No.1-7




「紅茶嫌いじゃない? 大丈夫?」

 キッチンから伸びた手が『お徳用』と書かれたティーバッグの大袋をガサガサと振る。

「大丈夫です。……って、あの、お構い無く!」

「いーのいーの。お茶くらい飲んでってよ」

 そう言うと手は引っ込んでいき、代わりにお湯を沸かす音が聞こえてきた。



 あの後、矢竹は二人に付いていき学校のある丘を、駅とは反対方向に下っていった。

 すぐに竹林に差し掛かり、矢竹は行き止まりかと戸惑ったが二人はずんずんと獣道を突き進んでいく。しばらく緩やかな下り坂の道が続いたかと思うと、中腹辺りで細くて背丈より少し高いくらいの木の林になった途端平地となり、そこからはすぐに開けた場所へと辿り着けた。

 飾り気ない四角い建物があった。

 ベランダは二ヶ所しか付いておらず、寮というよりも大きなプレハブ小屋みたいな印象だった。年数はそれなり経っていたが手入れはきちんとされていた。周りの木が低いので日当たりが良さそうだ。

 それらをぼーっと見ていたら付いてきた先輩にさっさと入るよう促され、今に至る。



 お茶を入れてもらうまで矢竹はやることも無く手持ちぶさただった。落ち着かない気持ちで共同スペースらしきリビングを見回すと、雑誌やDVDやお菓子の袋など生活感のあるものが目に入ってくる。なんだかただの高校生みたいだ、と思っていると玄関を開閉する音がした。

「ただいま戻りました」

「おかえりー」

 礼儀正しそうな落ち着いた声。キッチンにいる先輩にもちゃんと聞こえたらしく返事がした。

「兼春先輩。先生から無事に被害者を送り届けたと連絡が──」

 そこまで言ったところで、矢竹と目が合ったところで彼は固まった。そして会釈をする。

 矢竹も会釈し返したが、予想外の初対面にお互いぎこちない感じがした。

 長身で黒い短髪の、いかにもスポーツも出来る優等生といった外見。いつも穏やかなのだろうと思われる眼差しは、今は困惑の色が見える。彼は気まずさを紛らわすようにキッチンへと声をかけた。

「先輩、俺は客人が来るとは聞かされていませんでしたが」

「言ってないもーん。っていうかさっき会って急に呼んだの」

 彼は頭を抱えるように額に手を当てた。数秒の間無言で悩んでいたが、深刻そうな顔で矢竹の両肩に手を置いて問いかけてきた。

「君は、大丈夫か? こんな適当な人に付いてくるなんて……もう少し危機管理能力を持った方がいい。知らない人に簡単に付いていかないようにと教わらなかったのか?」

「スーくん全部聞こえてるぞー。報告書に書いたでしょ? この子が他人の怪異を見た人」

「君が……いや、いきなりすまない。俺は二年三組、高畑たかはた蘇芳すおうだ」

「え、じゃあ隣のクラスか。俺は二組の倉敷矢竹」

「俺は兼春かねはる紫苑しおん。三年一組でーす。シオン先輩、って呼んで」

 キッチンから出てきた紫苑は矢竹の前に紅茶、机の真ん中にお茶菓子を置き矢竹の向かいに座った。

「ありがとうございます」

「先輩、そういう接待も出来たんですね」

「今日のスーくん本当に失礼じゃない? これくらい出来て当然でしょ~」

 だが真っ先に紫苑が手を伸ばしているのを見ると、どうやら便乗してお茶菓子を食べたかっただけらしい。蘇芳は紫苑の手を叩き落とし矢竹の方にお茶菓子を寄せた。

「そいやスーくん、ケイ見なかった?一緒に説明してほしいんだけど」

「えっ……アイツならもう寝てましたよ?」

「そっか~。ケイくん人見知りだし口下手だし、しゃーないかな」

「あまり柊を甘やかさないで下さい」

「柊?」

「ああ、君は会ったか? すごく美形の長い黒髪の男子生徒だ。アイツは夜須形やすがたひいらぎ、俺と同じクラスだ。先輩は夜須形の形からケイと呼んでいるんだ。適当なとこから取った訓読みのあだ名なんて分からないよな」

「ひいらぎって長いじゃん。シュウくんって感じじゃないし、ひーくんって呼んだら怒るんだよねー」

「悪いヤツじゃないんだが、コミュニケーションを避けようとするタイプなんだ。不快に思ったらすまない」

「不快だなんて、そんな……むしろ助けてもらって凄く感謝してる」

「そうか。それなら良かった」

 最初に心配してくれたことといい、柊を心配していることといい。とても面倒見の良い性格なのだろうと矢竹は好感を覚えた。この人なら旧校舎のことをきちんと教えてくれる気がする。

