第76話 遼東の二枚舌

魏延は龐統の指示で新野の周辺地域を支配下に収めた。新野は劉備が劉表の庇護下にあった頃統治を任されていた地域なので民は荊州軍の帰還を喜んだ。新野城は周辺地域から物資の流入が止まった事で兵糧不足の問題が表面化しつつあった。


太守の楽進は籠城か打って出るかで迷っていた。樊が荊州軍の攻撃を受けてから再三に渡って許昌に救援を求める使者を送っているが曹丕は夏候楙と夏候覇を送っただけで後は音沙汰無しである。曹丕は樊落城・夏候楙大敗の知らせを聞いて再度援軍を送るつもりだったが軍師の司馬懿から止められていた。


魏は三方から攻撃を受けており対応に苦慮していた。西涼の馬超と漢中の張飛・黄忠が長安に近付きつつあり、東は呉軍が青州との境に兵を集結させていて戦端がいつ開かれてもおかしくない状況だった。司馬懿は守りに徹しつつ余剰戦力を青州に差し向け呉軍を叩き戦局の打開を狙っていた。


◇◇◇◇◇


「孫権、いや陸遜も面白い事を考えたね。」


軍議の為に集まった諸将を前にして龐統は書簡を見て感心していた。龐統から書簡を受け取り目を通した関羽も髭を撫でながら頷いた。二人の様子を見た魏延は孫権が魏軍に対して何か手を打ったのだろうと思っていた。


「君も目を通したほうが良い。」


関羽が魏延に書簡を差し出したので受け取り目を通した。そこには【予てより交友関係にあった襄平の公孫淵が魏に対して不満を抱いているので遼東の支配権を餌にして協力させる事に成功した。】と書かれていた。


◇◇◇◇◇


公孫淵は襄平太守で魏の北東を任されている。前世と同じく叔父の公孫恭から太守の地位を強奪して遼東でそれなりの勢力を築いた。魏から将軍位も授かっていたがそれだけでは満足せず西進を目指していた呉と密約を結ぶなど二枚舌外交を行っていた。


孫権は劉備に付く利を説き協力を取り付けた。公孫淵はその条件として遼東と楽浪郡の支配権を要求した。孫権は劉備に影響する事は無いと判断して要求を認めたが、後々揉める事が無いよう荊州経由で劉備に通告する形を取った。


公孫淵が約束通り蜂起すれば魏は四方を敵対勢力に囲まれるので劉備と孫権はそれぞれ防衛線に混乱や破綻が生じる切っ掛けになれば良いと考えていた。劉備は献帝に許可を得た上で公孫淵を燕公として両地域の支配権を認めると孫権に返書を出した。


公孫淵は孫権からの返書を受け取ると直ちに行動を始めた。楽浪郡の政情不安を理由に出兵して同地を占拠して支配下に置いた。曹丕と司馬懿は公孫淵からの報告を聞いて怪しいと感じたが蜀漢と呉の対応に追われていたので目を向ける事が出来なかった。曹丕は公孫淵に楽浪太守を兼務するよう返書を出して独断専行を追認した。


公孫淵は休む事無く返す刀で北平へ向かい数日で制圧した。同地に腰を据えた公孫淵は燕公を名乗り、魏から独立すると内外に宣言した。また蜀漢陣営に加わる事も明らかにした。


◇◇◇◇◇


公孫淵蜂起の一報を聞いた曹丕は自身の勘が正しかったにも関わらず適切な対応をしなかった事を悔いた。司馬懿からこの状況において仕方ない事だと諌められたが何の慰めにもならず余計に悔やませる結果になった。司馬懿は張郃に南皮で守りに徹して公孫淵の南下を食い止めるよう指示を出した。


曹丕は悩んだ末に八方塞がりになりつつあった状況を打破する為に自ら軍を率いて長安に親征すると宣言した。誰にも相談せず突然明らかにしたので周囲は驚き、思いとどまるよう説得したが聞く耳を持たず太子の曹叡と司馬懿に許昌を任せると曹仁や徐晃など古参武将を率いて長安に向かった。

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