No.1-3
あれから次の日。
矢竹が登校すると机の中に手紙が入っていた。ルーズリーフを畳んだだけのシンプルなもの。
昨日の今日で嫌な予感がした。思わず挙動不審に衛が周りに居ないことを確認し、深呼吸してからそっと机の下で紙を開いた。そこには、
『放課後、校舎裏に来て下さいませんか』と書かれていた。
宛名は無い。送り主の名前も書いてない。
だが昨日の出来事と書いてある内容で察しはついた。
この簡潔すぎて直裁で、他の大事なことが抜けている文章。ついでに言えば字体が丸っこくて可愛らしい字で、とても彼女らしい。
送り主が登校してきたら確認しようと思っていた。だがその前に衛が登校してきてしまい、結局聞けず仕舞いになってしまった。
落ち着かない気持ちで授業を過ごし、放課後。矢竹は手紙に書かれていた通り校舎裏へと赴く。
そこにはやはり予想していた三人がいた。
「よくぞ出向いたな竹ちゃん。ご苦労であった~」
「いきなり呼び出してすみません。円城寺さんに見つかるとまた怒られてしまうものですから」
「ごめんね倉敷くん!林檎が手紙送り付けてたなんて今の今まで知らなくて……! あーもう、嫌だったら無視して帰ってもいいんだからね!?」
三者三様で出迎えられる。
昨日のやり取りしか見ていないのだが、すでに彼女達らしい反応だなあと思うところがあり矢竹は少し微笑ましくすらあった。
「呼び出しはいいんだけど、せめて誰からかくらいは書いてほしかったな」
「ちょっと林檎!?」
「ご、ごめんなさい! 私ったらまた伝えようとしたことしか……」
「またか~。りんりん、実は言わなくても分かるだろ?みたいな俺様系かよー」
「違います! 私そんなのじゃありません!」
「じゃあ天然高飛車お嬢様系?」
「ちーがーいーまーすー!」
「はいはい、話脱線してるから戻して! 要点以外うっかり忘れちゃうのも今後気をつけるとして! それよりも、よ。何で倉敷くんを呼んだの? わざわざ来てくれたんだから、悪いと思ってるならあんまり時間を取らせない!」
「あっ、そうですね! すみません矢竹さん! あの、実はですね……」
そう切り出しても林檎ははにかんでなかなか言い出さない。だが焦れた紅子が林檎の背中を軽く押すと、意を決したように一つ頷き話し出した。
「矢竹さんを旧校舎にお連れしたいと思いまして!」
「…………は?」
どうやら紅子が促していたのはこの言葉ではなかったらしい。紅子は固まって動かなくなるが、林檎は気がついてなどいない。
「三人共、十三階段という怪談を聞いたことはありますか?」
「俺はないな」
「うちも~」
「ではご説明します! 十三階段とはよく学校の七不思議に数えられる怪談の一つです。学校の中に一つだけある12段の階段が夜中になると13段になっているという話で、細かな相違点としましては13段目の天井から首吊り用のロープが下がっているという死刑囚の処刑方法にちなんだものや、13段目を踏むと冥界へ連れ去られるというものがあります」
「へえ~」
得意気に語る林檎は嬉々としていて、本当に楽しんでいるのが見ていて伝わってきた。よほど怪談が好きなのだろう。身振り手振りを交えて一生懸命説明をしてくる。
「おっけー。十三階段ってヤツは分かった。んで? それが何だって?」
「はい! その十三階段がですね、あの旧校舎にあるという噂を知り合いから聞いたんです。なのでそれを見に行きましょう!」
そこでポンと、矢竹は肩に手を置かれた。
振り向くと紅子がいた。途中から復活していたらしい彼女は、深々と溜め息をつきながらゆっくりと首を横に振る。
「いいよ倉敷くん、断って。この子達はほんっとに我を曲げないし話聞かないけど、嫌な時は断るなり無視するなりした方がいいよ。言わなきゃ察しもしないんだから」
「えー?紅ちゃんお堅い~」
「お堅い~じゃない! 昨日円城寺くんから叱られたばっかでしょ? 危ないから入っちゃ駄目なの!」
「いいんちょ今ここにいないし、ちょっとくらいさ~いいじゃん」
「良くない!」
「面白そうじゃね? 行くだろ竹ちゃん」
「私からもお願いします。矢竹さん、駄目ですか?」
