第84話 夏侯一族

「父上、お見事でした。」


「文仲若という男、中々の武人だった。」


関羽は文欽を一武人として認めていた。武芸はもとより自らの実力を分かっており、負けを素直に認める潔さも関羽を唸らせていた。


「父上、あちらでお待ち頂いております。」


「あの二人、やはりな…。」


関索の案内で関羽は二人の晋将が待つ所へ向かった。


「蜀漢の関雲長と申す。」


「魏の夏侯子林と申します。」


「同じく夏侯仲権と申します。」


「貴殿らは夏侯惇と夏侯淵の縁者であろう。若き頃の二人と相対しているような感覚になっている。」


関羽は二人を見てかつて反董卓連合軍に参加した頃を思い出していた。何人たりとも寄せ付けない殺気を纏う夏侯惇と人当たりが良く誰とでも親しく交える夏侯淵の二人の姿が脳裏に浮かんだ。


「仰せの通りです。某は夏侯元譲の嫡男、仲権は夏侯妙才の嫡男でございます。」


「やはりそうであったか。」


関羽は時代が変わりつつあると実感していた。我々が戦場で武器を奮う機会が終わりを迎える時がそう遠くない所に来ていると。若い世代に後顧の憂い無く引き継ぐ為にも一層奮起しなければならないと心に誓った。


「我々は蜀漢に降伏致します。駄目と申されるなら我々に従い付いて来た兵士や女子供だけでもお願い致します。」


「安心されよ。この関雲長が責任を以て貴殿らを受け入れよう。我が君も親交のあった夏侯両氏の子息が来たと聞けば喜んで迎え入れる筈だ。」


「お心遣い感謝致します。」


自らの事を差し置いて兵士や女子供の事を優先させる二人の態度に感銘を受けた。夏侯惇と夏侯淵は良い子息に恵まれ、ここまで育て上げたものだと改めて感心した。


◇◇◇◇◇


関羽は自ら殿を務めて晋からの一団を護衛しつつ新野に帰還した。馬忠に命じて一団を手厚く保護させると共に江陵に居る劉封と龐統に急報した。また鮑隆と鄧芝に軍を預けて北方を監視させると共に関索には新野近郊の巡視を強化させた。


「司馬懿は首謀者じゃ無いだと?」


「では、誰が発端なのですか?」


関羽と馬忠は夏侯楙と夏侯覇から一連の話を聞いて驚いた。真の首謀者は司馬師と司馬昭の二人で司馬懿は二人に乗せられ止む無く腰を上げたという。


◇◇◇◇◇


曹丕が長安で自死を遂げたという報せを受けた司馬懿は太子曹叡に報告すると共に大都督として軍の再編成を行い蜀呉燕の侵攻に備えようとした。そこで余計な口出しをした者が居て話がおかしくなり始めた。


口出ししたのは丞相の程昱である。司馬懿の権勢が拡大すると思い込んだ程昱は曹休と曹真らを巻き込んで司馬懿排斥を画策した。曹叡も程昱らの讒言を信じて司馬懿を大都督から解任した。それだけで矛を収めておけば良かったものを図に乗った程昱は司馬一族を封じ込める為に族滅を目論み再び曹叡に讒言を吹き込んだ。


曹叡はそれを信じて曹休に司馬懿捕縛を命じた。曹休は一隊を率いて司馬懿の屋敷を急襲したがもぬけの殻だった。程昱らの企みを聞いた官吏が司馬懿に密告したので間一髪で難を逃れて河内方面に逃亡した。司馬懿は河内太守の郭淮の下で身を隠す算段をしていた。


一軍を任され河北で公孫淵と対峙していた司馬師と司馬昭は司馬懿遭難未遂の話を聞いて激怒した。二人は公孫淵に密使を送り独断で和平を成立させた上で張郃を挟撃して敗走させた。その勢いで許昌に雪崩込み程昱、曹休、曹真ら首謀者を一族諸共殺害した。曹叡は曹真の嫡男曹爽に連れ出されて司馬昭による宮中突入時には許昌を抜け出していたが一行の行方はそれ以降掴めなかった。


司馬師と司馬昭は各地に使者を送り、国難を招いた曹一族に代わり司馬一族が指揮を執ると宣言した。反抗すると思われた地域へ使者の後追いの形で軍を派遣しており報告を聞いた直後に襲い掛かり礁の張遼と弘農の徐晃は多数の将兵を失い、二人共行方知れずになった。


司馬師と司馬昭は支配地域全域と軍を掌握した後、河内から司馬懿を洛陽に迎えた。司馬懿は二人から話を聞いて激怒したが後の祭りでどうする事も出来なかった。司馬懿は二人から帝位を勧められたが固辞して王位に就く事で妥協した。


◇◇◇◇◇


夏侯楙と夏侯覇は政変が起きた時は洛陽に居て、床に伏せていた夏侯惇の看病をしていた。報せを聞いた二人は兵を集めようとしたが夏侯惇に止められた。軍を興した所で潰されるのが関の山だと諭されたからである。二人は夏侯惇の指示で沈黙を守り看病に専念したいから暫く休養させて欲しいと司馬懿に使者を送り了承を取り付けた。


しかし看病の甲斐なく夏侯惇は危篤状態になり、意識を失う直前に二人を呼んだ。


「司馬一族、あのような事をして只では済まぬ。孟徳や先帝の片棒を担いだ儂も人の事を言えた義理では無いがな。」


「二人共よく聞け。晋は必ず滅びる…。言いたくないがな。」


「お前たちはまだ若い。蜀漢へ逃れて関羽を頼れ。夏侯の名を出せば無碍にはされぬ。」


「蜀漢で功を成して夏侯の名を残せ!」


夏侯惇は二人に遺言として夏侯一族の将来を託した。二人は無言で頷き夏侯惇を安心させた。その日の夜遅くに夏侯惇は亡くなった。二人は夏侯惇の亡骸を弔うと信用出来る古参兵士に命じて関係者を荊州に向けて密かに逃がし始めた。そこには夏侯一族に従う将兵の家族も含まれており結束の強さが伺われた。


二人も一族を率いて洛陽を離れて街道を通らずに荊州に向かっていた。そして宛を過ぎてもう少しで蜀漢勢力下に入るという所で文欽率いる一軍に見つかり戦闘状態になった。それを関羽が発見、救出され今に至っている。


◇◇◇◇◇


「事情は承った。全員の身柄は責任を持って保護させて頂く。」


「襄陽の蔣太守に使者を出して受け入れを要請します。」


関羽の発言をうけて馬忠は襄陽の蔣琬に使者を送り夏侯一族の受け入れを要請した。蔣琬は即座に対応して受け入れを行い、夏侯楙と夏侯覇は襄陽の地で腰を落ち着ける事になった。

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