第181話【勝利の美酒と敗北の苦汁その4】

 それを見たドーマは粒羅つぶらな瞳で凝視し、剛毛が生い茂る腕で優しく受け取る。


 純白無垢の手紙は、息を軽く吹けば飛んでしまいそうな程にか弱い。


 だが、手に伝わる感触はまるで、が全身へ駆け巡る様。


 どんな〝圧〟だろうと、紛れもない〝殺意〟だろうと、酒飲みで酔いどれドーマは気にも止めない……


『おっ?この歳になってもラブレターを貰うのは心踊るものだねぇ!』


 鼻歌混じりで開封する姿は正に、青春を謳歌する者が如く、ワクワクと期待感で頬を緩ませた。


 しかし、その一瞬ばかりのぬか喜びも、表を見た途端に〝絶望〟へと切り替わる。


『こっ……これは、まさか――――』


 眼が高速ターンの如く泳ぐドーマの瞳に映る物。


 自分に似て力強く文字は、〝止め〟〝ハネ〟〝払い〟を豪快に活用した墨字でこう書かれていた。


〝アイナの第22回記念生誕祭〟


 端っこには、微生物よりも極めて小さい赤い文字で『遅刻しないでね』とだけ書かれていた。


 動揺で震える声と手は、ドーマ自身の感情を色濃く外へと出す。


『あっ、そういやだったの忘れてた……いっけね~』


 恐る恐る白い手紙の中を開ければ、黒い便箋びんせんが現れた――――


 の……ではなく、大量の〝欲しいものリスト〟で、びっしりと真っ黒に成り果てている。


 眼を凝らして文字を見ようとしたが、こうも書き殴られると呪いも祝いも大差ない。


 手紙に気を取られている内に、怒髪天を衝く者。


 その人物はドーマが現在、接触している相手――――


『いい加減……私に触れるんじゃねぇよ。〝煙臭い髭野郎〟!!』


 勢い良く両肘をボディへと当て、側頭部へ殺人的な高速回し蹴りを繰り出す。


 手紙に気を取られたせいか、反則的な不意打ちが見事に直撃。


 、人としての肉体の形を残さずに塵へと消えた。


〝ドガアァァァァンッッ!!〟 


 烈風を起こす凄まじい衝撃波と、威力に耐えられずに壁が抉れる鈍い音は、数秒後に遅れてやって来る。


 店の壁が大きく破壊されているにも拘わらず、自身の足から伝わる〝人間〟独特の感触はない。


『チッ……やっぱり駄目か。本当にムカつく野郎だ』


 ニッシャが吐き捨てると、後方から発せられるドーマ本人の声。


『ほうほう、なるほどなるほど……。へぇ~、そうなのかぁ』


 尚も手紙を離さずに熟読するドーマと、その場で一歩も動けずにいるニッシャ。


 表情で分からない事を悟られずに、指を鳴らして灰も残らず燃えた手紙。


『〝都合が悪くて嫌な事〟は、綺麗さっぱり失くなるのが一番だ。さ~てセリエ達も一杯ど……ん?』


 しかし、娘は、耐熱性の文字だけが浮かびある。


 跡形も無く消えた物質は一部を残して、新しい文章を再形成をしていた。 


 綺麗に整列された物を順番に、口へと出して読む。



 どこからやって来たのか、肩幅の広い髑髏マークが、両中指を立てながらドーマの顔面へ煙を吹き掛ける。


 目の前が真っ白の世界になり、流石にむせて咳き込みながらも


『あっあ……〝狂娘アイナからの手紙よびだし〟とあっちゃぁ……パパが行かないと始まらないだろ?ち、ちょっくら行ってくる!後はよろしくな~~』


 と、セリエやノーメンに店の事は任せて、家へ向かって足早に店を後にした。


 不完全燃焼で煮え切らない思いを胸に、呆れていい気分になれないニッシャは、自らが開けた穴へと歩を進める。


『ったく……めんどくせぇ。とりあえず入隊は決定だろ?眠いし私はもう帰るわ。また明日な』


『おい、待てよ!!?今は〝新人歓迎会〟の最中だろうがよ……って――――何だこれ?』


 今日から同僚となるギケやテンザの制止も聞かず、ではない所から颯爽と退出。


 

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