No.2-3




「こっくりさんをやりましょう!」


 予想の範疇だった。

 朝登校して林檎にいきなり何か言われるのも慣れてきたし、紅子が呆れ顔をしているのも想定内だ。

 だが、さやかが乗らずに退屈そうな表情をしているのは予想外だった。

「俺はやらない、かな。……那智さん、」

「竹ちゃん、あだ名」

「…………なっちゃんは、興味無いの?」

 さやかは一瞬あだ名にパッと顔色を明るくさせた。が、その後の話題に眉間を寄せ頬杖を付き、明らかに不貞腐れた雰囲気を出した。

「占いとか興味ねーし。当たんねーもんあんなの。良かろーが悪かろーが、あたしの行く先を止められるもんなら止めてみろ~!」

 そう言うと、場を盛り上げるロックンローラーのように椅子に片足をかけタオルを頭上で回し始めた。リアクションの取りにくい荒れ具合に矢竹が何とも言えずにいると、紅子が謝罪と注釈を付ける。

「ごめんね倉敷くん。さやか、中学のとき良く当たるって評判の占い師に『彩りの無いつまらない人生になる』とか辛口に言われて、それから占い嫌いになったんだよね……」

「そんなの知らねー! 絶ッ対あたしの人生を超ハッピーの、自分がやりたいことばっか集めた面白い人生にしてやる! お前ら一生に一度の人生だ、盛り上がっていくぞ~!」

「ちょっと、落ち着いてよ! あーもう、みんなも茶化さないで!」

 制止を訴える紅子をそっちのけに、ノリの良いクラスメイトが歓声や口笛を吹いて囃し立てる。本当に小さなライブ会場みたいに賑やかになる横で、矢竹はどうしても聞きたいことを林檎に聞いた。

「嘉木森さん、この前は大丈夫だった?」

「この前、ですか?」

「夜に旧校舎にいるってSNSで送ってきた時の」

「ああ、あの時ですか。よく覚えてないんですよね……私、確かに旧校舎に着いて階段の前で時間を確認してたはずなのに、気がついたら家に居たんです。そのことで矢竹さんに何か送ってませんでしたか?」

「いや? 着いたって知らせだけだったな」

 どうやら怪異に遭遇していた記憶が無いようだ。林檎はひとしきり思い出そうと小首を傾げている。怖い思いをしていないなら、と矢竹はひとまず安心した。

「だけど……嘉木森さんは何でいきなり、こっくりさんをやろうと思ったんだ?」

 今朝こっくりさんを掃討すると言われた直後に、林檎からのこっくりさんの誘い。流行りなどは一昔前に過ぎたし、少なくとも矢竹はお昼の弁当みたいに軽く誘うものでもないと思っている。タイミングが良すぎて気になった。

「それがですね? 知り合いに、飛びっ切りの手順を聞いたんです。このやり方は占いの精度が段違いになるんだそうです。よっぽど高度の霊が来るに違いありませんっ。さやかー! これなら今度はきっと当たりますよ!」

「うっせー! あたしはやんないし信じないからな~!」

 話を振られたさやかは、机の上から林檎を指差し威嚇する。だがクラスメイトに流行歌をリクエストされ、先程のことを忘れたかのようにご機嫌になり歌い始めてしまった。紅子が未だに止めようとしているがバカ騒ぎは止まない。その様子を見て林檎もくすくすと口元を押さえながら笑った。


 矢竹も心を和ませて見ていたが、ふとあることに気づいた。

「……十三階段の時も、知り合いから聞いたって言ってたよね。嘉木森さん」

「はい、そうですよ。その人すっごくに詳しいんです」

「昨日聞いたの? 十三階段の噂と立て続けじゃないか?」

「はい! ストックが多いですよね! 知識豊富で見習いたいものです」

 林檎はその人を誇らしげにしている表情で、胸の前で両手の指先を合わせている。まるで想い人を語る乙女のようだ。

 反して、矢竹の顔は強ばっていく。

 偶然が重なっただけで考えすぎかもしれない。もしかしたらただのオカルト好きかもしれない。だが一度考え出すと最悪の想像が募っていく。


 もし、その人が噂を蓄積させるため林檎に流させているのだとしたら?

 相性が良い人間が来るまで噂を絶やさないようにしているのだとしたら?

 怪異を発生させるために、林檎に教えているのだとしたら?



