第30話 敵将を解き放つ
魏延は永安郊外に到着すると陣を構えてから周辺に物見を出した。
「兄弟、物見が戻って来たぞ。永安に居るのは凡そ五千程度で鄧賢と冷苞の二人が守将らしい。」
「それなら数的に有利なので野戦に持ち込めば勝機はこちらにあります。」
「正攻法で攻めてみよう。胡車児と向寵に五千を預けるので正面から城を攻めてくれ。ただし敵が誘いに乗らなければ退却だ。」
「心得た。」
「私と傅士仁は残りを率いて伏兵を警戒する。」
魏延は胡車児と向寵に城攻めを任せて自身は後方に控えた。
「将軍は先頭に立たれないのですか?」
「胡車児は別としてお前と向寵には将としての経験を積んで貰う必要がある。そんな時に大将の私が常に前に出ればどうなる?」
「我々は経験が積めません。」
「そういう事だ。」
魏延は傅士仁の質問に答えると周辺の警戒を続けた。
*****
永安城に向かった胡車児と向寵は城外に出て待ち受けていた鄧賢率いる益州軍と戦闘になった。
荊州軍の力を侮っていた鄧賢は為す術無く荊州軍に大敗、鄧賢は向寵の追撃を逃れて城内に逃げ込んだが冷苞は胡車児に捕らえられた。
「私は荊州の魏文長という。貴殿が益州の冷苞だな。」
「その通りだが、私はどうなる?」
「我が君に仕える気があるなら縛めを解く。仕える気がないなら死ぬ事になる。」
「劉璋様の身柄が保証されるなら降伏する。」
「我が君は同族の劉璋殿を害する気は一切無い。我々は出撃前にその言葉を聞いている。」
「分かった。貴殿を信用して降伏する。」
「貴殿の決断に感謝する。」
「魏延将軍、早速だが私に永安城の説得を任せてほしい。」
「鄧賢を説得してくれるのか?」
「私は鄧賢との付き合いが長いので気心は知れている。利害を説けば降伏するはずだ。」
「そうしてくれると有難い。」
魏延は冷苞の縄を解いて武器と馬を返した。冷苞は魏延に感謝の言葉を述べた後、永安城に向かった。
*****
「兄弟、あの男信用出来るのか?」
「信用していない。あれは逃げるための方便だろう。」
「それなら何故斬らなかった?」
胡車児は魏延に尋ねた。
「冷苞は鄧賢に事情を話して我々を陥れる算段をするはずだ。恐らく偽りの降伏で我々を油断させた上で永安城に誘き寄せる。城に入った我々を閉じ込めて殲滅するつもりだろう。」
「俺たちは罠に嵌まりに行く事になるぞ。」
「分かっている。城の中に入れるなら罠に嵌っても良いだろう。」
「そういう事か。」
魏延の説明を聞いた胡車児は納得して引き下がった。
*****
数日後永安城から冷苞の使いを名乗る男が現れ魏延と対面した。話が纏まり明日の朝に門を開くので入場してほしいという伝言を受け取った。
「胡車児は入城後速やかに西門を確保して益州軍の逃亡を阻止してくれ。」
「任せてくれ。」
「傅士仁は同じく東門を確保して我々の通行路を確保してくれ。」
「承知致しました。」
「向寵は政庁を確保して鄧賢と冷苞の身柄を押さえてくれ。」
「承知致しました。」
「私は遊軍と殿軍を兼ねて城周辺の警戒に当たる。」
魏延は指示を終えると出撃準備に取り掛かった。
*****
魏延の予想通り冷苞の降伏は逃げ出すための嘘だった。胡車児は入城後に行軍を早めて西門へ殺到した事で城内は混乱状態に陥った。傅士仁は東門で荊州軍を出迎えていた冷苞率いる一隊と乱戦状態になったが冷苞を捕らえるという殊勲を挙げた。向寵は政庁を包囲して鄧賢の逃げ道を失くした上で戦う事なく降伏させた。
魏延は城内の混乱を落ち着かせてから政庁に入り、捕虜になった鄧賢と冷苞に対面した。
「冷苞、言いたい事はあるか?」
「・・・。」
「お前は一度降伏しているので本来なら我が君にお伺いを立ててからだが今回は私の独断で処断させてもらう。裏切者は荊州軍には必要ない。」
魏延は近くの兵士に命じて冷苞を外へ出した。
「鄧賢殿、我が君に仕える気はありませんか?」
「貴殿の配慮に感謝するが二君に仕える気はない。どうか願いを叶えて頂きたい。」
「分かりました。鄧賢殿の希望にそった処分を行いましょう。」
魏延は傅士仁に命じて冷苞の首を刎ねさせた。その首は二君を裏切った不忠者と書かれた札と共に門前に掲げられた。鄧賢については魏延自らが首を刎ねた上で城外の墓地へ埋葬され、益州牧に忠義を尽くした者と書かれた札が掲げられた。
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