第77話 荊北制圧

新野の攻防は膠着状態になった。城を守る楽進は更なる援軍が望めないので打って出る事が出来ず、城を攻める龐統は城側の自滅を待っているのか攻めようとせず傍観していた。


「軍師殿、このまま様子見を続けるのですか?」


魏延は龐統の元を訪れて今後の動きを尋ねた。


「あっしらはこのまま動かないよ。魏軍が撤退すれば話は変わるけどね。」


龐統は地図を棒で指しながら答えた。北から公孫淵、東から孫権、西から張飛と馬超がそれぞれ要衝を目指して進軍を始めていた事が龐統に伝えられていた。龐統はここで無理をしなくても魏軍が自壊する可能性が高いと踏んでいたので傍観を決め込む考えである。魏延は龐統の話を聞いて納得したので自陣に帰り諸将に説明して自重するよう伝えた。


◇◇◇◇◇


両軍の睨み合いは一月以上続いたが大規模な衝突は無く小競り合いに留まっていた。両軍とも補給に困っていないのでその気になれば半年を越える長丁場になっても支障が無い状況だった。両軍の士気については差が顕著になっており連敗続きで長期間籠城している魏軍はほんの些細な事が起きても瓦解するような状態になっていた。


楽進は状況が好転しない以上このまま籠城しても意味が無いと考えるようになっていた。荊州は大半を蜀漢に支配され挽回出来る見込みは万に一つも無い。新野に拘り退路を断たれたら城を枕に全滅する可能性が高く、共に戦っている夏侯楙と夏侯覇を巻き込む事になるので楽進を悩ませていた。


苦悩する楽進を見かねた夏侯楙は命令違反になるが新野を放棄して宛に退却の上で再起を期すのはどうかと提案した。宛では許昌に近くなるという欠点はあるが豫州や兗州からの援軍を見込める利点もある。呉軍の動きが分からないが豫州には張遼が居るので何度も痛い目に遭っている孫権が正面から攻め込むのは考えにくかった。


夏侯楙の意見を聞いた楽進は決心が付いた。城外に陣取る蜀軍に悟られないよう迅速に準備を進めると夜陰に紛れて新野を脱出、宛に向かって退却した。その日は朝から雨が降っており、夜になってから降り方が激しくなった。それを音消しに利用したので蜀軍に気づかれる事なく退却に成功した。


◇◇◇◇◇


城の様子がいつもと異なる事に気付いた関興が魏延に急報した。それを聞いた魏延は自ら城に近付き様子を伺ったが城から攻撃を受けなかった。魏延は馬を返すと本陣に馬を走らせた。


「魏軍が城を捨てて退却したようです。」


「本当か?」


「急報を受けて城に近付きましたが反撃も無く不気味なくらい静まり返っています。」


「軍師殿、どうされる?」


「そうだね、魏延にもう一度城に向かってもらおうかね。」


魏延は本陣に居た龐統と関羽に状況を知らせると龐統から再度城へ向かうよう命じられた。


「承知致しました。」


「状況次第で城内に入っても構わないよ。但し、慎重にやってもらわないと困るよ。」


龐統から追加の指示と注意を受けて魏延は挙手をしてその場を後にした。


◇◇◇◇◇


魏延は軍を率いて城に近付くと近隣に偵察を出して状況を探らせた。


「城北の道がぐちゃぐちゃに荒れておりました。」


「街道沿いの民が夜中に地響きが聞こえたと申しております。」


魏延は偵察から戻った兵士の報告を聞いて少し黙り込んで城で何が起きているのかを考えた。


「張苞と関興は城北に回り込んで門を調べてくれ。敵が居なければ関興は城内に入れ。張苞は城外に留まり北方を警戒してくれ。」


「承知致しました。」


張苞と関興を送り出した魏延は鮑隆と鄧芝を呼んで二人の後衛を務めるように指示を出した。


「将軍、やはり…。」


「恐らくそうだろう。」


「そうでしょうね。」


馬忠と魏延は新野から魏軍が居なくなったので城内は民だけが残った状態になっていると無言で語った。


◇◇◇◇◇


しばらくすると南側の門が開いて関興が戻って来た。二人の予想は当たっており、魏軍は一人残らず退却した後だった。民は魏軍兵士から日が高くなるまで外には一切出るなと命じられていたので誰も出歩いておらず城内は静まり返っていた。


関興は兵士に命じて民に声を掛けて外に出ても良いと許可を出した。そして城内の長老や顔役に対して普段通りに生活するよう通告してから南門を開けて魏延の所に戻って来た。


魏延は本陣へ知らせると共にその場に留まり龐統と関羽の到着を待ってから入城した。政庁に腰を据えた龐統の指示を受けて魏延は治安維持の任務に就いた。新野は周辺地域を含めて数日後には普段と変わらない状態に戻った。

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