報告ログNo.2 こっくりさん
No.2-1
『こっくりさん』────文字や記号が書かれた紙の上にコイン等を置き、その上に参加する人が指を一本ずつ乗せる。そして呼び出す呪文を唱えるとコインが独りでに動きだし信託を告げるという。
もしルールを破ったのなら、近日中にその人は祟られて死んでしまうらしい。
【報告書ログNo.2 こっくりさん】
「おはよー! 早く起きなさーい!」
朝を告げる女子の大きな声と、何度も繰り返されるノック音で目が覚めた。
いつもよりずっと近い見知らぬ天井。窓から射し込むカーテン越しの朝日。寝ぼけながら身を起こすと二段ベットの上の段で、鳥の囀りと寝息が聞こえてくる。
そうか、ここは自宅ではなかったのだ。矢竹は改めて変化した日常を実感しながら、昨日のことを思い返した。
あの後矢竹は帰ってすぐ、その晩のうちに寮に行くことを親に伝えた。
旧校舎委員会は、メインの活動が夜だ。終わったら疲労したメンバーをすぐに帰らせたいし、巡回する警官に見つかると説明と手続きが面倒だし、田舎の夜道も危ない。なのであの寮に入ることが規則となっていた。
最初は、矢竹の親は旧校舎委員会に入り寮通いすることに猛反対した。だが矢竹がしぶとく食い下がり何度も人助けの為だと言い張ると、最終的には折れて渋々だが了承してくれたのだ。
夜が明けて、荷物を運び入れて、全員と軽く顔合わせをして。
矢竹の人生を変えるだろうあの出来事から僅か一日しか経っていない、そんな今日だった。
「…………おはよう、矢竹。寝起き強いんだな君は」
声がして隣を見ると、同じ二段ベット上段の蘇芳が眠気を振り払おうと頭を軽く振っていた。
「俺、家でも朝早かったんだ」
「それは頼もしいな。……悪いが、他の連中も起こしてくれないか? 手間がかかるだろうから、俺の下の段のは最後で」
「分かった。こっちは任せて顔洗ってこいよ」
「ありがとう、そうさせてもらう」
そう言うと蘇芳はもたもたと梯子を降り、欠伸を噛み殺しながら男子部屋を出ていった。
この部屋には二段ベットが三台平行に並び、奥にクローゼットと勉強机を合体させたものが左右三台ずつ、計六人分ある。蘇芳が寝ていた自分の右のベッド下段は後回しにした方が良いとのことだから、まず矢竹は自分の下の段を起こしに行った。
「起きて下さい、紫苑先輩。朝ですよ」
「やだ……眠いよぉ」
声をかけて体を揺すると紫苑は布団の端を掴みダンゴムシのように丸まった。あと五分、などとお決まりの反応が出来るくらいには目は覚めているようだ。矢竹が懇願を無視して白い布団の固まりを揺らし続けると、やがて紫苑は観念し顔を洗いに行った。それを見送ってから次は先程とは逆の、自分のベッドから見て左のベッドへ向かう。
黒い長髪が枕に広がるベッドに近寄るのは、相手が男子だと分かっていても何だか緊張した。
「…………おーい、柊。朝だぞ……?」
柊はすぐにもぞもぞと動き出した。這い出すゾンビのように右腕が出てくる。だがそこから動かず、体の大部分を布団の中に埋めたまま右手を空中へさ迷わせ続けていた。目覚まし時計かと思ったが枕元にそんなものは無いし、手を上げる位置が高い。
ふと試しにその手を掴んでみるとぐい、と引っ張られた。
「ッ!?」
そのままベッドに頭から突っ込みそうになったが、何とか耐える。矢竹が体勢を維持するため引っ張り返した反動で、柊はベッドから身を起こした。
睫毛の長い瞳は半開きで、今にも再び閉じそうなほど虚ろだ。しばらくぼーっとしていたかと思うと急に目を見開き、そしてばつが悪そうにそっぽを向いた。
「悪い」
「え、いや……」
謝られて咄嗟に何のことか分からなかった。
だが、いきなり引っ張られたのを思い出した。恐らく蘇芳や紫苑に毎朝ああやって起こしてもらっていたのだろう。
「もう分かったから別に大丈夫。次は驚かないから、やっても構わないぞ」
「普通でいい」
短く断ると、柊は逃げるように部屋を出ていく。
あんな仲間に甘える素振りも見せるとは矢竹は思ってもみなかった。コミュニケーションを取りたがらないタイプだと蘇芳から聞いていたが、あれの後だと人見知りみたいにも思えて微笑ましい。矢竹は、柊がクールな一匹狼タイプではないと知れて何だか嬉しかった。
