群れる民衆

 降り注ぐは幾数もの金、そしてそれを掴むために空を切り、地を這いずり回る大人が何十人。中には他人が掴んだお金を殴り奪うやからまでも出てきている。


 昨日の諦めに満ちた陰鬱な雰囲気はこの場には無く、あるのは自らのみを考えた本能的野生の部分だけである。 

 

 そんな激動的でカオスが繰り広げられる大通りからは外れ、ネズミが好みそうの路地裏で俺は手にした札を一枚一枚丁寧に数えていた。


「うーん、あまり沢山とは言えないが一週間位の生活費はあるかな」

「あら、なら十分じゃないですか。昨日のアレ、あまり割に合わなくて不満でしたが、これのお陰で助かりましたね」


 集まった札と硬貨を布の袋に入れていくが、もう少し余裕があった方が良いとは思わずに入られない。

 この世界(というよりもほとんどの世界)で生きるには金が必要だ。そして俺達は依頼を受け、その報酬で生計を立てる必要がある。


 比較的安易、楽な仕事を多く受けて安定させていこうと当初俺は思っていた。だが、さっきリゼが言った様に昨日の件がある。


 昨日の依頼は星1、つまり最低難易度の依頼だった。それだと言うのにギリギリまで追い詰められる羽目になってしまっている。さらに言えば、そのような状況になっているのに上乗せがないときた。

 まぁ昨日はちょっとコッチにも不手際がほんの少しあったから強くは言わなかったが、もし仮に今後もこのような事例があったらとてもやっていけるとは思えない。


 だから保険も兼ねてもう少しだけ欲しいのだが……あまり欲を掻き過ぎるのも危ないか。ここらで打ち止めておこう。


「ところで介抱終わった?」

「……よくもまぁ平気でそんな事言えるのね、正直ここまで躊躇ちゅうちょなく最低な事できるとは思っていなかったよ」


 背中を向けたまま、コチラに振り替える事はなく、久遠は横たわる男の顔面に付いた傷を一つ一つ治していた。


 そしてその向こうには、すでに傷が治された男が数人キレイに並べられていた。

 身長や体型はバラバラだが、皆一様に顔が濃くパンチパーマ。それと蛇だの虎だののジャケットを着ている。


「さっきも言ったが、これは正当防衛だからな。俺が人相の悪い相手にぶつかって、そいつが近くにあったこの路地裏に引きずりこんだんだよ」

「そして私は柳田さんより先にこの路地に居て、『どっかいけ!』などの恫喝を受けたので仕方なく対処しただけですから」


 そう全てはだ。そもそもこんな回りくどい事をする羽目になったのも、あの時ホテルでちゃんと金を払わないといけないからと久遠が寄り道したせいだ。

 このご時世、チェックアウト時に支払うシステムも珍しいが何よりあの騒ぎだ。従業員の何人かも仕事を放棄して向かっていたそんな中でわざわざ払う気が知れない。


 そんな事をしてるから当然大きく出遅れてしまい、むさ苦しい脂汗と熱気がすでに舞い散る空間が形成されてしまっていた。

 正直あんな汚い所に入り込んでまで金は欲しくないがそうも言ってられない。なので妥協案として今のように正当な防衛をする事になった。


「しかし別にそこまで甲斐甲斐しく治療しなくても良いんだぜ。元々放置するつもりでいたし、それに先に喧嘩を仕掛けてきたのも事実だからな」

「いくら何でも無責任過ぎるわよ。まぁ騙した相手を気遣える良心があるなら、最初からこんな事はしないでしょうけどね」


 俺が誰これ構わずに良心をかけない。そんな当たり前の事で軽蔑されたが、こういうのは気にしたら負けなので聞かなかった事にする。自分でも思うが他人の話をスルーできるこの精神力は見習って欲しいものだと思う。てか一回この精神力についてのハウツー本でも出してみようか、売れるかも。


 そんなこんなで最後の男の傷を治し、その場にキレイに並べると一仕事終えた様に腕を伸ばし、少し左右に肩を揺らした。

 ちゃんと治したと思ったら置いて行くのは置いて行くらしい。責任ってなんだっけ?


「それで、このあとどうするつもりなのかしら? 私を連れてきてまで何かやりたい事でもあるの?」

「「いやノープラン(ですわ)」」


 取り敢えず実用性が高そうだから逃がすまいと連れてきただけでこれからどうするとかなど考えてなどいない。


「あの……、私帰っていいかしら? 実を言うと私にもツレがいるし落ち合いたいのだけど」

「まぁまぁいいじゃないですか静音さん。それに人は多い方が楽しいですしおと、もとい助け合いも出来ますし」

「今囮って言おうとしていなかった! ちょっと待って、リゼさんはマトモな人じゃなかったの。囮とか思い付くのはあの男だけじゃなかったの!?」


 アレ、なんか想像以上に俺の評価酷くない? まだ会ってそこらの相手にここまで物申されるとのはどうなのか? 

 さすがの精神力の持ち主で俺でも泣くよ、いいの? 相当キモいからね俺が泣くなんて光景は。


 密かにほんの少しだけ傷付いた俺など気にする事なく、女子二人はワチャワチャとくっちゃべっている。


「あー、嬢さん方。取り敢えずテトロミノここで依頼受ける場所に行ってみないか? どうせいつかは資金も尽きるし、ちょっとでも稼いでおこうぜ」

「それもそうですね、誰か来る前に行っておきましょうか。それじゃあ静音さんも一緒に」

「ねぇホントに私も行く意味あるのかしら。嫌な予感しかしないのだけど、貴方達と関わるのは」


 未だに文句を垂れる久遠を尻目に、脂ギッシュな大通りではなく、それとは反対方向の人通りが少ない方の道に向かう事にしたのであった。


 ホントにオッサンの脂汗とか勘弁したいから。

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