第99話 夜半の訪問者

魏延は馬謖に命じて張達と范彊の様子を探らせていた。二人に対して出した命令は決して達成出来ないものではなく不測の事態が起きなければ魏延が出した条件で何とかなるものであった。


「現状は厳しいか。」


馬謖から話を聞いて魏延は渋面になった。二人に対して厳しい条件を出した自分に対して腹を立てた。


「戦に巻き込まれたら船が潰されると言って拒む者が多いようです。」


「持ち主の心情を考えると無理強いは出来ないな。」


馬謖から理由を聞いた魏延は民の心象を悪くしない為に別の手段を考える事にした。


「誰か。」


「済まないが呉班将軍にこちらへ来るよう伝えてくれ。」


魏延は呉班を呼んで二人に出した命令は一旦中止にして新たな手段を講じる事を説明した上で二人に事情を説明するので明日の朝で構わないので顔を出すようにと託けた。


◇◇◇◇◇


その日の夜、魏延は何故か胸騒ぎがして中々寝付けなかった。仕方なく武具を身に着けて陣中を見回る事にして幕舎を出た。


陣中を見回ったものの特に異常は見つからず偶々巡回していた傅士仁から大将が体調を損なうと士気に関わるから無理にでも休んでくれと懇願された為、幕舎に戻ったが傅士仁も後を付いてきた。


「少しだが飲んでくれ。」


魏延は酒と器を用意して地面に座った。


「巡回中に拙いとは思わないのですか?」


「大酒飲みのお前なら大丈夫な量だと思うが。」


傅士仁が遠慮するのもお構い無しで酒を注いだ器を差し出した。


「将軍がそこまで言うなら飲ませて頂きます。」


傅士仁は不機嫌そうな態度を見せつつ魏延に一礼すると酒を飲み干したがその目は笑っていた。


◇◇◇◇◇


魏延と傅士仁は薄暗い幕舎の隅に座り込み、小声で雑談をしていると外の方で人の気配がした。


「誰か来たようですが。」


「呼び掛けの声がしない。」


「となれば…。」


魏延と傅士仁は目を合わせて頷いた。敵の間者が陣中に侵入したと断定して剣に手を掛けて幕舎に入ってくるのを待ち構えた。


何者かは幕舎の中を覗き込むとそっと幕を上げて中に入ってきた。二人組であり何かを探すように顔を左右に動かしていた。


魏延と傅士仁は薄暗い所で話し込んでいたので目は暗さに馴れていた。


「やはり…。」


二人の顔を見て魏延はぼそっと呟くと傅士仁に合図を出した。


「張達と范彊、夜更けに何用だ?」


魏延は立ち上がって二人の前に立ち、傅士仁は入口側に回り込んで逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。


「将軍!」


二人は驚きのあまり腰砕けになり地面にへたり込んだ。


「我々は…。」


「命令が達成出来ない事で処分されると思って何か企んだのか?」


「…。」


「まさか、魏延将軍を害するつもりだったのか?」


「…。」


傅士仁は一旦離していた剣の柄に手を掛けたが魏延に止められた。


「二人共まあ座れ。」


魏延は張達と范彊を落ち着かせる為に椅子に座るよう勧めた。


◇◇◇◇◇


魏延は二人に気付け代わりの酒を飲ませた。


「我々は将軍を害するつもりは毛頭ありません。ただ今回の件でお詫びをしたかっただけです。」


張達は魏延と傅士仁に怯えながら事情を話した。傅士仁が二人の身体を隈なく調べたが刃物は一切所持していなかった。前世と異なり暗殺する気はなかったようで魏延は胸を撫で下ろした。


二人は呉班から明日の朝に魏延から呼び出された事を聞いて何らかの処分が下されると思った。范彊はその日の内に魏延を訪ねて釈明するべきだと主張したが、張達は呼び出された場で処分を受け入れるべきだと主張した。


二人の話し合いは平行線をたどり妥協を見出だせなかったので張達は一旦引き上げた。夜中に外へ出てみると范彊が魏延の幕舎に行くのが見えたので押し留めている内に幕舎の中に入ってしまった。仕方なく魏延の姿を探している内に本人と傅士仁に見つかった。


「事情は分かったが誤解を招いても仕方ないぞ。」


「申し訳ございません。」


范彊は青い顔をして頭を下げた。


「お前たちに処分を下す事はないから安心してくれ。」


魏延は二人を安心させると共に馬謖が裏で動いて理由を探っていた事を説明した。二人はようやく安堵の表情を見せた。


「とりあえず自分の寝床に帰って身体を休めろ。」


魏延は安心した二人を寝床に帰すと傅士仁を座らせた。


「傅士仁、この件は口外無用だ。二人だけに留めておく。」


「心得えました。巡回兵にも口止めをしておきます。」


魏延と傅士仁は先程の件を横に置いてそのまま夜通し世間話に講じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る