問題は最後の人物だ。寝息も聞こえずぴくりともしない。面倒臭そうな雰囲気がひしひしとする。しかし矢竹はそっと覚悟を決め問題の、自分のベッドから見て右のベッド下段に着手することにした。
深呼吸してから大きく息を吸い込み、叫ぶように呼び掛けながら揺する。
「起きろー! 朝だぞー!!」
揺さぶっても反応が無い。
「もうみんな起きたぞー!」
何度も揺さぶっていたら範囲が大きくなってきて、だんだん横に転がしているみたいになってきた。そこまでやってようやく身動ぎしたかと思えば、広範囲を薙ぎ払うように蹴りをかましてきた。
「うわっ!?」
「いてっ!」
後ろに退いて必死に避けると、彼はその勢いのままベッドの外へと転がり出た。板に激突した鈍い音が響く。床に打ち付けたのか彼は顔の側面を押さえて震えていた。けれども矢竹の視線に気がつくと、バッと起き上がり涙目で睨んできた。
「新入りかよ! もっとちゃんと起こせ、雑に扱いやがって!」
そう悪態をつくと派手な音をたてて部屋から出ていった。
彼は
これで全員を起床させるという一仕事は終わった。矢竹は一息ついて、ようやく自分の顔を洗いに行ったのだった。
「おはよう寝坊助たち。さっさと席に座って!」
矢竹が最初に通されたあのリビングへと向かうと、朝一番に聞いた声の主がいた。
彼女は
「珍しいじゃない? ノック一回目で全員起きてくるなんて」
百合は席に着こうとしていた蘇芳に話しかけた。もう彼は制服をきちんと着込み、朝の気だるげな様子を微塵も残していない。
「矢竹が起こしてくれたんです」
「そうなの? 起こしてくれてありがとね、矢竹! 徹夜明けだとみんな自力で起きてこないから助かるわ。お礼に夕御飯のおかず一品、自信作のをサービスしちゃう!」
「別にいいですよ、大したことじゃないし」
「こっちだって大したことじゃないわよ。いーから受け取んなさい!」
「……じゃあお言葉に甘えて。ありがとうございます」
「楽しみにしててね!」
そう言って百合は一つウインクをして配膳の続きに取りかかった。
百合とすれ違うように入ってきた紫苑が、豪快な欠伸をしながら蘇芳の横に座った。髪はボサボサでパーカーの上にまだ学ランの上着を羽織っていない。
「あ、チーくん。ご飯のとき何か飲む派なら各自で入れてね」
「……チーくんって、俺ですか?」
「矢竹の
「…………了解です」
紫苑に言われるままキッチンへ飲み物を取りに行く。そこで先客がココアを淹れていた。マグカップを手に取ったときの音で彼女はこちらに気づいた。
「あ、おはよッス先輩! えーと、名前……」
「矢竹。倉敷矢竹」
「矢竹先輩! えへへ、すいません。早く覚えるッス」
「ゆっくりでいいよ」
「はい、頑張るッス!」
彼女は
山吹は本当に物忘れが激しいらしく矢竹はまだ名前を覚えられていない。勉強はダメだけれどなんとかやっている、と山吹は笑っていたが色々と不安だ。せっかく後輩となるのだから何かと面倒を見ようと心に決めた。
二人でリビングへと戻ると、桃と柊も起きてきたらしく一気に騒がしくなっていた。
「おい紫苑! オレの卵焼き取るなよ!」
「年功序列~。それに簡単に奪われる方が悪いんじゃない?」
「先輩。桃はこれから育ち盛りなんですからきちんと食べさせるべきです」
「それって暗に今はチビだって言ってないかしら?」
「なんだとぉ!? ケンカなら受けてたつぞ!」
「もうっ。柊食べ始めたわよ? みんなも冷めないうちに食べちゃいなさい!」
和やかな気持ちでその様子を見ていると、裾を軽く引っ張られた。引かれた方へ向くと山吹が満面の笑みを浮かべる。
「へへ。こういうの賑やかでいーッスよね、先輩」
「……そうだな」
こんな賑やかな朝は初めてだ。
誰かを起こして回るのも、沢山並んだバラバラの食器も、ご褒美で増えるメニューも、好みで違う飲み物も。
でも、これから日常になる。
これから矢竹の新しい生活が始まるのだ。
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