第25話 魯粛、陰謀を知らせる

「兄弟、奥方の噂は本当だったな。」


「話は聞いていたが実際に見てみると驚くばかりだ。」


「立ち振る舞いを見たが並みの将兵では太刀打ち出来んぞ。」


孫夫人を護衛して呉に向かう道中の船上で胡車児と魏延は立ち話をしていた。孫夫人こと孫尚香が武具を身に付けて悠然と構えている。お付きの侍女も同じように武具を身に付けて孫尚香を護っているので二人は少し離れた場所で見守っていた。


孫尚香は幼少の頃より長兄である孫策から武芸を学んでいた。孫堅や呉夫人も止めなかったので成人する頃には戦場に出て普通に戦える程になっており、孫権に至っては打ち据えられるのが常になっていた。所謂じゃじゃ馬になっていたので扱いに困った孫権は後添えが居なかった劉備に嫁入りさせる事で孫劉同盟強化と厄介払いを同時に行ったという事情があった。


*****


「兄上、久方ぶりでございます。」


「しょ、尚香も元気そうで何よりだ。」


「玄徳様には大事にして頂いておりますのでご安心下さい。」


「夫婦仲が良いのは何よりだな。」


孫尚香は建業に入ると早速孫権と対面した。以前と余りの変わりように驚く孫権をよそに話を続けた。


「母上の具合は如何ですか。」


「良くもなく悪くもなくだな。尚香の顔を見れば元気になるだろう。」


「兄上さえ良ければ早速会わせて頂きたいのですが。」


「侍女に案内させよう。」


孫尚香は一礼をすると呉夫人に会うため侍女に案内されて政庁から出て行ったが、その場に残った魏延は孫権に劉備からの親書を手渡した。親書には周瑜への悔やみの言葉と孫権からの要請があれば牽制の為に軍を動かす旨の内容が書かれていた。


「ご使者殿、劉皇叔に感謝すると伝えてほしい。」


「承知致しました。」


「例の一件もあるから尚香も長居をしたくないだろう。母の容態が落ち着けば荊州に連れ帰って頂きたい。」


孫権は心なしか寂しい表情を見せていた。呉夫人の病が切っ掛けで妹が帰省したものの劉備襲撃の一件で生じた誤解は解けていない。暴走した将兵の責任だが止めれなかった自分が一番悪いと悔やんでいた。


*****


呉夫人の状態も孫尚香の見舞いが良い方向に作用して快方に向かいつつあった。孫権から見舞が済めば長居せず荊州に戻るよう言われていた事もあり、魏延は孫尚香に対面してお伺いを立てる事にした。


「奥方様、如何されますか。」


「母上の体調も良くなってきましたので荊州に戻りましょう。」


「それでは帰国の準備を致します。」


孫尚香もこの辺が頃合いだとして帰国する事を決めた。魏延は政庁に赴き孫権と対面して一両日中には帰国したい旨を伝えた。


*****


帰国の準備で慌ただしくなっている客舎に一人の男が訪ねてきた。従者からそれを聞いた魏延は手を止めて客人を招き入れた。


「某、魯子明と申します。」


「魏文長と申します。横に居るのは同僚の胡車児です。」


何の前触れも無く呉の大都督が訪ねてきたので魏延は訝しがった。胡車児は控えていた兵士に客舎の周囲を警戒するよう耳打ちした。


「突然伺って申し訳ない。魏延殿にお知らせしたい事がありましたので散策を装い訪れた次第。」


「お知らせしたい事とは?」


魏延は魯粛の言葉で何を知らせたいか凡その察しはついた。


「我が軍の跳ね上がり共が孫尚香様の帰国を阻止する計画を立てております。」


「ちょっと待ってくれ、これで二度目だぞ。孫呉は同盟を維持する気はあるのか?」


胡車児が机を叩いて立ち上がった。顔には怒気が含まれており怒り心頭なのが明らかだった。


「孫権様や私は同盟を維持する考えだ。しかし、父君孫堅様の悲願だった荊州制圧を実現させようとする一派が居るのも事実なのだ。」


魯粛は自分を睨み付ける胡車児に苛立ちを隠さず呉の現状を話した。魏延は頷くと胡車児を座らせた。


「現状その一派を抑えるには数が足りないと云うわけですか?」


「その通り。周瑜殿が亡くなった事で中断した青州攻略を近々再開する予定にしている関係で徐州に主力を置いているので連中を抑える余裕が無いのだ。」


孫権は周瑜の死で中断していた青州侵攻を再開する事を決断、徐州防衛のため揚州に駐留している主力部隊を順次北上させつつあった。揚州が手薄になるのを防ぐため謹慎させていた呂蒙らの処分を解いて戦列に復帰させた。それが仇となり孫尚香一行が危険にさらされる事に繋がった。

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