「……その人、一体何者なんだ?」

「僕も気になるな」



 不意打ちの声に心臓が止まるかと思った。

 後ろを振り向くと衛が微笑んでそこに立っていた。相変わらず学級委員長向きの穏和そうな雰囲気と、モデルみたいな見栄えの良さだ。

 その姿を認識した林檎は、先程までの心からではない貼り付けた笑みを浮かべた。

「秘密です」

 そう言うと林檎はその場から動いた。立ち去り際に、林檎は矢竹にだけ聞こえる音量で小さく呟く。

「いつか矢竹さんには教えますね」

 囁き声に含ませた、特別という蠱惑的な響き。異性としては喜ぶべきだろうが、何故だか矢竹は漠然とした不安を覚えた。

「嘉木森さん!」

 去ろうとする背中へ慌てて呼び掛けた。思ったより大きな声になってしまったが、白熱するクラスメイトの中で意に介する者はいなかった。振り返った林檎は、何かを期待した面持ちをしていた。

「止めた方がいい。俺は参加しないし、そもそもやらない方がいいんだ。危ないから」

「……分かりました。どうせ、一人じゃ危険すぎますから」

 林檎は一瞬だけ寂しげな、期待外れと言いたげな表情を見せ紅子の方へと離れていった。


「君が止めるとは思わなかったな」

 衛は立ち代わりで、林檎が去って空いた矢竹の隣に立った。

「そうか?」

「うん。また誘われるがままに参加するか、参加しなくても彼女のやることに反対の意は唱えないと思ってた」

 確かに以前の矢竹なら止めなかっただろう。だが、もう知ってしまったのだ。

「……俺は、彼女達と仲良くしたいとは思ってるけど、事故に遭ってほしい訳じゃないから」

「そうだね。事故なんて、起こらない方がいいと……僕もそう思うよ」

 酷く感情が読み取りにくい声色が気になって矢竹は衛の方を向いた。視線に気づいた衛は、口だけ笑みを浮かべた。

「何か、あったのか?」

 問うと衛は驚いた顔を見せた。そして戸惑いを隠せない様子で、

「何も」

 とだけ返してきた。口元を抑える手は微かに震えているし、顔色は青くなっていた。衛は明らかに今の質問に狼狽えている。何が予想外だったのかは全く矢竹には理解が出来ない。しかし、分からないからといって放ってはおけなかった。

「大丈夫か?」

「ああ、ああ、うん。僕は大丈夫。大丈夫なんだけど、君は本当に…………いや、止そう」

「よく分からないけど落ち着け。ほら、水やるよ」

 ペットボトルを渡すと、衛は派手に一気飲みして三分の一くらいにまで減ってしまった。豪快な様よりも衛らしくなさに驚く。だが水を飲み人心地ついたらしい。顔色はまだ戻っていないが、言動が多少しっかりし始めてきていた。

「ごめん。買って返す」

「別にいいよ。その代わり、円城寺もいつか話してくれたら嬉しい」

「……どうしようかな」

「嫌ならいい。無理強いするつもりじゃ、」

「冗談さ。……いつか、君には話す時が来る。その時まで待っててほしい」

「分かった」

 今はその言葉を信じ、そっと矢竹は口を閉ざした。稚拙な、けれども楽しげな歌を二人で静かに聞いた。

 さやかが歌うロックンロールが響く。春の終わりの柔らかな陽射しが教室に差し込む。結局、そのどんちゃん騒ぎは先生が来るまで続いた。



「た、ただいま戻りました……」

 授業が終わり、言われた通り寄り道せずに寮に戻ってきた。そして寮の玄関に入る際に矢竹はとても戸惑ってしまった。

 果たして『ただいま』で良いのだろうか。

 矢竹は玄関先で悩みに悩んだが、最終的に照れくささと遠慮を誤魔化すために『戻りました』と付けた。蘇芳が言っていた台詞と同じなら間違いは無いだろうという狡い思惑もあった。だが、

「おかえりー。待ってたわよ!」

 百合は何の躊躇いも無く、笑顔で『おかえり』と返した。

「ほらほら、早く寝て! 睡眠取らないと仕事中使い物にならないでしょう! もう帰って来た他のメンバーは寝てるわよ?」

 矢竹の中に葛藤があったことなど知りもせず、百合はぐいぐいと背中を押して男子部屋に押し込もうとしてくる。

「今回はねー、終わったら良いものがあるのよ。ふふふ。期待してしゃかりきに仕事に励みなさい!」

 やけにテンションが高い百合はスキップしながら女子部屋へ向かっていった。おそらく矢竹が帰って来るまで寝ないでいたのだろう。自分も出動するのに待たせていたのが申し訳なく感じた。

 男子部屋に入ると複数の寝息が聞こえる。まだ眠くはないがここで起きていて誰かを困らせたくもない。携帯のアラームをセットして、百合に言われたまま大人しく布団に潜り込んだ。


 眠気が来るまでの間、矢竹は今朝のことを思い返した。

 林檎との約束と、衛との約束。そっと二つの約束を想いながら矢竹は目を閉じた。




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