第83話 晋軍と遭遇

魏延が楊儀と共に成都へ向けて出立した後、関羽は新野の太守代理として現地へ赴いた。鮑隆たちは魏延の代わりに関羽が現れたので驚いたが事情を記した書簡を見て納得していた。


関羽は魏延と同じく政庁に腰を落ち着ける事なく精力的に動き回っていた。北部方面の巡回に出た際に通常より範囲を広げて晋の勢力内に足を伸ばした。


「父上、敵の姿が全く見えません。」


「そのようだな。混乱が続いて手が回らないのか、我々を誘っているのか…。何れにせよこれ以上の深入りは無用だ。」


関羽は一時期曹操の下で働いていたので魏の高官とは面識があった。中でも張遼と徐晃の二人とは親しい仲である。しかし司馬懿については本人が下級官吏だった事もあり面識が無かったのでどのような人物かは知らなかった。


魏延から謀略に長けた油断ならない人物だと聞かされている上に龐統から暫く北進しないという方針が出されたので境界付近の巡回に留めていた。今回は関索が同行していたので今後の為になればと偶々足を伸ばしていた。


「それでは南へ…。父上、あれは!」


関索は宛方面で砂煙が上がっているのを見つけた。


「晋の偵察部隊か侵攻部隊であろうな。維之ならどうする?」


「偵察からの報告を待ち敵軍の数を把握します。それが少数なら迎え撃ち、多数なら新野に後退、守りを固めて江陵に応援を求めます。」


「定石だが最適な判断だ。」


関羽は関索が確実に成長している事を実感した。龐統の薦めに従い魏延に預けて正解だったと改めて思った。


「将軍、前方で晋軍同士で戦闘が行われております。」


「何と!誰が率いている?」


偵察兵の報告を聞いて関羽は一瞬驚いたが直ぐに冷静さを取り戻した。関羽の頭の中である推測が成されていた。


「夏侯と文の旗印は確認しております。夏侯の方が追われているように見えました。」


「相分かった。私の予想通りかもしれんな。」


関羽は報告を聞いて自身の推測が当たっているだろうと確信を持った。


「予想通り?どういう事で、」


「詳しい話は後だ。全軍に告ぐ!今から晋軍に攻撃を行う。文の旗印のみを狙え!」


関索が理由を聞こうとしたが途中で遮り出撃命令を出した。関索は命令を聞いたが理由まで察する事が出来ないまま関羽の後を追った。


◇◇◇◇◇


関羽は晋軍のど真ん中に突っ込み二つに切り裂いた。そして馬首を返して晋軍に再び接近した。


「我は蜀漢の関雲長なり!我の相手をする者は何処や!」


赤兎馬の馬上で関羽は偃月刀を構えながら名乗りを上げた。


「…。」


「関羽?」


「蜀漢?」


晋軍は一瞬手が止まり付近は静寂に包まれた。


「か、関羽だと?!」


「どういう事だ!」


「終わりだ…。」


晋軍の片割れは恐慌状態に陥った。腰砕けになる者や慌てふためき散り散りに逃げ出す者が出る始末で統制が取れなくなっていた。


「晋軍は腰抜けの集まりか?」


「その言葉、聞き捨てならん!」


関羽が呆れながら発した言葉に反応して一人の武将が逃げ惑う晋軍の中から現れた。


「我は晋の文仲若(文欽)。尋常に勝負致せ!」


「腕の立つ武人と見た。お相手仕る!」


文欽は三叉刀を構えて馬を走らせた。関羽も偃月刀を握り直して文欽を迎え撃った。文欽は晋軍内部でも剛勇と謳われた猛将である。関羽に対して一歩も引けを取らず一時は互角の攻防を繰り広げた。しかし歴戦の猛者である関羽は徐々に地力を発揮し始めて文欽は徐々に押され始めた。


「この男は化け物か!」


「化け物とは失礼な物言いだな。」


関羽は笑みを浮かべながら文欽の攻めを受け流していた。これが数々の修羅場を潜り抜けた軍神の力なのかと文欽の中に恐怖心が芽生えた。


「甘い!」


関羽は文欽が怯んだ一瞬を突いて文欽の三叉刀を撥ね飛ばした。


「これまでか。煮るなり焼くなり好きにしろ!」


文欽は関羽に勝つ事は不可能だと察し、馬から降りて座り込んだ。


「その態度潔し。今日の所は軍を引かれよ。」


「私を捕らえないのか?」


「我が軍の目的は偵察であって殲滅にあらず。貴公の兵は既に軍を成していない。逃げ惑う者を討てば単なる殺戮と変わらん。」


関羽は警戒しているものの構えを解いて攻撃しないという意思を示した。


「忝ない。関将軍の温情に感謝する。」


文欽は立ち上がると近くにある三叉刀を拾い上げた。そして関羽に一礼した後、馬に騎乗して退却の合図を出した。


「関将軍、再び戦場で見えることがあればお相手願いたい!」


「承知した!」


文欽は関羽の返答を聞いて再度頭を下げると馬首を返して宛方面に走り去った。


「さて、もう片割れに会うとしよう。」


関羽は文欽の姿が見えなくなったのを確認してから夏侯の旗印を掲げる一軍に馬首を向けた。




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