決断
決断
教室の扉から夜未が部屋に入ってくると、女生徒や男子たちがひそひそと夜未と水葉のことについて囃し立てた。ポーが人混みの中から歩みだした。
「おい、大丈夫か。」と眉を曲げて訊いた。「大丈夫だ。」という風に夜未はポーの肩に手を回した。
「俺は愛を伝えたいと思う。」と夜未は言い放った。
「え?」
「普通に愛を伝えては駄目だと思う。宗教の団体のようだと思われては、怪しまれて愛を伝える障害になる可能性がある。他の手段で、愛を伝えよう。」
「ちょっと待ってよ。夜未、まだ疲れてるんじゃないか。今日は帰ったら?」
「俺は本気だよ。」ポーは両手で太腿の外側を叩きそれから「やれやれ。」のポーズをした。所作に外国人らしさが表れている。
「俺、バイトがあるんだ。」
「中学生でバイトできんのか。どこにバイトしに行くんだ?」
「うどん屋。」
「うどん屋!? その外国人みたいな顔で?」ウフフ⋯⋯夜未の斜め後ろで女子学生が何人か笑い声を立てた。
「これだ。」夜未は確信を持って言い放った。「笑いによって、愛を伝える。」右手でガッツポーズをした夜未は続ける。「笑いならみんなに馴染みがある。自然に愛が伝わる。今日はうどん茹でるのは中止だよ。」夜未はポーの腕を掴み、早足で校内のエントランスから校外まで彼を引き摺る勢いで進んだ。
「漫才のコンテストに出場するぞ。食料を買い込んでネタをつくろう。」
ポーは夜未の手を振り払った。
「なんだ? 文句あるのか?」
「やろう。俺は芸人の息子だぜ。」
二人は食料を買いに店へ向かった。
「急ごう。」夜未はポーを急かした。ポーは菓子が好きで、その品定めでしげしげと指を顎に当てて棚をじっと眺めていた。
「菓子決めたか。行こう。」ポーは恨めしげに首を棚の方に残したまま会計に及ぶことになった。ポーはにこやかに店員に接し、まるで会話相手を「生まれて来てよかったですね。」と祝福するかのように話しかけている。店員もにこやかで嬉しそうに応じていた。他の客はイヤフォンをしたまま買い物をしている。ポーは、無自覚かもしれないが、目の前の人を、一人の人として扱うのだ。夜未は、ポーとなら皆に愛が伝えられると信じた。
「いくら愛を伝えるって言っても俺たち自身が楽しまなきゃな。」ポーと夜未は構想を練っていた。
「俺は沖縄に行きたいよ。」
「じゃあポーが沖縄行きたいって言ってんのに、俺が連れて行く振りをして連れて行かへんってのはどう?」
「おもろいやん。」
「飛行機で沖縄行くやんか。ポーが沖縄名物ソーキそば食べたいって提案する。ほいで沖縄到着したら、俺がポーに夕張メロンを渡す。お前が『ここ北海道やないか!』って突っこむ!」
「それ採用。」
「お前も考えろよ。」
ネタづくりは続いていったが、数週間経過したところで、ネタをつくるために必要な食料を買う資力が尽きてきた。ちゃんと食べ、飲まないと、底力は発揮できないということが彼らの中でも実感として身に染みていた。二人は金を稼ぐ手立てを検討し合ったが、中学生の頭に浮かぶのは、バイトをすることくらいであった。彼らは各々の予定を突き合わせた。めいめいの親が仕事の都合で泊まりきりで帰ってこない日がある。その日の夜から朝まで深夜労働し、昼間に働くより更に多くの賃金を稼ごうというのが彼らの精一杯の発想だった。
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