第3話あ、ありがとう
「あ、ありがとう」
その人はふざけてわざと低い声で笑いながらそう言った。
それが初恋だった。
小学4年の頃、クラブ活動という時間が週に一度あった。4年生から上の学年で、私は、いろんなクラブの中から友だちとマンガクラブを選んだ。
先生から渡されたプリントを配った時に、彼にこう言われた瞬間、恋をした。
名前もクラスも知らない、週に一度同じ教室で一時間、マンガを描く時間だけが彼といられることができる唯一の時間だった
私は、彼を王子さまと呼んでいた。当時流行っていたマンガ「キャンディ・キャンディ」のキャンディが初恋の人を丘の上の王子さまと呼んでいたから。
マンガを描くフリをしながら、友だちとじゃれ合っている王子さまの横顔を気付かれないように、そっとみつめていた。
そのまま一年はあっという間に過ぎ、王子さまは中学校へ行ってしまいました。
そのままずっと王子さまが好きでした。
私が中学一年生になり、入学してからも王子さまを探す毎日でした。 名前も知らないクラスもわからないのは小学校のときと同じ。変わったのは、私の心がもっと…もっと王子さまを思っていたことでした。
文化祭で王子さまを見つけました。
因幡の白ウサギの劇で大黒さまの役でした。
サメをだまして皮を剥がれたウサギを優しく助ける大黒さまの役。そして最後はお姫様と結婚して腕を組んで最後の歌を全員で歌っていました。お姫様役は私の中学の部活で大好きなカワイイ先輩でした。
自分がちっぽけでみっともない、先輩と付き合ってはいないけど、とってもお似合いだったことが、どんどん自分をみじめにしていきました。でも、その劇のおかげで名前はわかりました。
名前はわかったけど、思いを伝えることはもちろん、話すことも、それ以来声を聞くことさえできないまま、卒業式を迎えました。
恒例行事で卒業式を終えた卒業生が、一年生と二年生が並んだ花道を笑顔で通り過ぎて校門を出ていきます。先輩の名前を呼ぶ声や、叫ぶ声、そんな中王子さまはやっぱり、友だちとじゃれ合いながら、私の前を通り過ぎていきました。
校門を出た卒業生たちは川沿いの道で写真を取り合ったり、目立つ先輩は後輩たちに詰め襟のボタンをねだられていたり…
もう最後…もう最後…
王子さまを探していた私の足は自然に走り出していた。
友だちと話している後ろ姿を見つけた。
そして…そして…
追い越すフリをして隣に並んでみるのがせいいっぱいの一瞬…3年間の思いがあふれてきました。
こんなに背が高い人だったんだ。
こんな声だったんだ。
3年間好きだったのに、初めて知ることばかりでした。
この日で私の初恋も卒業だったわけです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます