超清掃マンボ
「どう考えても壁とか破壊したお前が悪い! 責任持って倒してこい」
「いいえ、炎を撒き散らした柳田さんが悪いのです! 私の事は気にせず、残ってください」
『排除します。排除します。排除します。』
走りながら言い争う俺達の背後を、ただ同じ言葉を流しながら巨大な掃除機が追って来ているのだ。
そう掃除機。掃除機から俺達は命懸けで逃げているのだ。第一、何で掃除機が変形するんだよ、合体するんだよ。
これ注文した奴は絶対に馬鹿だ、馬鹿でしかない。もしこれで死んだら発注した奴を最低でも百回殺す、百回以上は確実に殺す。
必死の思いで逃げるもその差は広がること無く、一定の間隔を保っている。
恐らく耐久力はない。
だがそれを使うには立ち止まり、魔導書を開いて狙いを定める必要がある。発動までの手順が多い上、その間は隙がありすぎる。
相手が人間ならまだやりようがあるのだが、今追っている奴は機械だ。ハッタリもジョークも通じない。
だから今はただ逃げる一手しかない。
「どりゃああああああああ!」
「ちょっ、何でそんなに速いのですか! 私より足遅かったですよね、体力も低かったですよね、なんで抜かせるのですか!」
理由など知らん、とにかく俺は死ぬのだけは死んでも嫌だ。その思いが今の俺を突き動かしているのかもしれない。
それに
どんなに図体がデカかろうが所詮は掃除機。段差が苦手だと言う事には変わりはないだろう。
少し遅れてからリゼも階段へと辿り着く。その間にも俺は待つことなく一階へと下り続ける。
別に薄情だとか人でなしだから置いてけぼりにしているのではない、ちゃんとリゼは逃げれる実力を持っている。そうと信用しているからこその行動なのだ。誰も俺を責める事など出来ない。
ちゃんと扉をメキメキ鳴らしながら壊し進もうとする音だって聞こえる事だし…………
えっ、メキメキ?
「柳田さんマズイですよ! あのでっかいヤツ、ドアを細切れにして追って来ようとしてますよ! あと下りは私の方が速いので抜かします!」
「おいマジかよ、あの掃除機は階段まで降りれるのかよ。バカだ、造った奴も造らせた奴も全員バカでしかない! あと俺を置いて逃げようとすんな!」
さっきまでの自分の行動は当然棚に上げながらリゼに文句を言う。仲間を捨てて逃げようとするなんて信じられない、まったく何て奴だ。
適当な冗談を並べられる余裕がある事を知り、少しは冷静になれたかもしれない。
だが仮に、もしこのまま一階に降りてビルの外に逃げ出せたとしても、アレは追跡を止めるのだろうか。
このまま放置していれば、いずれ電池は無くなる事は確実だ。だがコイツが外で暴れる様になったらどうする。この任務を受けた俺の責任になってしまうのではないか?
責任、それは俺の嫌いな物ランキングで毎回トップ争いをしている内の一つ。
もし外に出して被害を出してみろ、損害賠償はいくらになる。死人や怪我人が出れば社会的抹殺は確実だ。
いや、ここがそんな事で終わるとは考えられない。物理的抹殺、地下強制労働、エトセトラ…………。
瞬間背筋に嫌な汗が大量に吹き出る。死ぬは一番嫌だ、そしてその次に嫌な事は誰かの下に付く事だ。
そんな最悪な未来トップ2がこの先起こるかもしれないとは、誰だよレベル決めた奴。何が星1だ、何が楽勝に終われる仕事だ。
これを造らせた奴と一緒に、この世に生を受けた事を後悔させてやらないと気が済まないなこれは。
このまま逃がせば最悪な未来が待っている。それを回避するにはこの無駄に高性能な掃除機をぶち壊す。
だがどうする? 距離はそこまで開いていない、途中で立ち止まれば間違いなくお陀仏だ。
ならリゼか? いや、あまり近づいて攻撃するのは得策ではないな。
あの時、俺が造った高台を濡らしていた謎の液体。あれの正体はハッキリと分かっていないが、人体に良くない物だと言うのは確かだ。
ちくしょう、なんで掃除機なんぞに苦労しないといけないのだよ。掃除機なら掃除機らしくゴミを黙々と吸っていればそれで良いんだよ、変形なんて機能は絶対に必要ない!
足止め、足止め、足止め、足止め、足止め、足止め…………、ん? ちょっと待てよ。今俺達を追ってるのは掃除機なんだよな。
それに何でわざわざ上に登って倒す必要になったんだ?
数が増えたから、なら何で増えた。連絡を取り合ったから、残骸が増えたから。
いや違う、その前だ。なぜマンボらは俺達の近くまで来てくれたのか。
そもそもの目的、計画、理想。遡って行くことによって何かが見えた。しかし、もし変形していた事で機能が変わっていたら、設定が変わっていたらどうする? 少し賭けの要素も高い気がしてきた。
だが今更何を考えてると言うのだ。ここまで散々グダグダしてたのだから変に考える方がオカシク思えてくる。
どちみち壊さない事には安心できない。可能性があるなら実行する。てか他に何も思い付かないからこれしかない。
「リゼ! 先に行けたらで良い、行けたら今から言う事を試してくれ。やって欲しい事は――――」
走りながら話したせいで息は切れる、階段は踏み外しそうになる。いくら強化はしても所詮は半分引き籠りだった男だ。無理はするもんじゃない。
何とか作成を伝え終えると、リゼはさらにスピードをあげ、上手に手すりを滑る様にして降りていく。
それ小学生の時ちょっと流行ったけど、一人が盛大に落ちて頭から血を流して以来誰もしなくなってたな。
どうでも良い事を懐かしみながら階段を駆け降りる。先に準備してくれていても、ここで俺が倒れてたら意味がなくなる。なのでただひたすらに、真っ直ぐとここを突っ切らねばならない。
後ろから八本足を器用に、というか奇妙に動かしながら降りてくる巨大マンボとの距離を量りながら、決して差を縮ませられない様に突き進む。
下りなので体力の減りはマシだが登りだったと思うとすでに終わっていただろう。
たかが数分の逃走だったが、かなりの長時間逃げた様な気がする。だがそれもここまで! …………なはず。
「柳田さーん、準備は出来てますがやっちゃってもオッケーですか?」
「あぁやってくれ、なんなら急いでやってくれー!」
一階のエントランスで遠く離れたリゼは、手にした鉈をゴルフクラブの様に構え、床に散らばったままの残骸や土塊に照準を合わせる。
「さぁ行け、デストローーーーィ!」
妙な掛け声と共に鉈は振り上げられる。辺りに散らばる残骸は俺の頭上を弧を描きながら通りすぎ、階段を下り終えた巨大マンボの近くに落下する。
一度では終わらない、次々と頭の上を廃棄物が飛んで行く。少し砂がかかるが、今それを気にしている場合ではない。
リゼの近くにまで辿り着くかと思ったその時、背後で大きな駆動音が響き始める。俺はその姿を確認するため足を止め、振り替える。
大型のマンボは変わらずシュレッダーを回しながら辺りの物を細切れにして吸い込んでいる。
だが一つだけ違う点がある。
さっきまでは俺達の方ばかりに迫っていたアイツは、近くの場所をただひたすらウロウロしているだけなのだ。
近くを、そう、ゴミが散らばっている床を徘徊しているのだ。
ただの殺人マシーンなら手の施しようがなかっただろう。だが根本的な部分ではコイツはただの掃除機。近くにあるゴミを優先的に掃除していただけなのだ。
そのゴミの中に人間が含まれていたから追われる羽目になったのだ。
しかし俺らとデカ掃除機の間に他のゴミがあったらどうなるのか。ご覧の通り対象は俺達から散らばる残骸の方に向かっている。
「全くこんなのに命からがら逃げる事になるとは想定外だ。あんましこの世界を舐めてたら死ぬな」
今回は良い勉強になったかもしれない。ここの奴らに常識というもので計っていたら痛い目に合う。
十分な距離を取り、落ち着いて目的のページへとめくっていく。照準は丁寧に、アレだけの大きさなら外れる事は少ないが、油断するとまた妙な事が起きるかもしれない。念には念をだ。
初っぱなからこんなグダグダで先行きは不安しかないが、なんとかやっていかないとな。
取り敢えずこの任務は終わりだ。
「
多めの魔力を注ぎ込こんで放った火球は対象にあたると、その体を一緒に削り取るように広がっていく。八本あった足の内の半分が瞬間的な熱により突如として温度が変わり焼き切れる。
胴体として機能していた部分は吹き飛ばされ、細切れにしていた瓦礫や仲間の残骸を撒き散らし、キレイになったばかりの床を再び汚して行く。
鉄が溶ける独特の匂いが辺りに拡がり始める。一度理科の実験で匂った事があるがやはり気分が良くなるものではない。
支える足が減ったためバランスは一気に悪くなる。絶たれた足の方へと倒れ込むと、ガシャコンと大きな音を立てて以降、散らばった残骸に燃え移る以外の音は聞こえない。
床は大理石、多少焦げ目は残るだろうがビル全体が燃える大火事に発展する事はないだろう。
つまる所これで終わったのだ。
「ハァーーーーッ、やっと終わった!」
「全然楽な仕事じゃなかったですねコレは」
階段を駆け降りた事で疲れた足を休ませる様に俺はその場で足を伸ばしながら座り込んだ。
リゼはと言うと、傘を立てて体重を支える様にするのを、傘の代わりに鉈でやっている。疲れた様に手で扇いでいるが俺よりは間違いなく余力が残っている。ホントに体力の化け物だな。
もう少しゆっくりしていたとも思うが、まだ数台はマンボが残っているはずだ。長居しているとまた来る可能性がある。こんな場所はさっさとおさらばしよう。
体を伸ばしながら立ち上がり、腕も何回か伸ばす。このあとは最初に依頼主へと出向き報告を済ませる。それが済んで報酬が貰えたらまずは飯だ。今後の生活費はまた考える。今は難所が去った事を素直に喜ぼう。
電気が止まった事で開かなくなった自動ドアを割りながら外へ出ると、そのまま不動産屋へと歩き出そうとする。
そして目に写る光景は、遠くの道で忙しそうに行き交うスーツの男達、人工臭い太陽の光。
――――そして高い所から落ちた様に粉々になったマンボと、その近くには制服を着た女子高生が一人、地面に転がっていた。
…………うん、つまりこれアレだ。下、人、居たね。
ちょっとした韻を踏みながら、俺は突き破られた五階の窓ガラスがどこにあるのかを確認するため空を見上げたのであった。
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