第7話 知恵を授かる
魏延は関羽軍から引き抜いた張南を校尉に就け訓練を任せた。張南は期待に応えて新兵の練度を上げていったので張飛軍は首脳陣の予想よりも早く戦場に出せる目処がついた。
「魏延、交州に兵を出す事になった。俺が総大将で陳到と劉封が配下に加わる。行軍司馬として趙累が同行する。」
「承知致しました。」
「最初は馬良も軍師として同行する筈だったが、呉軍のお陰でご破算になった。」
「あの状況では仕方ありませんね。」
張飛は出陣する旨を魏延に伝えたが不愉快な様子を隠さなかった。諸葛亮から馬良同行を差し止められたのが原因である。諸葛亮の嫌がらせではなく、呉の周瑜が合肥侵攻の陽動作戦として荊北に出兵すると通告してきた為である。
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呉は赤壁後に合肥侵攻の準備を進めていたが劉備の荊南四郡領有に対して、孫劉同盟破棄・荊州侵攻を主張する者が現れたので孫権と周瑜は強硬論を抑える為に荊北侵攻を行う事になった。
周瑜自身が使者として江夏を訪れ、荊北侵攻は陽動なので荊南に兵を向ける事は無いと断言した。しかし孫権や周瑜の目が届かない所で軍令を無視して荊南に兵を向ける者が居ないとは言い切れない。諸葛亮は呉軍に対して警戒態勢を取り馬良もその任務に就く事になった為、交州侵攻軍から外された。
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「愚痴を言っても始まらん。早急に準備を進めてくれ。」
「兵站の確保を考えれば五日後が妥当ではないでしょうか。」
「それでは五日後の早朝に出陣する。陳到と劉封にその旨を伝えてくれ。」
「承知致しました。」
張飛は出発する日を定め、魏延を通じて各隊に伝達した。魏延が副将に就いてから何事もそつなくこなしてくれるので張飛は魏延に全幅の信頼を置いていた。その影響で前世のような癇癪持ちの悪癖は鳴りを潜めていた。
期日までに準備も整ったので張飛軍は予定通りに江夏を出陣した。長沙経由で桂陽に向かい交州へ南下する計画である。交州では蒼悟郡を最初の攻略目標と定めて攻略完了後に東の南海郡か西の鬱林郡を目指す予定である。
魏延は韓玄が交州について知識があるのを知っていたので長沙で小休止を行い、韓玄から情報収集を行うべきだと張飛に進言した。張飛もやみくもに進軍するより事前に敵を知っておくべきだと考え、魏延の提案に同意した。
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長沙に着くと張飛は魏延を伴い韓玄に対面した。
「現状を申し上げると交州は士燮が治めていて民からの受けもよい。」
「それじゃ攻める手立てがありませんな。」
「攻める理由が無ければ簒奪者扱いされ統治に不安を残すことになります。」
張飛と魏延は韓玄の話を聞いて頭を抱える事になった。善政を行い民から慕われている士燮を相手にすれば民からの反抗は必至で統治に不安を抱えるのが目に見えている。長沙に兵を留めて次善の策を考えるか江夏へ引き上げるかの二択になったと魏延は考えた。張飛の方は軍令に対して固執する気は無く、状況次第で江夏へ引き返す事もやむを得ないと考えていた。
「韓玄殿、何か良い知恵はありませんか?何もせず引き返すのは釈然としない。」
しかし交州の事情をそれなりに知っている韓玄に話を聞いてからでも遅くないと張飛は考えを改めた。
「士燮の心情を利用すれば戦わずして交州を手中に収める事も可能だと思う。」
「是非とも教えて頂きたい。」
張飛は韓玄の言葉を聞いて小躍りしそうになった。前線で蛇矛を振るう事が本望の張飛からすれば少々不満であるが、戦わないで交州を取れば兵力の温存になるという考えの方が勝った。
「端的に言うと士燮は曹操につくか劉皇叔につくかで迷っている。」
「迷う理由は何です?」
「曹操は士燮に交州牧の地位を与えた恩人。しかし帝を蔑ろにしてその地位を脅か
している。」
「曹操に恩義を感じていると同時に不満も抱いていると云うわけですな。」
「その通り。漢王朝復興の旗頭である劉皇叔の動向を探っております。」
張飛の肚は決まった。蒼悟に使者を送り士燮に話し合いを持ち掛ける事にした。成否は別にして士燮との話し合いの場が持てれば御の字だと思っている。
「州境まで兵を進めて使者を送ればよろしいか?」
「それが妥当ですな。境を犯せば士燮も態度を硬化させるでしょう。」
「韓玄殿、良い話を聞かせて貰った。感謝致します。」
「張飛将軍、某が士燮に一筆したためるので渡して頂きたい。」
韓玄も交州の重要性を理解しているので呉に先んじて劉備の支配下に置くべきだと考えていた。幸いな事に士燮とは交流があるので説得の一助になれば良いと考え書状をしたため張飛に手渡した。
張飛と魏延は韓玄との対面を終えて駐屯地に戻ると軍を桂陽に向け出発させた。
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