第8話 蒼悟に乗り込む

張飛軍は順調に進軍を続けて州境まで到達した。予定通り進軍を止めて陣を敷いた。交州軍は戦闘経験に乏しいと韓玄から聞いていたので警戒も陣周辺だけにする等必要最小限に留めていた。


「軍使として誰を立てるかだが意見はあるか?」


張飛は軍議を開いて軍使役を募った。


「趙累殿が適任でしょう。」


「私も同じ意見です。」


陳到が趙累を推薦して劉封も続いた。趙累は劉表の時代から荊州で文官として仕えており、赤壁前に行われた劉孫同盟の交渉の際は諸葛亮に同行して補佐役を無難にこなしている。


「趙累殿、受けてくれるか?」


「承知致しました。」


「交渉について成否は問わないので気楽にやってくれ。それと現地の世情を調べて貰いたい。」


「心得ました。」


趙累は二つ返事で引き受けた。張飛から言質を得たが交渉を妥結させる腹積もりでいる。


「魏延、趙累殿の護衛と補佐を兼ねて同行してくれ。」


「承知致しました。」


「相手の取り巻きが何を考えてるか分からんので備えが必要だろう。」


「魏延殿について頂けるなら心強い。」


趙累から期待を掛けられた魏延だが、文官でない自分がこのような役目を度々任されるのは前世で文官とは必要以上に距離を置いていた報いなのかと心の中で嘆いた。


*****


魏延は趙累の護衛を務めつつ蒼悟に向かった。道中では抵抗を受ける事無く順調だった。蒼悟に着くと士燮から聞いていると城門を守る兵士は咎める事無く二人に通行を許した。


「魏延殿、どういう事なのだ?」


「私がお聞きしたいぐらいです。」


「間者が我が軍に入り込んでいるかもしれませんな。」


「士燮に会ってみないと何とも言えませんが良い気分ではありませんね。」


魏延と趙累は兵士の言葉を聞いて戸惑ったが士燮に会ってみないと何も分からない。何か釈然としないまま政庁に向かった。政庁に着くと従者らしき者が待ち受けており士燮の下へ案内された。


「劉備軍司馬の趙乍芳と申します。後ろに控えるのは偏将軍の魏文長と申します。」


「交州刺史、士威彦と申す。」


趙累が士燮と挨拶を交わしている最中、魏延は士燮を見ていたが策を弄するような雰囲気ではない。どうやって使者の来訪を知ったのか分からなかった。


「本日は士燮殿に劉玄徳傘下に加わるようお願いに上がりました。」


「端的に言えば降伏しろと云う事ですな。」


「士燮殿から結論を言って頂けると助かります。」


「劉備殿に降伏するのはやぶさかではない。」


「やぶさかではないと申されますと?」


趙累は士燮の言葉の真意を測りかねて聞き直した。一方、魏延は士燮が劉備に降伏する気がなく話をはぐらかそうとしているように思えた。


「私は易を嗜んでいる。劉備殿から使者が訪れる事も予め分かっていた。州境や道中に兵が居なかったのはその為だ。」


「劉玄徳は曹操を倒し漢朝再興するという結果が出ておりませんか。」


「言いにくいが呉と仲違いし夷陵にて大敗。永安で亡くなると出ている。」


「呉と仲違いとは興味深い話です。」


趙累は呉の事を信用していないので士燮の発言に興味を覚えた。交渉については士燮の話を聞いてからじっくり進めればいいと考えた。


「荊州の帰属を巡って対立すると出ている。それが原因で呉に攻められ関羽殿は敗死、張飛殿はその仇討ち前に家臣の手で暗殺されると出ている。」


「ちなみにこの趙累はどうなりますか?」


「関羽殿と同じ時期に荊州で敗死されますな。」


「呉という国は信用出来ないのでそのような顛末になっても仕方がありません。」


臣たる者は国や主君の為に尽くす事が自身の命より大事と考える趙累は自身の死に様には関心が無かった。予知という面は抜きにして呉が裏切るという可能性を聞けただけでも収穫だと思ったが本筋である交渉では不利な材料になるのは趙累にとって痛いところだった。

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