第四章 襄陽防衛戦

第19話 鳳雛

任務を終えた魏延は平服に着替えて城内を散策していた。城内に家を構えているが政庁や駐屯地で寝泊まりする事が多く、家に居る時は滅多に外出せず部屋で読書をしている。この日は住み込みの従者一家が遠出をしていたので食事を外で取る必要があった。


目についた酒家に入り、料理に箸を付けていると相席しても良いかと声を掛けられた。返事をしようと顔を上げた魏延は一瞬驚いた。鳳雛こと龐統が目の前に居たからだ。


「どうぞ、お座り下さい。」


「済まないね。」


龐統は魏延の向かい側に座ると魏延の料理をつまみ出した。龐統が飲まず食わずの様子だったので何も言わず黙って見ていた。


「船が苦手でね。襄陽に着くまで腹に何も入れなかったんだよ。」


「そうでしたか、どうぞ気にせず食べて下さい。」


魏延は店の者を呼んで酒と料理を頼んだ。二人は酒を酌み交わしながら世間話に花を咲かせた。龐統は出された酒と料理を全て平らげて満足した様子を見せた。魏延は食べ終わると龐統の分も支払ってから外に出た。


「勘定まで払わせて悪いねえ。持ち合わせが無かったんだよ。」


「そうでしたか。席を囲んだのも何かの縁と思いますので構いませんよ。」


「ついでと言ったら失礼になるが寝る場所を貸して頂けないか?」


「それぐらいお安い御用です。私の家で飲み直しましょう。」


魏延は龐統の図々しい願いに嫌な顔をせず自宅に案内した。龐統は呉で士官しようとしたが容姿が悪いという理由で叶わず故郷の荊州へ帰って来たが船賃で手持ちが乏しくなり偶然入った酒場で魏延と同席になり厚意に甘えたと語った。


龐統は周瑜と魯粛に招かれ呉を訪れ、赤壁で魏軍の弱点を突く連環の計を発案。劉孫連合軍大勝利の要因を作った。気を良くした周瑜と魯粛は龐統を孫権に推挙しようと二人を対面させた。孫権は龐統の知略は認めたものの人相が悪い事を理由にして用いようとしなかった。龐統は孫権の態度からそれを察知したので呉に仕える気が無くなり二人の静止を振り切って荊州に帰ってきた。その道中で船を使ったため懐が寂しくなり酒場で出くわした役人風の魏延にたかったのが真相である。


魏延は龐統にしばらく自宅に滞在したらどうかと提案した。その間に劉備に出仕出来るように動いてみるとも伝えた。龐統は表向き魏延の厚意に甘える事にして劉備が仕えるに値する者か見極めようと考えた。


*****


魏延は翌朝早く政庁に入って張飛に対面した。


「将軍、諸葛軍師と肩を並べる程の知恵者が見つかりました。」


「詳しい話を聞かせてくれ。」


魏延は前世で知りうる事も付け加えて龐統が如何に優れているかを張飛に語った。


「諸葛亮が出仕した時に兄者劉備が伏龍・鳳雛という綽名の知恵者が居る云々を言っていたぞ。確か伏龍は諸葛亮だった。それなら龐統という男が鳳雛という事になるのか。」


「その可能性は大いにあります。」


「諸葛亮に聞けば分かる。すぐに使者を送ってくれ。」


魏延は龐統という知恵者が襄陽に居るので一度会う事をお勧めするという内容の書状を書いて江陵に送った。


*****


魏延は張飛を連れて自宅に戻った。龐統の話を聞いた張飛が是非とも会わせてくれと懇願した為だ。張飛の身分は隠しようがないので魏延が政庁で龐統の話をしていたら張飛に聞かれていたという体を取る事にした。


「俺は襄陽太守の張翼徳という。」


「あっしは龐士元という者だよ。」


「あんた中々くだけてるな。」


「これが地なんでね。」


一種独特な自己紹介が終わり鼎談が始まった。三人とも酒を嗜む(魏延はそこそこ、張飛と龐統は底なし)ので飲みながら語り合った。世間話に始まり、荊州の情勢・劉孫同盟・北伐など話は多岐に渡った。前世の記憶を持つ魏延はともかくとして張飛も龐統の事をとんでもない大物だと思うようになっていた。


前世の龐統は劉備にも資質を疑われ県令職に就かされた事でやる気をなくし一時は険悪な状況になりかけた。監視役として出向いた張飛に実力を見せつける事で劉備の疑いを晴らして右軍師に任命された。その後、二人は酒好きが高じて龐統が西蜀遠征で戦死するまで交流が続いた。


「先生、俺はあんたが気に入った。是非とも軍師として荊州軍に加わってくれ。」


「本当かね?あっしも将軍のような武人を指揮して戦場を操れたらさぞかし面白いだろうと思ってたんだよ。」


「じゃあ、決まりだな。先生を襄陽太守補佐役兼軍師に任命するぜ。」


「謹んで拝命するよ。ははは~。」


魏延は二人のやり取りを見て苦笑していた。龐統は諸葛亮とは異なって人当たりが良く、煽て上手である。前世でも関羽・張飛・陳到・黄忠など武人からの受けは大変良かった事を魏延は覚えている。


言い方は悪いが張飛が龐統の後ろ盾として劉備を説得すれば県令に就けるなどの愚行は起こさないだろうと魏延は思っていた。

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