「あんたらしつこくしないの!いい加減に、」
「俺は別にいいよ」
「いいの!?」
「やったー! 話の分かる男~!」
「ありがとうございます!」
昨日の出来事が怖くないと言ったら嘘になるが、矢竹としては少しでも旧校舎の情報が欲しかった。衛のいない場所で林檎から聞くのも良し、旧校舎に入って手がかりを手に入れるのも良し。
どちらにしろ、このまま何も分からないままというのが一番嫌だった。
「ほ、本当に行くの倉敷くん……?」
「うん。えーと…………断らなくてごめん?」
「いや別に、倉敷くんが本当にそれでいいなら謝ることなんてないんだけど……大丈夫? もうちょっと自主性とか持った方がいいよ」
「そうか? そんなこと言われたのは初めてだけど……」
「ほら早速行こうぜー」
「善は急げです!」
「ちょっと、引っ張らないで!っていうか立ち入り禁止の場所に入る時点で善じゃないからー!!」
こうして二人の勢いに流されるまま、矢竹は半ば強引に旧校舎に引きずり込まれていった。
「あれ?」
旧校舎の古びた昇降口を抜けると、紅子が疑問の声をあげた。
「どうかした?」
「なんか違和感がして。何かは分からないんだけど」
「よく分かんねー紅ちゃん。先行っちゃうぞー」
「ちょっと待ってよ…………何だろ、気味悪い」
矢竹は何も感じなかった。だが、紅子には何か思うところがあったらしい。旧校舎なんて立ち入り禁止の場所に自ら入らないだろう紅子が感じる違和感とは一体何だろうか。
辺りを見回しても矢竹には検討がつかなかったので、とりあえず細かく質問して徐々に答えに近づくことにした。
「ここには今まで入ったことはないんだよな?」
「うん、一度も無い」
「昇降口の構造が変だったとか?」
「……別に、ちょっと古いけど普通の昇降口だと思う。倉敷くんもそう思うでしょ?」
問い返されて矢竹はそれもそうだと思い直した。確かに先程見回したときにも、古いけど変哲ない昇降口だと感じた。
「じゃあ、変だと感じたのはここに入った時?」
「そう、入った時に…………ってああッ!?」
紅子が勢い良く俯いていた顔を上げる。覗き込んで質問していた矢竹は危うく顎に強烈な頭突きを食らうところだった。
「何で入れてるの私達! 立ち入り禁止でいつも鍵がかかってるのに!?」
紅子によると普段、旧校舎の昇降口には鎖が巻かれ南京錠が取り付けられているらしい。濁って中が良く見えないガラス張りの両開きの扉。それを先頭の林檎が、あんまりにも自然に開けていたものだから気がつかなかった。
「……誰かが開けて中に入ってる?」
「絶ッ対に旧校舎委員会じゃない! さっさと帰るわよ林檎、さやか!」
紅子がバッと顔を向けた先には、誰もいなかった。
「行っちゃったの!?」
そういえば、さやかは先に行くと言っていたし、林檎は紅子が疑問符をあげた時にはもういなかった気がする。
「どうしよう……見つけたしてもメールしても『まだ探してねー』とか『見るまで帰れません!』とか言って簡単には引き下がらないかも…………」
そう言って紅子は頭を抱えた。矢竹にはおろおろと心配することしか出来ない。
だがやがて覚悟を決めたようにキッ、と前を見据えた。その勢いのまま矢竹の方を向く。
「倉敷くん!」
「はい!」
紅子の剣幕に思わず敬語になってしまう。
「左の校舎を探して、私は右を探すから! どっちか見つけ次第パパッと階段を調べさせて! ぐずらないようだったら早めに回収、旧校舎委員会に会わないうちに引き上げるよ! 急いで!」
「わ、分かった!」
その剣幕に流されるまま、入った時と同じように忙しなく紅子と別れた。
だが、これは好機だ。
探索して旧校舎の手がかりを見つける絶好の。
林檎だけなら旧校舎はそんなに広くないしすぐに見つかるだろう。相手が向かうのは階段だと分かっているのだし。
そうと決めると、矢竹は昨日遭遇した記憶を振り払うように両手で頬を一回叩き、ひとまず手近な扉を開けるため手をかけた。
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