第7話 マルくんとメイちゃんの悩み

「お前は、妹たちを殺すことができるのか?」

 その言葉はひやりとした部屋の空気にじわりと広まり、そしてすみの暗がりへと吸い込まれていった。

 言葉同様に冷たい印象の銀髪、するどい目つき、長身で引きしまった細身の派閥の長、ユーリ・グレイブリッツは、その配下であるカリウスをじっと見つめた。

「それがご命令とあれば」

 だが長らく彼を使っていても、その無表情な仮面の下を推し量るのは難しい。カリウスの模範解答に対しても、それは同様だった。

「ふむ」

 ユーリは長い脚を組み替え、肘かけに体を預けて、あごの辺りをさすりながら思案する。

 いつもであれば、カリウスに忠誠を問うようなことはしない。忠誠を疑うような行動を、そもそも取っていないのだから。

 しかし現在この国は、史上まれに見る事態におちいっている。それがユーリを思案に誘う。

 まず、複数の白の言環理師が同時代に出現するということが、過去にそういく度もない事態だ。そして、その過去のまれな例は、すべて国の大動乱につながっている。

 ノーム王国は、絶対帝政と言うほどには権力が集中していない。辺境地域が大陸中央の大国に対抗するため、諸侯が協力し一つの国となったという成り立ちで、地方自治の精神が色濃く残っている。王家直轄領が一番大きく、財政が豊かなため、抱える戦力、言環理師の数という点では王宮騎士団が最大規模だ。しかしその差は、有力諸侯が手を組めば十分ひっくり返せる程度。

 そのような中で、親族、あるいは領民から白の言環理師が出ると、その派閥は発言力が一気に増す。さらに複数の白の言環理師が生まれれば、権勢の綱引きが始まり、おのずと状況は不安定になる。

 そして、大動乱である。なぜかそのような時代には、近隣大国との戦乱が必ず起きた。そして、その後に、国内の権力構造ががらりと変わってきた。一番有名なのは、白ばかりか黒の言環理師までが出現し、内乱となったダンクルの戦役だ。現在の王朝はその時に政権交代を果たした。今回もそれの予兆なのではないかと、まことしやかにささやかれている。

 そういった過去の事例から、白の言環理師を抱える派閥の間で、どこが次世代の覇権をにぎるかという対立が深まっているのである。

 そのうちの一人を、本来政治的野心とは無縁だったハービル修道院がかくまっている。これが事態をさらに複雑にしている。

 修道院育ちの言環理師は、グレイブリッツ、ロードフォートどちらの陣営にも、幾人もいる。王宮騎士団にも多い。そうして戦力を供給してきたからこそ、どこも修道院に多大な寄付を行ってきたのである。そして修道院はいずれかの派閥に片寄らぬように、育てた言環理師を斡旋してきた。修道院が言環理師を抱え込み、一つの派閥のようにふるまうことは、今までなかった。政治的中立は、修道院が多くの派閥から支援を得るために必要なことだったからだ。

 だが、修道院に白の言環理師が身を寄せたのも初めてのことだ。修道院がこれを機会に権勢を求めたということもありうる。

 そうなっている現在、修道院育ちの言環理師を、どこまで信じていいものか。現在の主に忠誠を誓うのか、それとも育った自分の家に思いを寄せるのか。それがユーリの思案の元だ。

 じっと見つめる視線の先で、カリウスはあいかわらず無表情のまま。

 カリウスは、今まで任務に私情をはさんだことはない。どのような命令を下されても、ぐちの一つも言ったことがないと、組織の中でも評判だ。その表情のなさはいつわりではなく、本当に感情が薄いのだと思われている。

 修道院に集められた子供たちは、戦災孤児であったり貧困家庭から捨てられた子供であったり、複雑な生い立ちを持っている。あの神職らしからぬ修道院長、ジョージ・ハクストンは、そのような子供たちに疑似家族を作り、愛情を与え、育てようとしている。その愛情で、子供たちの心の傷をいやそうとしている。

