第31話 不覚を取る
永安を攻略した魏延は劉備率いる本隊に知らせを送ったところ、龐統から先発隊の到着を待ってから江州方面へ向かうよう指示が出された。その数日後、関平率いる一隊が到着したので諸事の引継ぎを行ってから永安を出発した。
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「この先にある臨江という集落内に益州軍が砦を築いております。」
「益州軍の詳細は掴めているのか?」
「守将は張任という者が務めております。兵の数は二千程です。」
先行していた物見から張任の名を聞いて魏延の表情が険しくなった。前世において龐統を死に追いやった男の名を聞いたからである。その一方で張任を始末できれば益州進撃が楽になり龐統を失わずに済むという考えも頭に浮かんだ。
「臨江は私に任せてくれ。」
「大将は兄弟だからな。俺たちは兄弟の指示に従うだけだ。」
「私が先鋒になって攻める。胡車児は殿軍として周囲を警戒してくれ。向寵と傅士仁は私の左右から砦を攻めてくれ。」
魏延は三人に指示を出すと足早に幕舎を後にした。残された三人は魏延の様子が普段と異なる事に気づいていた。
「何が原因か知らないが兄弟は気負いすぎだ。」
「いつもと様子が違いますね。」
「兄弟には悪いが俺からも指示を出すぞ。向寵は敵が怪しい動きを見せたら合図を送ってくれ。」
「承知致しました。」
「傅士仁、お前は兄弟が見えるところに位置しながら戦え。合図を見たら兄弟を守ってくれ。」
「承知致しました。」
胡車児は命令違反を承知の上で向寵と傅士仁に対して別の指示を出した。胡車児は魏延の身を守るためなら命令違反などほんの些細な事だと気にならなかった。
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魏延は臨江の砦に近づき攻撃を始めた。荊州軍は攻め続けたが益州軍の守りが固いため突破口を見出せず時間だけが経過して膠着状態になりつつあった。
「夜襲に警戒しつつ各自休息を取るように。」
魏延は指示を出すと幕舎に入って明日の攻撃について考え始めた。しかし蜀軍内でも名将と謳われた張任に対して有効であろう策が思い浮かばないので内心焦っていた。
「申し上げます。益州軍が江州方面へ退却をしております!」
伝令が魏延に蜀軍退却の一報を伝えた。
「本当か?」
「間違いありません。物見の話では砦に人の気配がなく確認したところもぬけの殻との事。」
「胡車児・向寵・傅士仁にも知らせてくれ。私は騎馬を率いて先行する。」
魏延は伝令に指示を出すと方天戟を携えて馬に跨がり江州方面へ向かった。
*****
追撃した魏延は程なく益州軍の殿軍に追い付いた。殿軍の中に張任の旗印を見つけた魏延は鬼気迫る勢いで益州兵を蹴散らしながら張任の姿を探した。
「見つけたぞ、張任!我は荊州の魏文長、覚悟しろ!」
魏延は張任の姿を見つけたので馬首を向けて突撃した。その姿は前世で司馬懿を追い詰めた姿そのものだった。魏延自身もあの時と似ているなと薄々感じていた。
「嫌な予感がする。」
魏延が呟いた途端、張任が振り返り様に矢を放った。
「ぐわっ。」
矢は魏延の右肩に命中、魏延はその影響で落馬した。魏延は突出していたので周囲に味方は居ない状態である
「しまった。」
利き腕が使えなくなった魏延は逆手で剣を握り立ち上がった。
「こうなったら張任を道連れにしてやる。」
魏延は近づいてくる益州兵を斬り倒しながら張任に近づいた。
「張任、貴様も生かしておく訳にはいかんのだ!」
魏延は鬼のような形相で叫びながら一歩ずつ張任に近づいた。張任さえ居なくなれば龐統は助かるという一念だけが魏延の力になっていた。
「たかが一人だ。何重に取り囲んでしまえば怖くない!」
張任は冷静に指揮を執り魏延を包囲しつつあった。
「こんな所で死んでたまるか!死ぬなら張任の首を取ってからだ。」
魏延は痛みで何度も気が遠くなりそうになったがその都度張任の顔を見て奮い立った。しかし焼け石に水であり完全に包囲されてしまった。
「あの時と同じく勇み足で死ぬのか。」
魏延は周りを見渡して自身の愚かさ悔やんだ。
「我は荊州の傅士仁。魏延将軍を返して貰うぞ!」
魏延を見失っていた傅士仁が張任の旗印を見つけてその方向に突撃を敢行した。
「て、敵襲だ!」
意識が魏延に集中していた益州兵は咄嗟のことで気が動転してしまい混乱状態に陥った。張任が態勢を整えようとしたが傅士仁の勢いが激しく止める術が無かった。
「このままでは拙い。江州へ退くぞ!」
張任は態勢を整える事を止めて江州方面へ退却を宣言した。益州兵も張任の後を追って次々と戦場から逃げていった。
「将軍、ご無事でしたか!」
「右肩をやられたが何とか生き残れた。傅士仁、感謝するぞ。」
魏延は傅士仁の助けを借りて立ち上がった。
「魏延将軍の様子がいつもと違うと胡車児将軍から何かあれば動けるように指示が出されていました。」
「胡車児の指示か。あいつにも礼を言わなければな・・・。」
魏延は何かを言いかけたが助かった事で緊張の糸が切れてしまい気を失った。
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