような暗闇が広がっていた。

 矢竹達は夜も更けた頃に寮を出発した。支度をする際に寝起きの桃に顎を蹴られたのは百合達に言わないでおく。矢竹にとって、夜の旧校舎はこれで二回目になる。心臓を掴むような廃墟独特の威圧感は変わらない。だが林檎が死ぬ夢に焦燥させられていた一回目と比べれば、格段に気が楽だ。

 まず、怪異を発生させる前に旧校舎の中に誰もいないか見回りをする。怪異には隔離性があり、一度怪異が起こった旧校舎はその怪異を倒すまで出ることが出来ない。なので旧校舎委員会は怪異を発生させる前に不届き者が入るのを止めたり、中に隠れていて探索しようとする輩を探し出さなければいけないそうだ。

 桃が鼻唄混じりで先行する。最近桃がよく見ているVtuberが歌っている唐揚げの曲だ。そこまで大きくないとはいえ音を出して良いのだろうかと思ったが、特段百合が咎めないのでどうやら構わないらしい。桃に次いで百合と矢竹が、最後に山吹が続く。各々持つ武骨なカンテラが眩しすぎない、暗闇に丁度良い明るさで廊下を照らす。

「ごめんなさいね矢竹。普段は黄昏シフトのメンバーが事前に見回りしてるのよ? だけど昨日ほぼ徹夜だったから、流石に寝かせとくしかなくって」

「黄昏シフト?」

「ああ、時間帯で分けられたシフトの呼び方よ。黄昏シフトは放課後から午後七時まで見回りで、次の日の朝ごはんも作る。彼誰かはたれシフトは午後十一時から次の日の午前三時まで見回り、出発する前に晩ごはんも作るの。今まさに私達がやってるのが彼誰シフトね。月一でゾロ目時間見回りとかもやってるんだけど、それはみんなでやってるのよ」

「えっ、あの俺、今日晩ごはん作るの手伝えてないんですけど?」

「初陣だからいいわ。次からは一緒に晩ごはん作りまでやってもらうからね?」

「はい、ありがとうございます」

「いけないわね、説明するのすっかり忘れてたわ。この際だから気になったことがあったらジャンジャン聞いてちょうだい! 全部答えるわよ~。もちろん私が分かる範囲で、だけど」

「ありがとうございます。じゃあ早速なんですけど、その服……」

 矢竹は百合が来ている服を指差した。初めて会った時、柊や紫苑が来ていた立て襟の黒コートと同じ、重苦しい印象の宗教の祭服みたいなコート。桃と山吹もこれを着ている。男子部屋で桃が着替えるのを見たが、どうやら下は学校指定ではないジャージのようだった。

「制服なんですか? 怪異隠蔽課の」

「うーん、特に制服とかは無いかしら。これはどちらかというと噂話を利用した戦闘服ね。機能性も充分だし」

「噂話を利用?」

「そうそう。えーと、それについて前に蘇芳が言ってたのよ。確か『怪異の元である噂を生み出す不特定多数はいずれも人間なのだから、人間がしている噂は怪異に通用する』だったかしら? 私達が、不特定多数の人間が何となーく聞いたことあるような『怪異には聖職者とか神職とかをぶつけろ』とかいう迷信みたいな定番の噂話。それがあるから相対して怪異は私達に弱くなるし、私達は怪異に強くなる。らしいの」

 なんとも蘇芳が言いそうなことだ。矢竹の脳内では淡々とした蘇芳の口調で再生された。

「あとこれ、カソックって名前のカトリックの祭服をモデルにしてるらしいんだけど、ポケットが内側にいっぱい付いてるの。すっごく便利よ! 入れすぎると動きにくくなるんだけどね。昔は神道モデルの袴だった時代もあったみたいだからずっとマシ」

 そう言って百合はコートの裾をつまみ、おどけた仕草で一回ターンをした。その際に背負った銃器が揺れ無機質な音をたてる。矢竹には、その銃器の種類などは全く分からない。だが間違いなく対怪異用の武器だろう。

「そっちの銃は、防衛省だからやっぱり自衛隊から支給されたやつなんですか?」

「いいえ。というか私達、別に自衛隊とはあんまり関係ないのよ」

「えっ」

 意外だった。てっきり彼らは自衛隊の一部で基地にて訓練を行っており、自分もいずれは入隊してしごかれるものかと矢竹は思っていた。まさか関係ないとは。

 考えていることがありありと顔に出ていたのか、百合は矢竹の表情を見て軽く吹き出した。そして可笑しさを隠しきれない様子で言い添える。

「一般職員よ、職員。これだって対人用じゃないし、私達の役割なんて害獣駆除係みたいなものよ」

 実銃より随分軽いのよ?と百合は鈍い光沢を放つ、本物にしか見えない銃器を軽く掲げてからからと笑う。

「人用じゃないって……じゃあどうやって倒すんですか?」

「それも『不特定多数に通じる印象』ってやつね。般若心経や聖書の内容、真言や祝詞とかが刻まれたペイント弾の中に聖水とか塩などを入れてるの。噂した人が信じてる宗教が分からないから、カプセルに最低でも三大宗教と神道の教典は書かなきゃいけないわ。けど、卸してくれる専門のとこには専用のマイクロプリンターがあるらしいから大丈夫なの」