「さーて、何から説明しよーかな?」

 そんな矢竹の心境を知ってか知らずか、話を始めようとする紫苑の横に今までテーブルの横に立っていた蘇芳が座った。

「俺が説明しますよ。先輩は補足をお願いします」

「えっいいの? スーくん優しい! 先輩助かっちゃうな~」

「先輩だと何を教え込むか分かったものじゃありませんので」

「スーくん優しくなーい……。俺だって、いくらなんでもデマカセ教えたりなんかしないよ」

「適当に置き換えたりするでしょう。俺の作ったピカタを『ムニエルっぽい肉』って言ったこと、俺は忘れていませんからね」

 それは反論出来ないのか紫苑は無言で目を反らした。


「では説明しよう」

 蘇芳は真剣な表情で机の上で手を組んだ。先程の緩やかな日常の雰囲気とは打って変わって、その場が軽く緊張感に満ちた。矢竹もちゃんと話を聞こうと前へ身を乗り出す。

「まずは君が遭遇した現象。あれは怪異と呼ばれるものだ」

「…………怪異」

「俺達のところでは怪異を『魔法・呪術・宗教関連のものを除く非科学的な現象』と暫定している。いわゆる七不思議、怪談、都市伝説など根も葉もないと言われている口承が現実に発生したものだ。ここから先は信じにくいかもしれないが……」

 蘇芳は少し口ごもる。それを継ぐように、紫苑は信じられないようなことを言った。



「矢竹くん。怪異が噂から生まれるって──君は信じる?」



「…………………………えっ?」

「まー、そんな反応になっちゃうよねぇ~」

「にわかには信じがたいよな。だが怪異は噂から発生すると、今のところ考えられている。噂に則って形成されるんだ」

 いきなりそんなことを言われても矢竹にはピンと来ない。この話の信憑性の無さをよく分かっているのか、蘇芳が苦笑して助け船を出す。

「例を出そう。君は口裂け女を知っているか?」

「マスクをしてる女が『私、きれい?』って聞いてきて、綺麗だと答えたら『これでも?』って裂けた口を見せてくるアレだよな?」

「そう、ポマードと三回唱えれば逃げていくと言われているアレだ。有名だな。

 有名すぎておかしい。何がおかしいと言うのだろうか。矢竹が今まで思ってもみなかったことだ。

「情報が多すぎる。一体、何処からポマードが苦手なんて知ったんだろうな。何処からべっこう飴が好きなんて情報を仕入れたんだろうな。面と向かって話しかけたのに100m3秒台なんて、測れる状態までどうやって持っていったんだろうな」

「横にスポーツカーを停めて窓から話しかけた、って話もあるよ~」

 紫苑が茶々を入れるように説を出す。それに顔色一つ変えず蘇芳は反論する。

「止まってた車はすぐに速度出せませんよ。そんなに早くエンジンなんてかからない。そもそも……答えを間違えれば殺されるなんて言ってる奴は、?」

 今までの論の決定打。そして、怪談の定番への決定打でもある。


「そういうことだよ。怪談には普通だったら知り得ない情報が多すぎる。だとしたら怪異を元に噂が流れてるのではなく、と考える方が理に敵っていないか?」


 確かに、矢竹が知っているだけでも『~をしないと死ぬ』や『~をしたら死ぬ』というのは、よくある流れだ。

 しかし。

「じゃあ俺が旧校舎の方から見られてたのも、何かの噂から生まれたって言うのか?」

「……見られていた?」

「そう、昨日の……日付的にはもう一昨日だけど、初めて登校した時に旧校舎の方からたくさんの視線を感じた。見たら何もいなかった」

 その話を聞くと蘇芳はまた考え込んで黙りこくってしまった。紫苑も腑に落ちない顔だ。

「今の話どこか変でした?」

「うん、変だよ」

 直球に返された。てっきり彼らは怪異に慣れきっていて、すぐに答えが返ってくると思っていた。

「旧校舎の人影の話はよく聞くんだ。色んな話があって、実際に窓から人影を見たって噂もある。……でも、ねえ? スーくん」

「その影が目撃者に意識を向けた、どころか意識がある素振りが見えたという報告なんて今までありませんでした」

「だよね。うーん、新しい噂かなあ……? そうだとしたら矢竹くんってかなり相性が良いんじゃない?」

「そうかもしれないですね」

「相性?」

「怪異が噂から発生する、という話は先程したな? 現実に姿を現す、つまり害を及ぼしてくる現象として発生するには切っ掛けがあるんだ。過冷却水が衝撃で凍り始めるような、現象化する切っ掛けが。それが『波長の合う人物』だ」

「肝試しで怪談したら実際に起こっちゃった~!とか、よくある話じゃない? そういうのに相性があるみたいなんだよ。その土地に縁のある人とか、単純に波長の合う人とかね。もうバリバリに相性が良いと、関わるだけで何か出てきちゃうらしいんだー」

