第十章 激震

第78話 曹丕の死

新野の情勢が落ち着いた事を確認した龐統は軍を解散して江陵に引き上げた。新野は張苞と関興、樊は鮑隆と鄧芝に任せる事になった。魏延は馬忠を伴い襄陽に戻った。


魏延は政務を馬忠に任せると兵士の訓練に専念して戦力の強化に努めた。しばらく経ったある日、郭攸之が襄陽にやって来て魏延を訪ねた。郭攸之は一人の青年を連れて来ていた。 


「関維之と申します。」


「関…。君は関羽将軍の子息か?」


「はい。兄二人が将軍に鍛えられたと父から聞いております。」


青年は関羽の三男関索だった。郭攸之によると、

関羽は自分の下で関索を育てようとしたが父の下では甘えが出るので駄目になると拒まれた。そこで龐統に相談したところ、人を育てるのが上手い魏延に預けたらどうかと提案された。人当たりが良い上に利他的かつ謙虚な魏延なら関索を一廉の将に育ててくれるというのが理由である。関索は関羽から話を聞いて二つ返事で了承した。


◇◇◇◇◇


翌日から関索は兵卒に混じって訓練を受けた。魏延は関索を特別扱いせず兵卒以上に厳しく扱った。関羽の息子という肩書きがあるからといって甘くすれば本人の為にならず周囲にも悪影響を及ぼす事を魏延は理解していた。当の関索もその辺りをよく理解していて弱音や愚痴を一切吐かず厳しい訓練に耐えていた。


関索は魏延の屋敷に居候しているので食事を取りながら過去の戦話を魏延から聞いて兵法を学んでいた。魏延は兵法を鵜呑みにして馬鹿正直に実践すると



「関索はどうだい?」


「よく頑張っています。」


「そのようだね。以前とは雰囲気が変わってるよ。」


別件で襄陽を訪れた龐統は関索の姿を見て確実に成長している事を実感した。関羽から相談された時に魏延を推して正解だったと改めて思っていた。


◇◇◇◇◇


「話は変わるけど長安が落ちたよ。」


「北伐の第一段階が達成出来ましたね。」


「喜ぶにはまだ早いね。あくまで第一段階を達成したに過ぎないよ。」


魏延は長安陥落の知らせを聞いて珍しく笑顔を見せた。前世ではあと一歩まで近付いたものの最後まで成し得なかった長安攻略が実現した。龐統から釘を刺されたものの魏延にしてみれば長年の夢が叶ったので喜びもひとしおだった。龐統は普段と違う魏延の様子に首をひねりつつ長安陥落の経緯を語った。


◇◇◇◇◇


馬超率いる涼州軍が安定から長安の北面に、法正率いる益州軍が漢中から長安の西面へ殺到した。兵力的には互角な上に魏軍は曹丕が直々に指揮を取るので将兵の意気も盛んで蜀軍は攻めあぐねた。


しかし魏軍にとって最悪かつ大誤算の出来事が起きた。曹丕が原因不明の病に罹り倒れたのである。日中で指揮を執っている最中だった事もあり多数の将兵に倒れたところを目撃されてしまった。意識はあるものの起き上がる事が出来ず将兵の前に無事な姿を現せなかったので不安に駆られた者も少なくなく絶望感に苛まれて脱走する者が出始めた。


曹仁や曹休といった一族の重鎮が内部の引き締めを行っていれば士気の低下を食い止める事が出来ていた。しかし蜀軍の攻撃を防ぐのに精一杯で手落ちになってしまった。その結果、泥舟から逃げ出せと言わんばかりに将兵の脱走が相次いだ。


脱走兵を捕らえて長安内部の状況を知り得た法正は残っている将兵に対して、帝位を簒奪した報いで病に倒れた曹丕と枕を並べて死ぬか逃げて命を永らえるか考えてみろと呼び掛けた。それを聞いた魏軍兵士は脱走する者が更に増えた。


将兵が多数逃げ出した事で長安防衛が不可能になる事を危惧した曹仁は潼関への撤退を曹丕に提案した。曹丕はそれを了承して直ちに実行するよう指示を出したが本人は病の悪化で動けなくなっている事を理由に長安に留まり長安と運命を共にすると宣言した。


曹仁と曹休は必死に諌めたが曹丕の意思は固く頑として動こうとしなかった。二人は説得を諦めて残る将兵に対して血路を開いて潼関へ撤退せよと命じた。曹休は将兵と共に潼関へ撤退したが曹仁は長安に留まり曹丕の側に居る事を選んだ。


法正は長安の守りが手薄になったのを察知して総攻撃を指示した。撤退命令に背いて長安を守っていた魏軍将兵は多勢に無勢で攻撃に耐えきれず侵入を許した。一番乗りを果たした馬超は政庁に突入したが中はもぬけの殻で静まり返っていた。内部をくまなく捜索した結果、自害して果てていた曹丕と曹仁らの遺体を発見した。


馬超の報告を受けた法正は遺体を丁重に葬った後、劉備に知らせを送ると共に内外に対して長安陥落と曹丕死去の事実を明らかにした。

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