「へー。そりゃ便利ですね」

 説明に納得し感心していると、ふと過去の情景を思い出し違和感に気づいた。

「でも柊が撃った銃は破裂音がしたし、煙も出てましたよ?」

 矢竹は柊と出会った時を今でも鮮明に覚えている。床に落ちる林檎、耳をつんざく銃声、煙の立ち上るリボルバー、こちらを見据える瞳。どれも強烈なものだった。

「……何それ?」

 百合は驚いて何度も目を瞬かせた。そして色んな方向に首を捻る。歩きながらなので、横で矢竹は壁にぶつからないかとひやひやした。

「うーん、そんな武器を使ってるなんて全然聞いた覚えが無いわ。新作かしら? よく分からないけど……後で本人に聞いてみる」

「は、はい」

 もしかしたら柊に悪いことをしてしまったかもしれないと思ったが、流石にこれはもう撤回出来ない。矢竹は隠し事だったらごめんと内心で謝った後、旧校舎の見回り作業へと戻った。



 矢竹達は黙々と見て回った。教室の扉を開けて教卓の裏を見る。後は軽く机やロッカーの裏を照らして終わり。ロッカーの中身はが潜んでるか分からないので無闇に開けず、聞き耳をたてるだけにしておいた方が良いらしい。

 桃は相変わらず傍若無人なスピードで先行してしまっている。何故そんなに急ぐ必要があるのかと矢竹は疑問に感じていたが、百合はそれを多分生放送でしょと切って捨てた。山吹は眠いのか時折口をむにゃむにゃさせながら見回っている。人数が多くても中弛みしそうなので、矢竹は百合に少し聞きにくい質問もしてみることにした。

「先輩、あと一つ質問いいですか」

「いいわよ~。別にあと一つ、なんて言わないでもっと聞いていいのよ」


「何で高校生がこの仕事をする必要があるんですか」


 今までテンポ良く確認をしていた百合の手が止まる。

「……どういう意味かしら」

「そのままの意味です。俺がこういうことが出来るのは本当に有難いんです。けれど、本来は大人というか、職員さんって呼ばれるような年頃の人がやるものじゃないんですか? あんまり公務員が未成年を危険に晒すのは如何なものかと」

 百合は、その問いにすぐ答えなかった。眉を潜めて目を閉じて考え込む。そっと何かを飲み込むように、何かを自分に言い聞かせるように胸元をぎゅっと握りしめて、ようやく答えた。

「そうね。確かに大変になっちゃうかもしれないけど教師として潜入してもいい。用務員として入ってもいいし、不審者として怪しまれてもいいなら勝手に潜り込むのも有りだわ」

 そこまで言わせてしまってから矢竹は、自分の発言が『この集まりは不要だ』等に近しいことに気がついた。慌てて訂正しようとしたが、その前に百合が強い口調で被せる。


「でもね矢竹。それ以上に、怪異に遭った後『怪異に対して何か出来ることは無いか』って道を探す人間の受け入れ口としての役割が大きいのよ。この怪異隠蔽課は」


 矢竹は、その気持ちがよく分かる。

 林檎を巻き込んだと聞いて沸き上がる贖罪の気持ちと、まだ未遂の被害者を無くしたい気持ちがこの場にいる理由だからだ。

「……少なくとも私は、『普通の日常に戻る』という選択肢を選べなかったのよ。のうのうと、何もかも忘れ去って元の生活に戻るだなんて、私には出来なかった」

 悔恨に満ちた静寂が訪れる。矢竹はすっと頭を下げた。位置的に顔は見えないが、百合から少し慌てた気配がした。

「すいませんでした。変なこと言って」

「いいのよ! 何でも聞いてって言ったのは私だし」

「でも、聞けて良かったです。俺も同じだから」

「え?」

「俺も見て見ぬふりなんて出来ません。怪異から、学校の人達を守りたいです。誰も怪異に巻き込まれてほしくなんかない」

 百合は一瞬呆気に取られた表情をしていたが、頷くと決意を秘めた瞳で微笑んだ。

「うん、私も同じ。誰も怪異に巻き込まれてほしくないわ。……よーし、その為にはお仕事バリバリ頑張るわよ!」

「はい!」

「おい、もう一周したぞ! 早く新入りに呼び出させろよ!」

 気合いを入れた途端に桃が駆けてきた。そのあまりのタイミングに、矢竹と百合は顔を見合わせて笑った。




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