「それで……」

「そうそう。顔出ししただけで新しい噂に基づいた怪異が出てくるなんて、よっぽど旧校舎と相性が良いんじゃないかな~って」


 そこまで話したところで、いきなり椅子を倒れそうな勢いで蘇芳が立ち上がった。


「ど、どうした?」

「…………なあ、倉敷。十三怪談の件だが、誰かと噂をしていたのか?」

「クラスの女子三人と、した。那智さんと嘉木森さん、あと綾小路さん」

「先生が車で送り届けたのはどの子だ?」

「……嘉木森さん」

「嘉木森さんか。じゃあ怪異に遭った最中、嘉木森さんとは何か話をしたか?」

 苦いものを思い出しながら、矢竹は首を横に振る。

「出来なかった。止めようとしたんだけど、声をかけても何も応えてくれなかったよ」

 それを聞いて察したのか紫苑がパッと蘇芳の方を見る。蘇芳も神妙に頷いて返し、深刻な病を宣告するような瞳で矢竹の目をじっと見た。

「落ち着いて聞いてくれ」

 嫌な予感がする。矢竹は何となく分かっている。こんなことを言われるときは悪い知らせが伝えられるものだと、分かっている。



「今の話を聞く限り、君は────君の生み出した怪異に、彼女を巻き込んでしまった可能性が高い」



「…………巻き込んだ?」

「ああ。発生した怪異は、基本的に他人から察知されない。人気のある場所で助けを求めても誰も気がつかないのはこういう隔離性があるためだ。察知出来るのは元から行動を共にしていた人物や、怪異の発生を事前に認識していた人物だ」

「つまり発生させた人と一緒にいたり前から怪異を知ってなきゃ、怪異が起こってること自体に気づかないよってこと」

「俺に気づかなかった嘉木森さんは、発生させた人ではないんじゃないかってことか?」

「そうだ」

「俺が、旧校舎と相性が良かったから、十三怪談の噂が現実になった?」

「そうだ」

「…………俺が、俺が嘉木森さんを、あんな危ない目に遭わせたって言うのか?」

「そうだ」

「蘇芳!!」

 紫苑が窘めるように呼ぶ。だが蘇芳は黙らなかった。



「倉敷、俺達と一緒に働かないか?」



 唐突な話の展開に、矢竹は上手く言葉が出ない。

「俺達は旧校舎委員会という学級組織に所属しているが、それは隠れ蓑でしかない。実際は防衛省所属の怪異隠蔽課、高校安全係。つまり俺達はお役所仕事でここにいるという訳だ。発生する怪異を、誰も巻き込まれないうちに駆除する仕事をしている」

「駆除……? 出来るのか?」

「出来る。というか、柊が君の前でやって見せたんじゃないのか? あのように現実に発生した怪異を停止させることで、一時的に発生までに至った噂を分散することが出来る」

「……ずっとは消えないのか」

「旧校舎はあの見た目だろ? 噂が絶えないんだ。本当は旧校舎を取り壊せればいいんだが……あの旧校舎は

「…………………………ッ!?」

「旧校舎自体が怪異という訳だ。旧校舎を調査して破壊することが俺達の最終目標になるな。そこでだ。現在、俺達の方で旧校舎の噂を発生にまで至らせる人材がいなくて困っている。他の誰かが巻き込まれる前に怪異を発生させて叩き潰すんだ。────どうだろう? 噂を語り、怪異を現実のものにする『語り手』になってもらえないだろうか?」


 矢竹は興奮のままに立ち上がった。背中に押された椅子が勢いよく倒れ、床で凄い音が鳴る。

「やる! 俺、その仕事やるよ!」


 威勢の良い返事に、蘇芳は悪戯っ子のようにニッと笑った。

「決まりだな」

「そんなこと勝手に決めちゃっていいの~? いつの間にそんな悪い子になったのさ」

「俺は最初から悪い子ですよ、先輩。……もちろん先生には俺の方から推薦しますが、これほど質の良い『語り手』です。絶対いけますよ。喉から手が出るほど欲しい逸材です」

「…………本当にタチの悪い子になっちゃったなぁ」

 そう言うと紫苑は困惑が半分、心配が半分といった複雑そうな表情で矢竹の顔を覗き込んだ。

「本当にいいの? 即決してたけど、危ないこともいっぱいあるよ?」

「大丈夫です、俺やります!」

 危険など全く構わなかった。

 必要とされているのならそれに応えたかった。

 林檎を巻き込んだ罪滅ぼしになるならそれで良かった。

 これから死ぬかもしれない誰かを救えるなら、矢竹には些細なことに過ぎなかったのだ。




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