 だが、カリウスに対しては失敗したようだ。氷のごとき、冷たく感情のとぼしい戦闘機械。それがカリウスの評判だった。

 根拠の薄い憶測で、有能な部下との関係をこじらせることもあるまい。ユーリ・グレイブリッツはそう判断し、声色をゆるめた。

「まあその前に、やつらがかくしていた、アレニウスのかぎつけた何か、それを知る方が先だな」

「はい」

「結局手がかりはなかったか」

 うなずくカリウス。ユーリは舌打ちした。

「アレニウスのやつめ。証拠一つ残さないのは有能の証だが、組織にさえ秘密にするのであれば有害だ。肥大した功名心で手柄を独り占めしようとする悪癖は、強くとがめるべきだったが……そうしてこなかったのは俺のあまさか……」

 それにはカリウスは反応を示さない。同僚をおとしめる評価は口にしない。安易に主人を持ち上げて、ごまをするようなこともしない。出世争いには距離を取る、その性質が好ましく、ユーリはカリウスを重用していた。それがアレニウスの嫉妬を呼び、悪癖の発露をいざない、今回の事態を招いたとも言える。その尻ぬぐいをカリウスがしなければいけないのだから、皮肉なものだ。

「やつはロイ・プランクルに対し、他の者にはまったく告げず勝手にわたりをつけて、結局殺害してしまった。部下を同行させていたが、アレニウスの独断専行とは知らなかったようだ。アレニウスはそのまま姿をくらまし、アリス・プランクルのもとへと向かった。勝手な行動の釈明をすれば、理由を話さなければいけなくなる。それをいやがったと思われる」

 これは誰が見ても妥当な推測で、カリウスはうなずいた。

「逆に言えば、成功すれば勝手な行動でも不問にされるという、目算があったのでしょう」

「それだけの重要案件だった、ということだな」

 今度はユーリがうなずいた。主人と部下の推測は、この点では完全に一致している。

 そしてお互いわかっているけれど口にしない、この先のいくつかの推測がある。それだけのこととなると選択肢はそう多くはない。ただ、推測はあくまで推測。重要案件であることは確実なので、軽々しく口にはできない。まちがった思い込みにとらわれる危険は、避けなくてはいけない。

「とにかく、詳細を知る必要がある。これは我々にとって大きな利益をもたらすことのはずだ」

 ユーリの声に冷たい鋭さが増した。

「そのためには、修道院派と事を構えることも辞さない。例えお前の妹たちを殺すことになっても……だ」

 推測のうちの一つは、その言葉に見合う重さを持っていた。

 だからカリウスは、主人のその言葉にうなずいた。

 やはりまったく、表情を変えずに。



「ただいまー」

 玄関からマイラは声をかけた。すぐに、ぱたぱたとかわいらしい足音が出むかえる。

「マイラ、ケーキあるよ!」

「私が作ったの」

 ひょっこり顔を出したマルトとメイの二人は、お帰りという言葉もそこそこに、興奮気味に話しかける。二人がそう告げる前から、玄関にもかすかにただようあまいにおいがケーキの存在を知らしめていた。メイのトレーニングで作らせると、サキにも聞いていた。なるほど、この二人の様子だと、かなりうまくできたようだ。二人はマイラの腕を取って、さらにアピール。

「ねえねえ、マイラ、おなかすいてるよね!」

「マイラの分、取ってあるよ」

「どれどれ。メイはどれくらい腕を上げたのかな」

 その様子にほほえみながら、そのまま二人に手を引かれ、マイラはテーブルに着く。二人はそのまま、給仕に入る。いつもとちがい、もう至れりつくせりだ。マルトは座る時に椅子まで引いてくれる本格振り。マルトが働く姿がかわいくて仕方ないマイラは、もうこの時点でほくほくだ。

「マイラ、何飲みたい?」

「やっぱり、ケーキには紅茶かな」

「はーい。メイちゃん、メイちゃん、出番だよ。お湯わかして!」

「えっ?」

「大丈夫! メイちゃんならもう簡単だよ。ケーキもちゃんと焼けたんだから」

「う、うん」

 おっ、とマイラはメイの顔を見た。メイはまじめで完璧主義なので、料理に言環理を使うことに慎重だった。マイラなんかは子供のころ、「大丈夫! できるよ!」と自ら手を挙げ、大失敗に周りを巻き込みながら上達してきたのだが、メイは絶対そんなことはしない。

