第32話 謹慎処分

胡車児の機転で命を救われた魏延だったが重傷を負った為、軍事的には臨江を押さえるだけに留まったので劉備との合流を待ってから江州へ向かう事にした。


「酷い怪我だね。」


「面目ありません。」


魏延は劉備と龐統に臨江での一件を詫びた。


「大事に至らず一安心したぞ。」


劉備は魏延を責めようとせず無事を喜んだ。


「魏延はしばらく殿軍になってもらおうか。張飛を先鋒に据えて黄忠も中軍に移ってもらうよ。」


龐統は懲罰と休養の意味を込めて魏延を先鋒から外した。魏延が負傷していなければ注意だけに留めて引き続き先鋒を任せるつもりだったが重傷を負ったので軍の再編成を強いられた。


「承知致しました。」


魏延は自身の不始末で起きた結果なので何も言い返す事が出来なかった。


*****


殿軍に回った魏延は怪我の養生をする為、胡車児に指揮を任せて幕舎に閉じこもっていた。


「魏延、大丈夫かい?」


龐統が予告なしに魏延を訪ねて来た。


「軍師殿、どうされました?」


「お前さんの様子を見に来たんだよ。」


「この通り養生に努めております。」


「臨江での一件だけど、冷静沈着なお前さんらしくない動きだったようだね。」


龐統は魏延を訪ねる前に胡車児・向寵・傅士仁の三人と会って当時の魏延の様子を聞いていた。


「永安で処断した冷苞から張任には気を付けろと聞いていましたので。」


「それを知ったうえで張任を追い掛けたのかい?」


「直感ですがあの男は荊州軍に災いをもたらすと思いましたので臨江で仕留めようとしましたが結果的には勇み足になってしまいました。」


張任を生かしておけば龐統の身に危険が及ぶという事を言えないので魏延は言葉を濁した。


「お前さんを罠に嵌めるとは相当なやり手だね。」


龐統は魏延に労いの言葉をかけつつ頭を掻きながら考えを巡らせていた。


「張任は油断ならないと全軍に注意を払うようお伝えください。」


「分かったよ。お前さんは無理をしなさんな。」


龐統は話を終えると席を立った。


*****


劉備は張飛を先鋒にして江州へ向かった。江州を守っていたのは老将厳顔である。張飛は数日間に渡り厳顔と一騎打ちを繰り広げたが膠着状態になったので龐統の策を用いて厳顔を捕らえた。厳顔は当初降伏を拒んでいたが劉備や張飛から益州を取り巻く状況を聞いた事で劉璋の元では益州を守り抜く事は不可能だとして降伏に応じた。


江州を守っていた益州兵は厳顔が捕らわれた事で士気が下がり残された者で相談するも城を守る事が困難だという認識で一致して降伏する事が決まった。その直後に劉備の指示を受けた厳顔が戻ってきて守備兵に降伏を説いた。双方とも荊州軍に降伏する事で意見が一致したので即座に城門を開放して荊州軍を城内に迎え入れた。


江州城に入った劉備と龐統は厳顔と改めて対面して江州太守に任命した。その後話し合いの中で張任の事が話題に上がり、益州軍において実力が群を抜いているので脅威になるだろうという事が厳顔から語られた。


*****


「兄弟、軍議で張任の話が出たぞ。」


「厳顔という降将から聞いたのか?」


「我が君と軍師殿が話を聞いたらしい。張任は益州軍で最も油断ならないようだと我が君が険しい表情で言っておられた。」


魏延は内心安堵した。張任が油断ならない相手だと全軍で認識しておけばそれなりの対応が取る事が可能だからだ。


「それと江州から成都までは街道が二つ分かれている。南側は敵の拠点になる城は無いが隘路で大軍が通りにくいらしい。大回りになるが北側の梓潼から綿竹関を抜けて成都に向かう事に決まった。」


「常識的に考えればそうなるだろうな。」


魏延は胡車児の話を聞きながら張任がどこで現れるかを思案していた。

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