No.2-2




「今日、こっくりさんの掃討に同行してくれないか」


 朝食を食べ終え、矢竹は登校までの時間に皿洗いをしていた。すると一緒に作業していた蘇芳がそんなことを言い出したのだった。突然のことに、思わず皿を落としそうになる。

「掃討って……つまり、噂が現実になった怪異を倒すってことだよな」

「そうだ。俺達はこっくりさんを前にも掃討したことがあるからな、矢竹の初陣での腕試しに丁度いいではないかとの判断だ」

「前にも、って……前の時はどうやって呼び出したんだ?」

「呼び出したんじゃない。肝試しに来た生徒と偶然相性が合った突発的な掃討だった。不特定多数の人間が同じ噂をすると噂が蓄積してしまい、弱い相性の人間でも起きやすくなるんだ。あの時は不意打ちの任務で苦労させられた。だが今回は故意に発生させる分、みんな上手くやれるだろう。安心してくれ。俺は行かないがきっとメンバーが守ってくれる」

 それを聞いて矢竹は、自分の安全などとは別のことを考えていた。


 偶然、怪異と相性が合う可能性がある。


 それはきっと、怪異が発生するなんて知らない人間が巻き込まれるかもしれない可能性だ。

 もしかしたら彼らが間に合わなかった、気がつかなかった件もあったかものしれない。予備知識の無い人間なんて怪異に遭ったらまず逃げ切れるかどうか。そう考えると背筋が冷たいものが走った。

 蓄積された噂を、他の人より早く発生させる。

 改めて自分の仕事の重大さを思い知り、矢竹は蛇口からの水が濡らす手を強く握りしめた。

「大丈夫か……怖いのか?」

「あ、いや。そうじゃなくて、今朝になって急な話だなって思ってさ」

「明日が休みだから、丁度いいから今日済ませておけと先程連絡が入ったんだ。普段はこんなに直近で伝えられることは無いんだが……」

「休みだから?」

「夜勤が続くと寝不足を解消させないとキツいんだ。……学生のうちから年寄り臭いかもしれないが、連続の徹夜は本当に堪える。爆睡出来る日を作ってくれる上司からの一応の配慮さ。一応、な」

「なるほど。なかなかハードなんだな」

 矢竹は朝の大変な様子を思い返す。確かにみんな起きられなくて随分辛そうだった。食器の泡を濯ぎながらうんうん唸っていると、蘇芳が申し訳なさそうな声で謝罪してきた。

「悪い。これから、おそらく矢竹の方が大変になるだろうと思う」

「え、そうなのか?」

「必ず怪異を呼び出すのは深夜だからだ。生徒がいない時間帯を選ぶとどうしても遅くなるし、『怪談は夜に起きやすい』と噂されているからというのもある。なるべく昼寝と休息日を取れるようにはするが……矢竹には、負担をかけることになるな。すまない」

「俺は大丈夫。朝強いし頑張るよ」

「頼む。が、無理はしないでくれ。今回もらうこっくりさんについての説明は、相坂先輩にお任せする。他に気になることがあったら質問すれば応えて下さるだろう。まあ、明日起きているとき俺に聞いてもいいんだがな」

「ありがとう。気になったらその都度って感じで聞くよ」

「……矢竹。俺からも、君に聞きたいことがあるんだ」

 拭き終わった皿を食器棚に仕舞い、ガラス扉をパタンと閉めて蘇芳は訊ねる。その面持ちは固く、真剣に聞いているのだと分かった。

「旧校舎委員会に入って、後悔はしてないか?誘った俺が言える義理は無いのかもしれないが……いきなりだっただろう」

「大丈夫だ。昔から人の為になりなさいって言い聞かされてきたし、俺自身もやらなきゃ駄目だって思ったし」

 矢竹としては正直に答えたのだが、蘇芳の目からは不安そうな色は消えない。

 大切な仕事だと改めて分かったし優しく頼りになる仲間もいる。多少寝不足になろうが自身に危険があろうが、特に後悔などは無い。これ以上何を言えばいいのか。

 重くなった雰囲気を笑い飛ばそうと、矢竹は冗談半分の答えも付け足すことにした。

「それに毎朝あの坂を上らなくて済むようになったし! あそこの坂道大変だよな。かなり足にくるというか」

 少しでも場を和ませようとの発言だったのだが、何故か蘇芳は驚きの表情を見せた後、額に手を当てて黙りこんだ。何かまずいことを言ってしまっただろうか。こちらが心配になるような長い時間を置いてから、ようやく蘇芳は口を開いた。

「言いにくいんだが」

「うん?」

「駅と学校を巡回する、無料のスクールバスがある。もしこれから通る機会があったら使ってみるといい」

 スクールバス。

 矢竹は愕然とした。冷静に考えてみればこれだけ大きくて立派な学校なのだから、行き来するバスくらい無くてはおかしい。何故過去の自分がその発想に思い至らなかったのか、今の矢竹はもう分からなかった。

 頭を抱え落胆する矢竹に、同情の目を向ける蘇芳。静まり返るキッチン。


「何してんの? 遅れるわよー」


 何も知らない百合の鶴の一声でようやく二人は硬直から解かれ、慌てて部屋へ荷物を取りに行った。




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