 そのメイが、マルトに背中を押されたとはいえ、言環理を使おうというのだから、今日のケーキ作りでかなり自信をつけたとみえる。

 メイが紅茶セットを運んできた。そしてポットに茶葉を用意。やかんに水をくむ。

 まずメイはカップに手をかざす。おいしい紅茶をいれるには、温度が重要だ。器もきちんと温める。メイが言環理をつむぐ。

「ケルヴィン卿とボルツマンの名においてお言環理します。高きはより高く、低きはより低く、拡散と収束、混沌と秩序、その流れ、その営み、我が手に委ね給え」

 本日何度も使った、加熱の言環理。ぱっと見、カップに変化は見えないが、マイラには、メイの術がきちんとちょうどいい温度にカップを温めたのがわかった。

 さあ、次はお湯をわかす番。ここからが難しいところ。

 加熱するだけなら難しくない。「ちょうどよく加熱する」のが難しいのだ。極端な話、まったく制御できずにフルパワーで熱を発生させてしまった場合、そこで起きるのは、水がすべて気化してしまう水蒸気爆発だ。

 百度のお湯が必要だ。だが水蒸気はいらない。本当に能力の高い言環理師がこの技を使うと、コンロでわかせたのとはちがって、水は泡をほとんど立てることなく百度に達する。水の温度を全体的にムラなく百度すれすれにするために、水中で気化が起きないのである。

 メイにはさすがにそこまですることはできない。だが、ことこととわき立つお湯は、過剰に水蒸気を発生することもなく、ムラなく温度を上げているようだ。

 ポットにメイがお湯を注ぐ。茶葉がお湯の中で踊っている。くるくるくるくる、ロンドを舞う。メイはその間にも細かく熱を与えている。ほどよく蒸らされ、紅茶のいい香りが、ふんわりただよう。

「どうぞ」

 メイがマイラの前に紅茶のカップを差し出した。そこにマルトが台所からもどってくる。

「ケーキ持ってきたよー! さあ食べて、食べて!」

 マイラの前に紅茶といっしょに並べられたベイクド・チーズケーキ。なるほど、これはなかなかのできばえ。

 マイラ自身、言環理で熱をあつかうのはお得意の、赤の言環理師である。見ただけでも、このケーキがうまく加熱されているのがわかる。本当に小さなおこげと小さなダマが、ひとつふたつあるけれど、これは十分合格点の範囲。何より、以前に比べて長足の進歩だ。

「はい、フォークはこちらです」

 マイラができばえをじっと観察していると、メイは当然それが気になる様子。その分、マルトがかいがいしくお給仕してくれる。

 マルトも自分のことのように、マイラの評価が気になるようだ。早く食べて食べてと、そわそわしながらこっちを見ている。ただ、結果がどっちに転ぶか心配なメイとちがって、マルトはマイラの評価がよいことを信じきっているようだ。おいしいよ。おいしいから。わくわくした表情がそう物語っている。

 まあ確かに、この香り、この出来栄え。十分おいしそうだという予想は……。

 そこでマイラはふと思いついた。

「ねーねー、マルくん。今日も疲れちゃったよ。食べさせてよ」

 あまえた声でマイラはマルトにそう言った。予想外のマイラの一言に、マルトはびっくりした様子。

「早く、早く。あーん」

 マイラは側に立つマルトにしなだれかかって口を開ける。マイラにあまえられていると気づいて顔を赤くしたマルトは、お給仕気分がふっとんで、いつもの調子で抗議する。

「大きな仕事じゃないって言ってたじゃん!」

 そう、会議をして、お昼を食べてから向かったマイラの本日の仕事は、街中のちょっとした手伝い仕事だった。街をはなれた場所での山賊退治のような体力を使う、ぐったりして帰ってくるようなものではない。顔色からしてつやつやと、疲れなんかまったく見えない。

