第29話 一軍を任される

劉備の決断を受けて龐統と諸葛亮は西蜀遠征の準備を始めた。龐統が西蜀遠征の指揮を執り、諸葛亮が荊州で留守を守る事になった。また同族の劉璋が相手になるので劉備が親征する事になり荊州軍の再編成が行われた。


西蜀遠征軍は劉備・龐統・張飛・黄忠・魏延・関平・張南・馮習で構成され、荊州には劉封・諸葛亮・関羽・陳到・趙雲・糜芳・周倉が残る事になった。襄陽には陳到が入り張飛と交代して魏に備える。


この遠征を機に魏延は張飛から独立して一軍を率いる事になった。龐統が軍権を握っているので諸葛亮の影響が魏延に及ばなくなると判断した劉備が関羽と張飛に相談した結果である。遠征軍に加わる方法を模索していた魏延にとって思わぬところで諸葛亮との対立関係が幸いする形になった。


また張南と馮習もこれまでの功績を評価され校尉から俾将軍に昇格した。劉備や龐統から見所のある者は魏延に預けて鍛えるべきではないかという意見が出た。魏延は人づてにこの話を聞いたが終始苦笑していた。


******


魏延は軍の再編成で独立した張南と馮習の代わりに二名の兵士を校尉に抜擢した。傅士仁と向寵である。傅士仁は関羽軍の下級兵士として教練に参加しているところを見つけて即座に引き抜いた。その時に関羽から他にも良い人材が居ると言われたが丁寧に断りを入れている。襄陽を訪れていた従事の向朗から向寵を鍛えてやってほしいと直接依頼されたので二つ返事で引き受けた。


傅士仁は荊州の生まれで劉備が新野に入った際に志願して軍に加わった。その後は順調に出世して糜芳と共に荊州軍の兵站担当になったが何故か真面目に働かなくなり荊北攻略中である関羽の怒りを買った。関羽から厳罰を覚悟しろと伝えられた傅士仁は荊州に攻め込んだ呉軍に抵抗する事無く降伏、先鋒を務めて糜芳の説得と江陵攻めで功績を上げている。最後は復讐戦に臨んだ蜀軍の怒りを鎮める為に生贄代わりとして糜芳と共に劉備の元へ送り返され処刑された。


もう一人の向寵は向朗の甥にあたり入蜀後に頭角を現し、夷陵の戦いにおいて被害を最小限に抑えて撤退に成功するなど堅実な戦いぶりを見せた。最後は異民族と合戦中に不慮の事故で戦死してしまい周囲から大いに悔やまれた。


向寵は張南や馮習のように様々な仕事を任せて経験を積ませる考えだが傅士仁については手元に置いて観察した上で使えると判断した場合は向寵と同じ扱いにするが使えないと判断した場合は胡車児に預けて性根を叩き直すか最悪は始末する事も考えていた。


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先鋒隊を任された魏延は本隊より一足早く江陵を出発して西へ向かい、数日で夷陵に差し掛かった。魏延は軍に休息を命じると向寵を伴い偵察に出掛けた。魏延は小高い丘の上で小休止を命じるとしばらく付近一帯を見下ろしていた。


前世において魏延は夷陵の戦いに参戦していない。漢中太守として魏の南下に備えていたのが理由である。自分が張飛の副官を務めていたら暗殺されるのを防げたのではないか、遠征軍に従軍していれば黄忠の暴走を防げたのではないかと様々な事がよぎった。


「将軍、何か見えましたか?」


「我々が蜀に目を向けている隙を狙って呉が余計な事をしないかと思っただけだ。」


「我々は呉と同盟を結んでいますし奥方様は呉公孫権の実妹です。孫権が心変わりしなければ攻めてこないのでは?」


「我々がここまで勢力を伸ばしたのは孫権が手を貸したからだ。今は北に目を向けているから心配ないが、行き詰まるような事があれば荊州に目を向けるのは間違いないだろう。」


「今のところは注意を払う程度で良いと思われますが。」


「向寵の言う通りだな。しかし魯粛・陸孫・徐盛の三頭体制が崩されたら話は変わってくる。」


「そうなれば魏と呉を同時に相手する事も有り得るのでは?」


「二国を同時に相手するには西蜀が必要になる。蜀を押さえれば荊・益・交・南蛮の大勢力になり呉と云えども容易に手が出せなくなる。その為には西蜀を必ず落とさなければならない。」


向寵との話を終えた魏延は周囲に敵の姿が見えない事を確認すると休息場所に引き上げた。

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