第18話 劉備の結婚

劉備が荊州を手に入れて半年後、呉の孫権が江陵に使者を送り込んだ。使者が劉備に手渡した書状には荊・交二州の見返りとして江夏返還を求めると書かれていた。荊州を追われた劉備が再起出来たのは孫権の手助けがあってこそだったのは周知の事実である。


書状を受け取った劉備は江陵に居る文武官と対応を協議した。関羽を筆頭とする武官と諸葛亮を筆頭とする文官共に江夏返還について反対する者は居なかった。江夏太守である劉琦の立場が宙ぶらりになるので江陵太守に異動させて、関羽を軍務に専念させる事で話が纏まった。襄陽に居る魏延は太守の張飛を含めて異動命令が無く将兵の訓練に励んでいた。


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孫権は劉備から江夏を返還されたがその事で劉備の心証を悪くして関係悪化に繋げたくない思いから静養中の周瑜に相談を持ち掛けた。周瑜は劉備が荊州騒乱(曹操が荊州に攻め込み、新野から逃げた劉備が呉に保護を求めた)で夫人を失っているので一族の誰かを劉備に嫁がせてはどうかと提案した。


孫権の実妹である孫尚香は亡兄孫策の影響で勝気なうえに武芸を好んでいる事もあり貰い手がなく自身とそりが合わず悩みの種であった。孫権は悩み事の解決と孫劉同盟の明確化を同時に出来るので周瑜の提案に同意、即座に使者を江陵に差し向けた。


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魏延は政務に関する報告書を張飛に届けると書状を見ろと渡された。張飛は既に内容を把握しており不機嫌だった。


「我が君が孫権の妹君と結婚ですか。」


「どうせ兄者(劉備)へのご機嫌取りだろうが。」


張飛が珍しく乱暴な口調で返事を返した。魏延が補佐役に就いてから張飛の悪い癖だった粗暴なところがなくなっていたが、孫権のやり方に怒りを覚えて再び悪癖が表に出ていた。


「将軍の仰る通りです。江夏を返還させた事で我々の内部で出始めた劉孫同盟懐疑論へのものでしょう。」


「孫権の野郎、やる事が露骨すぎるんだよ。」


「確かにそうですが物は考えようです。孫権から人質を取る形になりますし、跡取りが恵まれれば言う事なしではありませんか?」


「まあ、言われてみればそうだな。」


劉備は亡くなった前夫人との間に子供が居なかったので後継者は縁戚の劉封だけである。

周囲からも劉備が結婚して跡取りを設ける事に期待する声が上がっていた。

張飛は魏延からその辺りの事情を聞いたので怒るのが馬鹿らしくなり普段と変わらない状態に戻った。


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荊州軍内部では張飛と同じ考えの者が多く、話を受けない方が良いと公言する者まで居るので賛成派の諸葛亮や馬良はその対応に追われた。幸いな事に関羽や劉封が魏延と同じような考えだったので強硬に反対する将兵は居なかった。張飛も魏延の話を聞いて最終的に納得したので襄陽においては早々に終息した。


劉備は諸葛亮と馬良の意見を受け入れて孫尚香を後添えとして迎える事を決め、趙雲を護衛役として呉に向かった。呉に入った劉備一行は孫権に迎えられ歓待を受けた。二人は甘露寺で会談を行い、孫劉同盟を再確認・継続する事を約束した。


その後劉備は孫権と呉夫人(孫権の実母)の立ち合いで孫尚香と対面、二人は馬が合い長時間にわたり話し込んだ。対面の翌日には孫尚香が劉備との婚姻を承諾したので話は順調に進んだ。婚姻の儀も無事に終わり荊州への帰国を何時にするかを決めかねていた時に周瑜から火急の知らせと称する使者が訪れ状況が一変した。


孫劉同盟反対派である張昭や程普が同盟に懐疑的だった呂蒙を抱き込み劉備襲撃の計画を立てた。しかし同盟賛成派の魯粛が計画を察知、周瑜に知らせた。周瑜は劉備に急報する一方で孫権を動かして首謀者に圧力をかけて潰そうとしたが呂蒙は手勢を率いて甘露寺を襲撃する為に建業を離れていた。


知らせを聞いた劉備は孫権から受け取った引き出物を放置したまま孫尚香を連れて甘露寺から逃亡、荊州に向かった。入れ違いで甘露寺に到着した呂蒙は追撃を試みようとしたが後を追ってきた孫権と周瑜に止められ諦めざるをえなかった。


*****


劉備は追撃を受ける事無く荊州に戻った。後日孫権から呂蒙の非礼を詫びる使者が荊州を訪れ、甘露寺に放置した引き出物を劉備に引き渡した。孫尚香は襲撃の一件を呂蒙の暴走を抑える事が出来なかった孫権にも責任があるとして使者に対して孫家との絶縁を公言、呉に戻る事は二度とないと宣言するに至った。

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