 でもマイラはかたくなに言い張る。

「大きな仕事じゃなくても、疲れる時は疲れるんだよう。ああー、疲れたあ。フォークを持つ手が上がらないよう。ケーキ食べられないー」

 もう最後の方は発音も一本調子の棒読みで、うそなのはばればれ。ケーキを食べてほしいマルトの気持ちを人質に取って、あまえる気満々。そもそも本心をかくす気もない。むしろかくさないことで、プレッシャーをかけにきている。

 その言葉にメイが不安そうな顔をする。せっかくうまくできたのだ。マイラにも食べてほしいのである。マイラがマルトにあまえているのだ、ということはわかっているが、万が一すねてしまった時のマイラの子供っぽさが心配だ。マルトが応えず、それにへそを曲げたら、マイラは本当に食べてくれないかもしれない。メイの言葉なき救いを求める視線が、さらにマルトにプレッシャーをかける。

 マルトは振り返り、ちょうど様子を見に来ていたサキを見やる。サキは言葉なく目を閉じて首を振る。マルトの言葉なき救いを求める視線は、あきらめなさいという言葉なき返答に会った。

 万事休す。

 肩を落として、マルトが折れた。

「もう……仕方ないなあ」

 マイラの顔が、子供のように勝利の喜びでかがやく。

 マルトはケーキをひとかけら、フォークで切り取ってマイラの口元に運んだ。マイラは本当にもうこれ以上ない満面の笑みで、口を開けてケーキをむかえ入れた。

 そこでふと表情が変わる。

「お、本当においしい。腕を上げたねメイ」

 一口食べて、するりと出てきたおほめの言葉。けっこういい出来なんだろうなという予想以上の、いい出来栄え。

「そ……そうかな」

 そう言いながら、メイはとてもうれしそうにはにかんだ。あまえられて恥ずかしがっていたマルトも、このおほめの言葉に大きくうなずく。

「本当においしいよね。ぼく、おかわりもしたんだよ! メイちゃんにももらっちゃった!」

 この言葉が余計だった。

「え?」

 おいしさのあまり、フォークを返してもらって自分で食べようとしていたマイラが、マルトを振り向き、表情をくもらせる。

「マルくんは、これをおかわりしたの?」

「う……、うん」

 マイラの声色の変化におかしな様子を感じて、マルトがたじろぐ。

「まだこれ以外に残ってるの?」

「え……えっと、ナーナの分なら……」

「他には?」

「ない」

「それはずるいよ、マルくん! ちゃんと私のおかわりの分も残しておいてくれないと!」

そう言うとマイラは、ぷーっと頬をふくらませた。困らせてやろうという新手の作戦なのか? と一瞬マルトは思ったが、どうやらこれはからかう調子ではなく、本気の様子。

「ご……ごめん、マイラ」

「こんなにおいしいのに……おかわりはマルくんが全部食べちゃったなんて……私だって食べたいのに……」

 もしゃもしゃと残りのケーキを頬張りながら、マイラは涙目。大人なのに、本気の涙目である。マルトはおろおろ、メイもおろおろ。本気だからマイラの子供っぽさはタチが悪い。


「それでメイにもう一度焼いてもらったの?」

 あきれ声でナーナが言った。

 ナーナが帰ってきたのはマイラより遅く、夕食直前だった。なので今、デザートとしてメイのケーキを食べようとしているところ。

「うん! ナーナの分も取っておいたよ!」

 それは食卓の上を見れば、すぐわかる。ナーナの前にケーキが二つあるからだ。

「そんなわがまま言って……。確かに言環理の方が速く焼けるけど、むしろ大変なんだから」

 マイラに苦言をこぼすナーナに、メイが言った。

「あ、でも、それだけ食べたいって言ってくれたら、うれしいから……」

「そうなの?」

「うん」

 メイはうなずく。気を使っているふうではない。

 本当にいい子だとナーナは思った。喜んでくれるだけでがんばれてしまう、とことん人につくすたち。将来変な男に引っかかったら苦労しそうで、心配なぐらいだ。でも本当に本人はうれしかったのだろう。充実感が顔に出ている。

