第4話ふたり乗り
もうひとつ恋のお話。
初めて先輩を見たのは、高校一年生の夏の帰り道。田舎の高校だったので、周りは田んぼばかり。電車も乗り遅れたら30分か1時間待たなければならないようなところでした。
「あれ?3組のヨウコ違う?」
「3年と付き合ってんの?」
先輩は3組のヨウコちゃんと手をつないで歩いていました。
へぇ〜?そうなんだ…ぐらいに思っていました。
いつから先輩を好きになったのかはわかりません。彼女もいるんだし…。ただ本数の少ない電車で一緒の車両になったり、下駄箱が近かったりして見かけることが多かったと思います。そして気がつくと先輩を目で追うようになり、卒業間近になって好きなんだと気がつきました。
私と同じ小学校の同級生に先輩の弟がいたこと、理系のクラスにいること、そして…ヨウコちゃんと別れたこと…私が知っていることはそれだけでした。
その頃はもちろん携帯電話もありません。ただ全学年生徒の住所と電話番号が乗った名簿を全員持っていました。
友だちと気になる男子に電話する時、なぜか台本のようなものを作りました。
本人が出た場合、家にいない場合…。聞く内容は、誕生日、好きな色、付き合ってる人がいるかどうか…などなど、箇条書きにしてメモを片手に電話したものです。失礼な話だけど自分の名前なんて名乗ることは、本人が出た場合、ほとんどなかったかな。相手に名前を知られるのも怖くて。
卒業式のあと、気持ちを伝えるというか、せめて制服のボタンが欲しくて思い切って先輩に電話しました。あっさり次の日に会う約束ができ、家も近くて私鉄のひとつ先の駅でまちあわせしました。お小遣いをはたき、なぜかショップでカワイイと思ったペンギンのぬいぐるみを買って、プレゼントしようと思いました。
自分がいつも降りる駅…ドアが閉まってからドキドキ…ドキドキ。あと3分くらいで次の駅に着く。先輩が待つ次の駅へ…。
加速していく電車。規則正しくガタンゴトンというリズムよりも、何倍も速い胸の鼓動。どんどん真っ赤になっていく顔を冷たいドアのガラスに押しあてながら、景色をボーッと見ながら、何を話していいのかを考えていたけど、何も考えることはできなかった。
改札口のところにもう先輩は来てた。ペコリと頭をさげながら、
「電話したそのこです。」と言うのがせいいっぱい…
「あの…良かったらこれ…」
ペンギンのぬいぐるみを渡すと、ニッコリ笑う先輩。歯並びが少し悪いところがやんちゃっぽい。そう…この笑顔を何度も見かけて好きになったんだ。
「ハイ、これ」
憧れの制服のボタンをもらった。
以上で用事が済んでしまった…。どうしたらいいのかわからなくなったところで先輩は、
「隣の駅やろ?送ってあげるわ。」
………え?
………ウソ?
先輩は自転車を押しながら、海に向かう坂道を登り始めた。
「え?いいんですか?」
「登り坂はカンベンしてな」
細いタレ目がますます細くなり、笑いながら先輩は言った。
坂のてっぺんまで来た時、頬を撫でる潮風はまだまだ冷たかったけれど、暖かな春の陽射しがふんわり包んだ。
「ハイどうぞ」
もうちょっとダイエットしとけば良かった…そろりそろり、後ろの荷台に腰をおろした。
今度は下り坂をさーっと降りてゆく。先輩のジャケットは風をふくみ、潮のニオイと先輩のコロンのような柑橘系の香りが私の鼻先をくすぐった。
海岸沿いの道をゆっくり走っていく自転車。ふたり乗りなんて子どもの時以来はじめて。しかも…大好きな先輩とふたり乗りなんて…。
進路のことや学校の先生の話とかをちょっと早口な感じで話してくれる先輩。私は道に伸びてる私と先輩の影を見つめながら、まだまだ信じられない気持ちでいた。時々「なぁ〜?」なんて少しだけ後ろを振り返る先輩にドキドキしっぱなし。きっと自分にできるせいいっぱいのカワイイ声で返事をしていたと思う。
ボーッとしたまま、日が沈みはじめた頃、私の最寄り駅についてしまった。
「ありがとうございます。」
「じゃ〜、バイバイ。」
軽く先輩は左手をあげて帰って行きました。
結局好きだとか、次の約束なんてできないまま、私は先輩と3年間過ごした制服のボタンを握りしめたまま、見えなくなるまで先輩を見送り、しばらくその場に立っていた。受験に合格していたら、遠くに行ってしまう先輩…細いタレ目と少し歯並びの悪い笑顔。風にさらさらなびいていた前髪。自転車がガタガタゆれるたびに少し当たった背中。全部全部忘れないように…かみしめていた。
先輩元気ですか?
もういいオジサンかな?
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