第51話 街道整備と新しい人材

魏延は傅士仁と馬謖を伴い上庸に入ると早速街道の状況確認に向かった。城を出て少しの間は平坦な道が続いていたが山間に入ると急激に狭くなり、騎乗して進む事が困難になった。


「想像していた以上の酷さだな。」


「この辺りに詳しい兵士に訊ねましたが迂回する道は無いと言っておりました。」


魏延は状況の酷さに表情が険しくなり、馬謖も地元の兵士から得た情報に良いものが無かったので溜息をついた。


「将軍、成都に使いを出して人員を増やして貰いましょう。」


「それは無理だ。厳顔将軍が梓潼北部に益州の防衛線を構築するので相当数の人員を投入される事が決まっている。諸葛亮殿も流石に許可しないだろう。」


「ならば工期の遅れを覚悟した上で作業を進めるしかありません。」


「仕方ない。諸葛亮殿に使者を出してこの事を知らせておこう。」


南鄭から襄陽の街道整備に加えて益州北部に防衛線を築く計画を立てており梓潼太守の厳顔が中心となり実施する事が決まっていた。当初はそちらに物資と人員を集中させる予定にしていたが魏延の提案で街道整備も同時に進める事になったので半数をそちらに回した経緯があった。諸葛亮からすれば最大限協力したにもかかわらず更に要求されては話にならないと態度を変える可能性があった。


*****


魏延は太守の役目を馬謖に任せて連日のように作業状況の視察に訪れていた。現場を任されていた傅士仁と共に作業を見守っているが作業者に無理を言うわけにもいかず悶々としていた。


「魏延将軍に提案したい事があるのですが。」


一人の兵士が魏延に声を掛けた。魏延はその兵士の顔を見てどこかで見た事があるような気がした。


「許可しよう。君の意見を聞かせてくれ。」


「将軍が率いている将兵を作業に従事させては如何でしょうか?自分はそのつもりでいたのですがそのような命令が無いので疑問に思っておりました。」


兵士に指摘されて魏延はハッとした。現地の状況に憂いて周りが見えなくなっていた事に気付いた。魏延は漢中や荊州の変事に備える名目で過剰ともいえる数の将兵を率いている。その一部を作業者の増員として動かせば良い事に気付いた。


「そうだ、その手があった。傅士仁、明日から将兵の半分を作業に従事させるように手配してくれ。」


「承知致しました。上庸に戻り手配致します。」


魏延の指示を受けた傅士仁はその場を離れて上庸に向かった。


「感謝する。君の名前を聞かせてくれないか。」


「鄧芝、字を伯苗と申します。」


「鄧芝?」


鄧芝と言えば前世に置いて劉備死後、諸葛亮の指示で呉に向かい孫権相手に一歩も引かない強気な姿勢で劉孫同盟を再締結させた功労者である。文官として高い評価を得ていたが第一次北伐でも趙雲の副官を務めるなど武官としての評価も高かった。


「将軍は私の事をご存じなのですか?」


「いや、幼少の頃に同じ名前の知り合いが居たので驚いてしまった。」


自身が知っている鄧芝とは姿が違っていたので思わず驚いてしまった。かなり痩せており髭も生やしていないので別人に見えていたが字を聞いてあの鄧芝に違いないと思い直した。


「鄧芝、君は冷静に物事を見る目があるようだ。急で済まないが君を校尉に任命するので私の手伝いをして貰いたい。」


「私のような者が補佐役は務まるでしょうか?」


「大丈夫だ。君は今まで通り周りを見て思った事を我々に意見をしてくれれば良いのだ。」


翌日から将兵の半数が作業に加わり進捗の速さは日を追うごとに著しく向上した。その結果、約一年で街道整備を終える事が出来た。南鄭から襄陽まで軍の往来が可能な街道が整備されたと知らせを受けた劉備は喜んだが、曹丕は苦虫を噛み潰した表情で怒りを露わにしていた。


*****


鴻纑(外交官)を務める張松は呉に毎年恒例となっている表敬訪問を行ったが孫権と会えずじまいで帰国の途に就いた。その途中で江陵に立ち寄り荊州軍の首脳陣と顔を合わせた。


「呉の様子がいつもと異なり物々しい雰囲気でした。」


「張松殿、詳しく教えて頂けますか?」


張松は見てきた事を劉封以下荊州軍首脳陣に語った。呉は戦争の準備をしているが何処に向かうというのを張松に対して一切告げる事は無かった。劉備と孫権は軍を動かす際には互いに通告するという取り決めを交わしていた。それに従い呉の徐州侵攻と荊州軍の益州及び漢中侵攻についてはそれに従い通告を行っていた。気になった張松はそれとなく呉の鴻纑である張紘に尋ねたがお茶を濁すような答えしか返ってこなかった。加えて今回は孫権や大都督の陸遜と対面する事が病を理由に断られ、門前払いに近い対応をされた。陸遜に至っては重病説が流れており代役を立てる方向で話が進んでいるという噂を城下で耳にした。


「魏延将軍の言った通りになりそうだ。」


劉封は張松の話を聞いて嫌な予感がした。魏延が荊州に居た頃、魏以上に呉を警戒するべきだと主張していた事が現実になりそうだと思った。


「お二人さん、いよいよ来るべき時が来たようだね。」


「軍師殿の仰る通りですな。魏が全く動きを見せないのが気になる。」


関羽は机の上に置かれた地図に書かれている魏という字を指で叩いた。


「張松殿、急ぎ成都に戻り我が君へこの事を伝えて貰いたい。我々は軍師殿の指示を仰ぎつつ警戒態勢を取る。」


「承知致しました。」


劉封は張松に急いで成都に戻るよう要請すると同時に龐統と関羽に対して警戒態勢を取るように指示を出した。



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