 それにしてもだ。ナーナはぽそっとつぶやいた。

「食後にケーキ二つは重いなあ……」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

 そのつぶやきを聞きつけて、三つの口から声がもれた。だが、声色は少しちがう。

 メイの声は食べてくれないのかなという不安。二度目のケーキは、自分でもうまくできたと思えた。ぜひ食べてほしいのだ。

 残りの二つは、さらにケーキを食べるチャンスを聞きのがさなかった食いしん坊二人組。マルトとマイラの声だ。

「ナーナ、おなかいっぱいで食べられないの? じゃあ、ぼくが食べてあげる!」

「私も、私も! ちょうど二つあるしね!」

「あんたたちは、ほんとに……ああ、大丈夫だよ、メイ。お味見はちゃんとするから。二人は二つとも食べかけになるけど、いいの?」

「いいよ!」

「全然OK!」

 ナーナの言葉にメイはほっとした様子。マルトとマイラはほくほく顔。苦笑いしながら、ナーナはフォークを取った。

「こっちのお皿が最初に焼いたやつね」

「うん」

 まずは一つ目のケーキを味見。みんなと同じように評価は上々。若干の技のゆれは見られるけれど、上出来だ。

 そして、二つ目のケーキも一切れ。

 おどろいた。

 一つ目の時点で、このあいだ作ったものよりずっとうまくできていて、メイの努力のあとがうかがえた。それだけでも、十分にほめられるものだった。

 ところが二つ目は、それをはるかに上回る出来栄え。大人が作るものと遜色ない。

 口元を押さえて、じっとケーキを見つめる。この二つはどちらも今日の午後作ったもの。その間、数時間しかたっていない。なのに一度作って手慣れた以上の進歩が見られる。それは、一体どこから来たものか。

「ねえねえ、二つ目の方がもっとおいしいでしょ? すごいよね!」

 声をかけられないメイに代わって、マルトが身を乗り出してたずねてきた。自分が作ったわけではないのに、わがことのように自慢げだ。そんなマルトの言葉に、メイはうれしそうに照れた様子。

「……なるほど、君か」

「え?」

「何でもない。うん、メイ、すごいよ。一つ目もおいしかったけど、二つ目はさらにおいしい。これならお店に出してもいいかも。明日から試しに並べてごらん」

「えっ」

「すごい! やったね、メイちゃん!」

 マルトはメイの手を取って、ぴょんぴょんと飛びはね、喜んでいる。いきなりのマルトの行動に一瞬おどろいたメイは、はにかみながら、小さな野花が花開くように、その顔をほころばせていった。

 それを見つめる三人の姉たちは、みな同じことを思っていた。

 メイ本人には白の言環理師であることは告げていないが、準備をおこたるわけにはいかないので、いろいろな機会にトレーニングを積んできた。三人それぞれが指導を重ねてきたのだが、メイには一つ欠けているものがある、というのが共通の見解だった。

 白という色の種類だけではなく、メイの才能はその質、量でも群を抜いている。まじめな性格が、それをきたえる豊富な練習量も生んでいる。そこまではまったく申し分ない。ただ、能力を花開かせるのに欠けている最後のピース。それが自信だった。

 まじめさが完璧主義を呼び、また、周りに凄腕の言環理師がそろっていたこともあって、メイは自分に自信が持てないでいた。子供は周りが見えず、自分の力を正確に推し量ることができず、その結果、逆に謎の自信に満ちあふれていたりする。最初のうちはむしろそれでいいのに、メイはちがう。まだまだ自分は全然だめ。みんなみたいにうまくできない。それは術のさえをにぶらせ、それがまた、自信を育むさまたげとなっていた。

 そのメイに、自信を与えたのは、マルトの素直で純真な称賛だ。まっすぐにほめて、いっしょに喜ぶ。気づかいもおせじも一切なし。それがメイの背中を押したのだ。

 マルくんが来て、その愛らしさに私たちはやられてしまっているけれど。

 メイもある意味、やられちゃったのかもしれない。

 引っかかったのは変な男ではなく、彼女に必要な大切な男の子だったんだなと、ナーナは二人をほほえましく見つめた。

 ロイとアリスの二人が、私たちにマルくんを残してくれてよかった。

 ナーナだけではなく、マイラもサキも、そう思った。

 この時は、そう思っていた。


〈続く〉

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