勅使河原トキ
勅使河原トキ
トキは学校を抜けた。
夜未に向かって、「あとは頼んだ。」と言い放って、窓の下の通気口から飛び出して行ったのだ。
トキの席は通気口の横で、夜未はその後ろだった。彼は夜未の消しゴムを隠したり、振り向いては二人だけに見えるように変な顔をしてみせたりして、夜未の邪魔をするのだ。そしてトキにとって興味のない授業になると――それは大体、夜未にとって興味をそそる授業だったのだが――外履きを窓の下の通気口から屋外のコンクリートの上に放り出し、「通気口から」外に出て、「じゃ。」という感じで手を挙げ、去っていくのであった。
彼は電車とバスを乗り継いで行く。緑に囲まれた図書館が、彼が降車して進んでいく先にある。視聴覚室のブースでしかつめらしく音楽に耳を傾ける者や、雑誌を興味深げに閲覧している者たちを尻目に、彼は急いで席に腰掛け、プログラミングをしている。ときどき視線を感じて顔を上げるが、途轍もない集中力で仕事にかかる。雨の音、雨の音、雨の音⋯⋯。
集中が途切れて、ひと息つくと、トキは立ち上がり荷物を片付けた。学校には戻らず、帰る。公園を通り過ぎようとしたところ、見覚えのある人達がいた。丁々発止の掛け合いをしている。トキは相手から見つからないように蔭から近づいていく。夜未とポーだ。
(これは、漫才をやってるのか?)
「なんでやねん!」ポーが叫んでいた。
「なんでやねんってこっちがなんでやねん! 俺がなんでやねん言うねん!」
「俺が言うやん!」
「あの、何やってんの?」トキが夜未達の真ん中に現れた。
「あっ、トキやないか!」夜未は腕を大きく開いた。「俺らいま愛を伝えるべく、コンテストのために漫才やってるんだけど、観てくれへんか。」
「そうなのか。」トキは驚いたが、ずっとひとりで仕事をしていたので興味が湧いた。
「ほな頼むわ。」
「どうもー!」
「どうもー!」
「二人合わせて!」
「ニュージージャー!」
「いやあー。お客さんありがとうございますぅー。」
「いやあー。嬉しいね。こうして観て貰ってね。」
「ありがたいね、ほんまに!」
「俺、沖縄行きたいねん!」
「俺も行きたいわ。」
「ほな俺が連れてってあげるわ!」
「ありがとう! いこいこ!」
「ヒッチハイクで行こうや。」
「そうしよ!」
「すいませーん!」
「えらい車速いな。」ポーが親指を突き出して車をとめる振りをしている。
「HEY! 、ってここF1サーキットやないか! どこ連れて来てんねん!」
「乗る車は速い方がええと思ってな。」夜未がしらばっくれた。
「普通に飛行機で行こうや!」二人は飛行機に乗っているポーズをした。
「沖縄着いたらさ、ソーキそば食べたいわ!」
「そら食えるよ!」
「沖縄着いたー! はい、これ夕張メロン!」
「おいしいおいしい⋯⋯ってここ北海道やないか!」
「南北逆に来ちゃったわ。」
「沖縄行くで!」再び飛行機。
「やっと着いたー! 海が綺麗やねえ。」
「あれサザエがいるよ。」
「あれフグちゃう?」
「⋯⋯フグタくぅん。」
「アナゴさんやないか。ほんならもうええわ、アナゴさん、やっとソーキ蕎麦食べさせて貰いますわ。」
「食べ食べ。」夜未が蕎麦をポーの持つお椀に注いだ。
「……って、これわんこ蕎麦やないか!」
「どうも、ありがとうございました!」
「面白い。」トキが感心した。それに、孤独が癒される気がした。中学生で、自分の目標のためにひとりになることを選ぶのは、本人が思う以上に彼を疲弊させていた。彼らの漫才は、それを和らげてくれるようだった。
「やった!」ポーは有頂天である。「他の人にも観て貰おうよ。」
「そうだな。それで喜んで貰えたら、その人に愛を伝えられる。」
二人に同行するトキは、歩きながらネタを練ったり、今後の計画を話し合った。話すことに夢中で、随分と遠くまで足を延ばしていた。ごみが積み上げられていて、高齢者が道端で寝ている。
「おじさんがあんなところで寝てるよ!」ポーが物珍しそうに仲間に知らせた。
「しっ! あんまり大きい声を出すな。」道端に横たわった老人が目を覚まして、こっち、こっち、と手招きをしている。まちのそとへ迷い出た三人は早足で通り過ぎた。
「あ⋯⋯あの人良いんじゃない?」ポーが指差した。
「いや、なんかずっと笑ってるし恐いわ。」トキが渋った。
「君たち何してんの!?」ポーの指さした人は満面の笑顔で近づいてきた。夜未とトキは笑顔をつくった。ポーは後ろに下がった。
「楽しそうやん?」とその人物が声を発すると、トキが夜未に「めっちゃプライベートゾーン侵してくるって感じ。」と耳打ちした。
「景気ええやん? いま暇しててん。なかまに入れてや!」
「元気ですね。」
「うん、元気やで!」
「僕ら、ちょっと行くとこあるんで。」
「おお! ほな元気でな!」三人はこの言葉を聞いて立ち去った。大分遠くまで冒険したので、お開きにすることになったが、ここからトキの家がもっとも近いからと、夜未とポーはトキの家に上がらせて貰うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます