第100話 河北侵入

「船の徴用については民の抵抗もあるので現時点を以て終了とする。」


魏延は早朝から諸将を集めると張達と范彊に出した命令を中断すると周知した。数は目標に足りなかったので事情を知らない者は驚いた。


「将軍、それでは渡河の手段が。」


呉班は船が揃ってこその渡河だと思っていたので魏延に訊ねようとした。他の校尉からも同じ様な声が聞かれた。


「大丈夫です。二段構えの方法を取ります。」


馬謖は疑問の声を抑えて新たな方法の説明を行った。先遣隊は船を使って渡河を行うが後続については船上に橋を設けて渡河を行う。そうすれば使用する船の数は抑えられるので張達と范彊の責任を問われる心配もない。


「先遣隊は傅士仁に任せる。対岸に敵が居れば追い払ってくれ。居なければ簡素で構わないので陣を構築してくれ。」


「承知致しました。」


「先遣隊の渡河が始まると同時に船橋の作成に取り掛かる。これについては張達と范彊に任せる。」


「承知致しました。」


「渡河は明日の早朝に開始する。」


魏延が指示を出し終えると諸将は一斉に散らばり渡河の準備を始めた。


「馬謖、これで良かったか?」


「有難うございます。二人の面子も潰れず丸く収まりました。」


魏延は昨晩の騒ぎの後で馬謖を呼び出して事情を説明して対応策を協議していた。馬謖は命令を中断させて別の手段を用いる事を進言した。魏延は船の調達が難しい事を馬謖から聞いていたのでそれを利用して事情を知らない者を納得させた。


◇◇◇◇◇


魏延は船橋の構築準備に忙しく動き回っている張達と范彊を訪ねた。


「将軍、有難うございます。」


二人は魏延に近付いて礼を言うと頭を下げた。


「ん、何の事だ?」


魏延は二人に目配せして上手く話を合わせろと目で訴えた。


「新しい任務を与えて頂いた事です。」


二人に魏延の訴えが通じたようで上手く返してきた。


「前回の命令は現地の事情を考慮せずに出した私に責任がある。目標に少し届かない程度まで集めた二人に感謝している。」


魏延は周囲に聞こえるようわざと大きい声を出して二人に詫びた。二人の部下にも魏延がしくじったと伝える事で面目を保たせた。二人は何も言わず再び魏延に頭を下げると仕事に戻った。


「後は二人に頑張って貰うだけだな。」


魏延は今回の件は上手く収まったと二人の後ろ姿を見ながら笑みを浮かべていた。


◇◇◇◇◇


翌日の早朝、傅士仁率いる先遣隊が渡河を決行した。北岸に晋軍の姿が無かったので念の為に物見を出したが結果は変わらなかった。


傅士仁からの報せを受けて魏延は張達と范彊に船橋の設置を命じた。設置は問題なく終わり主力部隊の渡河を開始した。


「呆気なく終わったな。順調過ぎて怖いくらいだ。」


魏延は渡河を終えると先に終えていた馬謖に話し掛けた。晋軍の姿が見えないので不気味に感じていた。


「傅士仁殿が周辺を警戒しているので大丈夫です。」


「何かあれば私も出よう。」


魏延の心配は杞憂に終わり、晋軍から妨害を受けずに全軍の渡河を無事に終える事ができた。


◇◇◇◇◇


魏延は上党に向かう前に再度諸将を集めた。


「これから予定通り上党に向かうが部隊編成を一部変更する。適正を見て判断したので誤解しないよう。」


以前から考えていた張達と范彊の職務変更を実施する事を決めた。


「張達は馬謖の下に就いてもらう。范彊は馬忠の下に就いてもらう。二人には後方支援を任せる予定なのでしっかりと学んでくれ。」


「承知致しました。」


二人は事前に前触れが無かったので驚いた。単なる懲罰人事だと思っていたが話の前に事情が説明したので誤解を招かずに済んだ。


「それでは全軍で上党に向かう。」


「馬謖、先鋒は任せるぞ。傅士仁は補佐役を務めてくれ。」


「承知致しました。」


紆余曲折はあったものの晋軍による妨害も受けず無事にとかを終えた別働隊は上党に向けて動き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る